見出し画像

ロイヤリティプログラム

差別化の難しい事業は別の方法でリテンションを高める必要がある

2002年に楽天のマーケティングを一人で始めた時、楽天スーパーポイント(現在の楽天ポイント)のサービス立ち上げが主な活動の一つでした。22年後には、このサービスが大きく成長し、楽天サービス以外でも頻繁に利用され、その成功をしみじみ感じます。初めは楽天市場のユーザーのLTV最大化が目的でしたが、後に楽天ポイントは楽天グループの多角化したサービスのキーとして使われるようになりました。その成功例が楽天カードで、数年で日本で最も利用されるクレジットカードになりました。今回は、このような過去の経験を振り返りながら、ポイントを含むロイヤリティプログラムについて議論したいと思います。

ロイヤリティプログラムの主な目的は、顧客を囲い込んで自社のサービスを継続的に利用させることです。例えば、2002年ごろには航空会社のマイレージプログラムやクレジットカード会社のポイントプログラムが代表的でした。これらのサービスは、飛行やカード決済などの主要サービスでの差別化が難しく、顧客が他社に切り替える障壁が低い特徴があります。そのため、一度獲得した顧客を維持し、他社サービスを利用するインセンティブを下げる必要があります。リテンションが低下すると、いくつかのデメリットが生じます。

まず、価格競争が激化しやすくなります。同質の商品やサービスでは、価格が主要な決定要因となり、顧客のリテンションが低い場合、価格競争に巻き込まれる可能性が高まります。これは利益率の低下や事業の継続性の危機を招く可能性があります。

さらに、顧客獲得のコストが増大する可能性があります。リテンションが低下すると、企業は新規顧客の獲得にますます依存し、競争が激化します。しかし、リテンションを向上させないまま新規顧客を獲得すると、高い獲得コストが回収できず、収益性が低下します。

まずリワードとベネフィットという基本構造を決定する

ポイントプログラムは、顧客のロイヤルティを高める有力な施策であり、その代表的な形態がポイントプログラムです。これについて考えていきます。

ポイントプログラムの基本的な機能は2つあります。ひとつは、サービスの利用に応じてポイントを付与するリワード機能です。例えば、楽天市場では、通常は100円ごとに1ポイントが付与されます。2002年当時、航空会社のマイレージやクレジットカードのポイントの還元率は0.5%程度でしたが、楽天市場では1%の還元率を設定しました。これは、楽天市場の売上マージンが2-3%程度であったため、相当思い切った還元率でした。しかし、ロイヤリティプログラムの魅力向上と説明の分かりやすさを重視し、この還元率を採用することが決定されました。

ロイヤリティプログラムのもう一つの重要な機能は、獲得したポイントの利用です。これを「ベネフィット機能」と呼びます。先ほど100円1ポイントを1%還元と述べましたが、楽天ポイントでは1ポイント=1円で楽天市場での買い物に利用できるようにしました。最低利用金額は確か100ポイントからでした。

ポイントプログラムを作る際に重要なのは、このベネフィット機能の設計です。なぜなら、ポイントプログラムのコスト構造は、リワード機能ではなく、ベネフィット機能が決定するからです。楽天ポイントでは、1ポイント=1円と設定したため、1%の還元率となりましたが、1ポイント=0.5円と設定すれば、0.5%の還元率となります。ベネフィットプログラムのポイントの価値の決定方法が、プログラムの収益性を決定します。

楽天ポイントの普及後、ポイントを通貨的に利用できるロイヤリティプログラムが増えましたが、2002年当時は非常に珍しかったです。

航空会社のロイヤリティプログラムでは、主な特典として自社のサービスである航空券のチケット(特典旅行)が提供されます。これは、賢いベネフィット提供の方法の一つです。なぜなら、航空会社のような箱ものビジネスの空席を特典として提供することで、追加コストが発生しないからです。ただし、無料で提供される座席は本来売れる可能性があったものであり、機会損失のリスクがあります。しかし、特典旅行として提供する座席数は通常、シーズナルな空席情報の過去データなどを元にコントロールされるため、繁忙期には特典旅行のチケットの枠がほとんどない場合があります。

それ以外で当時一般的だったベネフィット提供方法は、商品との交換です。最近は減少傾向にあるようですが、これも賢い方法です。商品との交換では、明確な還元率が顧客に分からないからです。例えば、1万円の商品を8,000円で仕入れて、1万円相当のポイントと交換することで、プログラムの運営コストを削減することが可能です。

当時のこのような競争環境下で、楽天市場ではポイントプログラムの価値を最大限に高めるために、ベネフィット機能の差別化が極めて重要だという考えに至りました。そのため、競合他社のベネフィット機能を徹底的に研究し、プログラムをデザインすることにしました。

まず、ベネフィットプログラムの内容は明確であるべきだと考え、1ポイント=1円という明確な方針を決定しました。また、利用ハードルを下げることも重視しました。競合他社の多くが、例えば1,000円分のポイントから利用というケースが多かったのに対し、楽天は100ポイントから利用可能としました。ただ、利用ハードルを下げ過ぎるとポイントがすぐに使われ、リテンション効果が低下するのではないかという懸念もありました。実際、航空会社のマイレージプログラムを調査すると、高額なチケットとの交換ほど1マイルあたりの価値が高くなる設計になっていることが分かりました。この設計は合理的であり、長期間サービスを利用し、多くのポイントをためることで良い還元率のベネフィットを得るため、自社のサービスを継続的に利用するロイヤリティプログラムの目的と一致しているように思われました。

この視点から、プレゼント交換系のベネフィットプログラムを見ると、自分で買わないような高額な商品をポイントで手に入れるモチベーションを高める方が、リテンションが高まると感じました。

ロイヤリティプログラムの基本設計の2つの方向性とは?

先行事例を分析した結果、ポイント系のロイヤリティプログラムの基本設計には大きく2つの方向性があると考えられます。①はポイントを貯めることでリテンションを高める設計であり、②はポイントの獲得と利用を高速回転させてサービス利用頻度とリテンションの双方を高める設計です。先行事例を見ると、純粋にリテンションを高める目的であれば①の方が効果が高いこと考えました。なぜなら、ポイントを多くためることで、1ポイントの価値を高まるため顧客は積極的により多くのポイントをためようとします。その結果、自分のポイント口座に多くのポイントが残っていれば、他のサービスを利用するスイッチングコストも高くなります。しかし、①のプログラムの弱点は、サービスの利用頻度を上げる仕掛けが弱いことです。例えば、航空会社のマイレージプログラムは、飛行機での移動という需要を追加で発生させるよりも、その需要が発生した際に自社のサービスを利用してもらうことを目的としています。このような観点で考えると、①のデザインの方が航空会社にとっては合理的であると理解できます。

一方で、楽天市場でポイントを導入する目的は、日々発生する買い物の大部分を楽天市場で賄うことです。その観点から見ると、リテンションだけでなく、頻度高くサービスを利用することを促す要素も重要です。このような視点から、ベネフィットプログラムの利用ハードルを下げ、獲得したポイントを積極的に活用してサービスの利用を促す②型のプログラムが目的に適していると判断しました。そのため、最終的には100ポイントから利用可能という低い利用ハードルを設計し、競合サービスとの差別化を図ることにしました。

ポイントの失効期間は顧客の利用サイクルから判断する

ポイントプログラムを構築する際、意外とコスト面で違いが出てくるのが、ポイントの有効期間の設計です。楽天のポイントプログラムは、サービス開始当初は資金決済法の範囲外で行っていたと記憶していますが、現在ではポイント系サービスを実施する際にはこの法律の適用を検討せざるを得ないことが多いため、ポイント残高に対して供託金的な資金のストックが必要になることがあります。そのため、ポイントの有効期限を設けないと、利用される時期が不明確なポイント残高のためにも資金を抑えておかなければなりません。この状況を避けるために、ポイントの有効期限を設けることが一般的です。ポイントの失効は収益として計算されるため、ロイヤリティプログラムの運用コストを削減する効果があります。

ただし、ポイントの失効は顧客との関係性の喪失や希薄化を意味するため、コストメリットを重視して失効を推進しすぎると、ロイヤリティプログラムとしての意味を失う可能性があります。この設計については、自社のサービスが目指すべき利用頻度を過去のユーザーの分析を行って理解した上で設計することが重要です。たとえば、年に1回しか利用しない顧客が多いサービスでは、ポイントの有効期限が1年では短すぎる可能性があり、顧客の大半を失うことになります。一方で、サービスの利用頻度が高い顧客が多いサービスでは、ポイントの有効期限が1年未満でも問題ない場合があります。

ポイントプログラムの設計においては様々な要素を考慮する必要があります。ポイントの有効期間や還元率、利用ハードルなどの設計は、競合のプログラムや顧客の利用行動などを分析しながら検討されるべきです。

今振り返ると、楽天ポイントの設計は競合他社から嫌がられた可能性が高いと思います。高い還元率や低い利用ハードルは、マーケティングコストが高くなることを意味するためです。しかし、楽天ポイントの成功や他社の追随を見ると、楽天の設計がポイントプログラムのスタンダードを設定したような気がします。そして一度そのようなスタンダードが出来てしまうと、それに劣るプログラムを後発で作ったとしても、そのプログラムが成功する可能性は低くなってしまうのです。

ロイヤリティプログラムの運用:RFM分析を例に

ロイヤリティプログラムの基本設計の注意点はある程度整理できたと思うので、ここからは次のステップとして、プログラムの運用について考えてみます。RFM分析は、顧客の行動データをもとに、顧客をセグメント化してマーケティング戦略を立案する際に有用な手法です。この分析を用いて、顧客をゴールド、シルバー、レギュラーなどのランクに分け、それぞれに適した特典を提供することで、顧客のロイヤルティを効果的に活用することが出来るようになります。

指標の重要度を考慮してプログラムを設計することは、効果的なロイヤリティプログラムを実現するために重要です。例えば、顧客の一定期間利用履歴がなくなると再利用率が著しく下がるという数字がある場合は、再利用率を向上させるためにR(Recency)の数字を重視することが適切です。顧客の一回当たりの利用金額がほぼ一定である場合は、利用頻度を示すF(Frequency)を重視したランクアップ条件を設定することが効果的です。

一方で、一人当たりの利用頻度が大きければ購入金額も大きくなるという一般的な傾向に合わない場合は、購入金額の額が利用頻度よりも重要であると判断されることがあります。そのような場合は、購入金額を重視したロイヤリティプログラムの設計が適切です。

指標の選択と重視度の決定は、業界やビジネスの特性に合わせて行われるべきです。そのため、データ分析を通じて得られる実際のデータと、将来の目指すべき姿を踏まえながら、最も効果的な設計を行うことが重要です。

ロイヤル顧客育成のロードマップをデザインする

確かに、顧客の利用履歴データを分析することで、顧客の行動パターンや傾向を把握し、その基準に応じてマーケティング施策を展開することが可能です。たとえば、特定の利用金額や利用頻度が一定の基準を超えると、購入の伸びが加速する傾向があることが分かれば、その基準を目指すような施策を展開することで、顧客の利用を促進できます。

逆に、利用頻度がある基準を下回ると、次の利用がなくなる可能性が高いことが分かれば、その時点での顧客の離脱リスクを評価し、リテンション施策を展開することが重要です。このようなアプローチは、顧客の利用の加速ポイントや離脱ポイントを明確にし、適切なタイミングでマーケティング施策を実施するための手法として効果的です。

RFMモデルは、そのような分析フレームワークとして広く用いられてきました。顧客のセグメント別の分析を通じて、顧客の行動やニーズを理解し、それに基づいてロイヤリティプログラムやCRM施策を設計することが重要です。顧客育成のロードマップを作成することは、CRMチームの目標設定や目指すべき目標を明確にし、戦略的なアプローチを構築する上で非常に有益です。

ここまでで、ロイヤリティプログラムの設計とその運用に関する概略は理解いただけた思います。

デジタルマーケティングでは、PDCAサイクルを用いて様々な施策を試行し、顧客の反応を観察・分析しながら改善を行っていくことが重要です。また、分析のフレームワークとしてRFMなどを活用する際には、各指標を意識して施策を実施することが大切です。何か施策を実施するときに出来るだけ、R,F,Mのどの項目に聞く施策なのかを考えるようにしてください。例えば、売上Mを上げる効果が少なく中断してしまった施策の中にも、RやFを高める効果がある施策があるかもしれません。

重要なのは、単発的な分析にとどまらず、フレームワークをもとに顧客を継続的に理解し、施策を展開していくことです。

【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?