visual k
本州へ上陸し近畿地方を大荒れにした台風13号は、さらに勢力を拡大し名古屋へ向けて北上していた。
俺たちは大人気2人組ロックユニット visual k。
ドラムスの俺、「西」とベース&ボーカルの「木曽」からなるビジュアル系ロックバンド。
今俺は何をしているかというと、手を胸の上に交差した状態で仰向けになって棺桶型の車の中に入っている。
マネージャーの岸本と、ベースボーカルの木曽も別の棺桶型の車に入っている。
棺桶型の車に入って、大急ぎでライブ会場へ向かっている。
「マネージャー、この車のスピードじゃライブに間に合わないぜ」
「西くん、何度も言ってるが、ビジュアル系バンドとしてのイメージ戦略だ。社長にも言われただろ、一流のビジュアル系は移動する時もビジュアル系なんだ」
「そうだったな、仕方ないか」
「西、こいつに何言っても無駄だぜ。クソマネージャーが」
「やばい!カーブがある、2人とも気をつけろ!」
その瞬間だった、カーブを曲がりきれなかった木曽の棺桶はガードレールに直撃、木曽は胸に手を当てた姿勢のまま棺桶を足から突き破り、谷底へ落ちていった。
「バン!!!ガサガサガサガサ!!!」
「!木曽!?聞こえるか?大丈夫か?」
「、、、」
棺桶の構造上、上しか見えない俺たちは、かなり事故を起こす事が多かった。
いつか大きな事故につながると思い、レーベルの社長に対して常に棺桶を安全な構造にするよう提案を行っていたが、「イメージ戦略上、棺桶でなければならない」「前が見えるようにL字型になってる棺桶の車なんか見た事ない」などと言われ却下され続けてきた。
それでも棺桶の耐久性を上げる事で、大きな事故は免れていたが、今回はいつも以上にスピードを上げていた。
最悪の状況が脳裏をよぎる。
「マネージャー!聞こえるか!?木曽が事故ったみたいだ!」
「なんだって!?分かった、様子を見てくる!!!ライブまで時間がない、君は先に行っててくれ!」
「分かった、木曽、聞こえるか!会場で待ってる!」
「、、、」
「それでは次のニュースです。昨年末、鮮烈なデビューを果たした大人気ロックユニットvisual kですが、本日名古屋で大規模な野外ライブが行われる予定になっており、安全性の面から批判の声が殺到しています。」
「見てください!このファンの行列!台風の影響により公演中止が囁かれておりましたが、予定通り行われるそうです」
「待ちに待ったライブともあり、会場の内外はたくさんの人で埋め尽くされています!」
「予定時刻を1時間以上過ぎており、耐えかねたファン達が暴徒と化しています!」
マモナク モクテキチ シュウヘンデス
「初公演で遅刻なんて、あり得ねえよ」
「木曽、無事でいてくれ、、、」
10代の頃、俺は交通事故で両親を亡くした。身寄りもなく半ば浮浪者のような状態で街を彷徨っていた。
ある日、客がいないからタダでライブを見に来ないかと声をかけてきたのが木曽だった。
どうせタダならと思い、俺は木曽について行った。
「後ちょっとで始まるから、そこで待ってろよ」
そう言われて、会場で待っていると顔面を真っ白に塗り、でかい十字架を上半分と下半分に切りそれを胸と背中につけて、身体に刺さってるみたいにした木曽が出てきた。
それから30分間、木曽は出番が終わるまで「ドラ・キュラ」と叫びまくっていた。
たまに、味付けなのか良くわからないが「キャタ・ピラ」とも言っていた。
全く意味がわからなかった。
木曽も両親を亡くしていた。
木曽の家はダイナマイト工場だった、父と母2人でダイナマイトを作り、建設現場に卸していた。
生活に困窮していた両親は、地元のヤクザにダイナマイトを横流しするようになった。
ある日、某所で起きた抗争事件で、組の事務所に家宅捜索が入った。
そこにあったダイナマイトにはめちゃくちゃしっかり「木曽ダイナマイト」と書いていた。
工場は閉鎖、両親は木曽を残して自殺した。
ダイナマイトの火が消えても
俺の火は消えない それが木曽の口癖だった。
木曽はその日のライブ終わり「ドラムが足りないんだ、やってくれよ」と言ってきた。
俺は二つ返事でokをした。
その日から俺は、木曽のためにドラムを叩き始めた。
木曽は音楽を全く知らなかった。
学生時代、ビジュアル系バンド「おしるこ。」にはまり、そればかり聞いていた。
木曽は「おしるこ。」がビジュアル系バンドだったから、ビジュアル系バンドをやっているのだという。
後から知ったが「おしるこ。」はビジュアル系でも何でなくフォークシンガーだった。
木曽にそれを伝えると「知らなかったけど、まあいいや」と言って、少し笑っていた。
木曽はベースをアンプに繋ぐものだと知らなかった。
俺がバンドに入ってからベースをアンプに繋ぐと音が大きくなることを指摘すると、ベースが聞こえるようになり徐々にファンがついてきた。
木曽の演奏には魂があった。
たくさんの人が心を奪われた、今のレーベルの社長もそのうちの1人だ。
ライブ終わり、社長に声をかけられた
「今日からお前たちは visual k だ、明日からレコーディングに入る」
それからというもの俺たちはオリコンチャート上位を独占。
名古屋での大規模ライブに漕ぎ着けた。
ライブ会場へ運ばれていく途中、マネージャーから連絡が入った。
「木曽はもうだめだ、現場を探したけど跡形も無くなってたよ」
悲しむ間も無くドスンと棺桶に衝撃が走る。
ステージの上に置かれたのだろう。
ファンたちの罵声が聞こえる。
白い煙が上がり、俺は棺桶から身を出した。
鳴り止まない怒号、ステージの中へペットボトルや缶が投げ込まれる。
俺は頭を下げて、何も言わずドラムを叩き始めた。
一心不乱でドラムを叩き続けた。
どのくらい時間が経っただろう、気付くと周りが静かになっていた。
観客も帰ったのだろうか、これからどうしようか。
恐る恐る目を挙げるとそこに、もう一つ棺桶があった。
白い煙をあげて、棺桶が開く。
煙が消えると、ボロボロになった木曽の姿があった。
思わず木曽に駆け寄る俺。
「木曽、、、無事だったのか」
「西、俺はもう長くない。マイクを貸してくれ」
横たわる木曽の横に、俺はマイクを横たわらせた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう」
「そして、遅れてしまってすまない。」
「一回谷底に落ちてたんだ」
「でも、俺らが出会った時もそうだった」
それから木曽は俺たちの出会いからこれまでの道のりを話し始めた。
「俺たちのライブに来てくれて、ありがとう」
木曽は懐からダイナマイトを取り出した。木曽ダイナマイトと書かれている。
「工場が閉鎖した時から、ずっと持ってるんだ」
ずっと持っとくやつにしてはでかいだろと思ったが、口をつぐんだ。
「もう体が動かないから、これでベースを鳴らしてほしい。」
俺は黙ってそれを受け取り、木曽のベースを掴んだ。
「西くん!何をしてるんだ!」
「ダイナマイトなんてダメに決まってるだろ!みんな死ぬぞ!」
制止するマネージャーを振り払いベースの弦とボディの間にダイナマイトを挟み込む。
横殴りの雨はステージにまで浸食してきている。
ライターは濡れて、なかなか火がつかない。
「爆発するぞ!みんな逃げろ!」
マネージャーの声が会場に響き渡る。
周囲のスタッフも観客も、これから何が起ころうとしているのか、皆分かっているはずなのに、じっと静かに俺たちを見つめている。
ダイナマイトの火が消えても
俺の火は消えない
俺は急いでドラムのところまで走り、スティックを頭上で交差した。
木曽が叫ぶ「ドラ・キュラだー!!!」
鳴り響く爆音
熱風と青白い光に包まれて
木曽がめちゃくちゃ痛そうな顔で
こっちへ飛んで来た
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?