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優しさの連鎖 アンミカに憧れて

ぎっくり腰にはなりましたが、運はいいようで、抽選の高額ポイントが振り込まれてました。ポイント額が整形外科の医療費と同じくらいだったので、無事回収です。

運がいい

子どものころから運は良い方で、8歳の時、ガチャガチャの前で物欲しそうに見ていると、湘南の海を楽しみにきたであろう6人組の男女ウェーイが私に絡んできて、全員の百円玉を貰うという軌跡を起こしました。車にも5回ほどひかれていますが、大事にはなっていません。一度、友人が見ているところでひかれましたが、「車があなたに吸い寄せられていった」って言ってました。本当にあった怖い話です。またある時は、同じマンションに住む知らない老婆とエレベーターでかち合い、老婆が「あ、食べる?」とフルーツを差し出し、うっかりもらいました。とても、おいしかったよ。

世界的に町で声かけられやすい顔

不思議なこともあるようで、道を歩けば人に声をかけられ施しを受けたり、道を聞かれたりする。大人になってから、自分がそういう体質であることに気づきました。海外にいるときもそうです。万国共通で、道を聞かれたり、親切にしてもらえる顔なんでしょうね。以前、トルコかどこかでトランジットしたときのこと。飛行機の待合で、私・女の子・女の子の母という順番で座っていました。母子はアジア系です。女の子のお母さんが、中国語か韓国語でなんか話しかけてきました。おそらく「私ちょっとトイレ行きたいから、娘のことみてもらってていい?」みたいなことだと思います。たぶん、私を中国人か韓国人だと思ってるんですよね。で、まあ私は大丈夫かなと思い、「何言ってるのか分からないけど、あなたの娘なら見ててもいいよ」って英語で伝えて、女の子と30分ほど一緒にいました。お母さん、ウンコしてたのかな。

なんでなんだろうって、考えたことがあって。なぜ、私に道を聞くのか。なぜ、私に施すのか。その気遣いや優しさに助けられて、生きてきたけれど。ぱっと考えたときに、たぶん何か出ているんでしょうね。この子に!みたいなのが。ただ、それが私のどこなのかが分からなくて。

優しさの循環

私は親切にされたときに、その人が私に何かしたくなる背景があったのだと思います。つまり、施しを受けた人が私に施しをしている。あるいは、嫌なことをされたから反面教師をしている。全く知らない人に、声をかけるのって大変勇気のいることです。波には勢いがある。止められるものではないし、そこに防波堤を立てたら、防波堤に沿って大きな波が出来上がる。優しさの連鎖を止めることで、私に何か起こるのではないかと想像しています。私は、それが恐ろしい。感謝されたくて、その人が私に施しをしているわけではないけれど、気づかいや感謝できない人間は孤立する。やりすぎはだめだけど、ほどほどに施しを与えることも、優しさが循環していることを意識することも、大切だと思うんですよ。やっぱり困ったときに誰かに助けてほしいじゃないですか。恩はどこかへ流さないと、滞ると私のところへ帰ってこない。

そんなことをこっそり考えている。

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