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祝 言               大丈夫と美富豊(ますらをとみほと)  最終話

その後、三月の間、何度か、美富豊は、大丈夫ますらをのいる山に、供物を備えに行った。
そして、その祝言を前にして、最後の日となった。
いつも通り、美富豊は、供物を捧げ、大丈夫に、手弁当を渡した。

「今日で、最後です。この後は、新しい巫女の方が来ます。・・・多分、ますらおを見たら、驚いてしまうかもしれない・・・どうしよう」

大丈夫は、寂しそうに、顔を横に振った。
もう、ここには姿を現さない。そう、言ったように、美富豊は感じた。

「ごめんなさい。ますらお、・・・十日後には、祝言があって、私、あの里の、山知やましるの家に行くことになってるの」

聞いたことのある言葉・・・「山知」・・・|大丈夫は、俯いた。
そして、いつぞや、美富豊を馬で迎えに来た、自分と同じくらいの感じの年恰好の男を思い出していた。

「祝言をしたら、巫女のお役目からは、外されてしまうから。もう、来れないのだけれども。でも、違う理由を見つけて、来られるようにするから・・・、きっと、眞白も解ってくれると思うし・・・」
「ましろ・・・」
「そう。私は、その人の所にいくの」

大丈夫が、いつになく、違う雰囲気を見せた。
その表情は、人のものに違いなかった。

大丈夫は、美富豊を見つめると、首を横に振った。

「・・・うん、すぐには、来られないと思う。でも、次の巫女の方が、お供物は、置きに来ると思うから、また、それは、皆で頂くようにしてね」

 すると、大丈夫は、また、大きな桃と魚を、いつもより多めに持ってきた。

「ありがとう」

 大丈夫は、桃と魚を籠に入れると、美富豊に近づいて、ゆっくり、優しく抱き締めた。

「ますらお・・・」
「・・・み、ほと・・・」
「元気でね」

美富豊は、大丈夫の頭から、背中を撫でた。
それは、犬の背を撫でるようなやり方だった。

「じゃあ、いくからね」

大丈夫は、美富豊を送ることはなく、供物を捧げる場所で見送った。
美富豊は、何度も振り返りながら、大丈夫に向かって、手を振った。
大丈夫は、それをずっと見ていた。
お互いに、お互いが見えなくなるまで、そのようにした。

その晩は、山で、やたら、狼や、山犬の遠吠えが響いていた。
美富豊は、きっと、大丈夫と仲間たちだと思った。

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その日は、よく晴れた、空が抜けるように青い日だった。
美富豊が還俗し、山知の眞白に嫁ぐ日だ。

美富豊は、真っ白な花嫁の証の衣装を纏っていた。
生まれ育った、神官家から、山知の家まで、先導役に手を引かれて、里を練り歩くのが、習わしだった。
それを無事に終えて、花嫁を夫になる相手に引き渡して、祝言の儀式となる。
道々には、里の者が祝う為に並び出ており、野花の花びらを投げたり、祝いの歌を歌っている。

「美富豊様には、山の神様のご加護がついておる」
「そうじゃ、山知は安泰じゃ、眞白殿は、良い嫁をもらうことになる」

里の人々は、祝いの中、賑やかに、湧き上がりつつあった。

その時だった。
山の方から、一斉に、狼たちが駆け下りてきた。
人々は、慌てふためき、逃げ惑った。
祝言の儀式である、花嫁の里巡りは、中途で、足止めを喰らった。

「・・・どうしたの?皆、止めて・・・」

美富豊が、叫ぶと、狼たちは、その動きを止めた。

「お願い。止めて。どうして、こんなことをするの?」

狼たちは、動きは止めたが、里人たちに、威嚇し続ける。
その時、家まで、なかなか、花嫁が来ないことに気づいた、山知の眞白が、様子を見に現れた。
見れば、里の中に、多くの狼が入り込んでいる。

「なんと、弓を持て、衛士たち、狼を払え」

眞白の号令で、里村の衛士たちが動き出した。

「やめて、お願い、討たないで」

美富豊が、先導役の手を振り払い、庇うように、狼たちの前に立った。

「どういうことだ?・・・この大切な祝言の日に限って、・・・獣たちは、あの供物を捧げる場より、下には降りてこない筈だ。・・・山の約定とは違うではないか」
「お願い。眞白。討たないで・・・貴方の弓矢は、確実に、獲物を射てしまうから・・・」

「皆、その場を離れるんだ」
「我らの後ろへ回れ」

すると、到着した衛士たちが、狼たちに向かって、弓矢を討ち始めた。

「やめて・・・お願い・・・」

数匹の狼は、その矢を受けて、その場に倒れた。
すると、その時、素早い人影が走り込んできた。

「・・・え、まさか・・・」

 素早い動きで、狼を逃がし、弓矢を手で払う。

「きゃあ、あれは、人か?」
「山神様ではないか・・・?」
「まさか、そんな・・・」

人々は、皆、恐れおののいた。
その素早い動きに、人の影しか、見ることができない。

「化け物め。討ちとってくれるわ」

眞白が、大弓を持ち出して、構え始めた。
その時、駆け付けた、眞白の母が、呟いた。

「あああ・・・あれは・・・きっと・・・」

美富豊も、その素早い、狼でない者の動きを見て、気づいた。

「・・・ますらお、なの?・・・だめっ、討たないで!!・・・眞白!!」
退くんだ、美富豊!」
「この人は、山神様なの、だめ・・・」

動きを止めた、それは、射られた狼たちの姿を見ると、その姿を変えていく。人のおもてから、獣のように、形相を変えた。

「正体を現したな、お前は、月の鬼だな・・・」

眞白が、大弓を引いた。その瞬間、美富豊が、その者の前に飛び出した。

「美富豊・・・!!」

美富豊は、大丈夫を庇った。その背に、大弓の矢を受けたのだ。

「?!」

美富豊は、大丈夫の腕に倒れ込んだ。
祝言の為の白い衣装は、見る間に、血に染まった。

大丈夫は、胸に下げていた、小さな木の板を引きちぎり、地面に叩きつけ、美富豊を抱きかかえると、生き残った狼たちと、山に戻っていった。

「待て、・・・美富豊を返せ・・・!!」

現れた時と同じように、俊敏に、その姿が見えない程、素早く、山に向かって行く。
眞白と、衛士の一行は、急ぎ、馬に跨り、山に向かうが、それは、供物を捧げる、その場所までしか、進むことができなかった。
まるで、自然の結界が張られたように。

その時、山が動いた。
その里と、山の境目の場所に地割れが生じ、里と、山は、真っ二つに裂かれてしまったのだ。

「美富豊・・・!!」
「ああ、巫女様だった美富豊様・・・、きっと、生贄になってしまったのかもしれません・・・」

美富豊は、山知の眞白に嫁ぐ筈のその日、夫になる筈の眞白に背を射られ、更に、月の鬼に浚われてしまった・・・里人は、深く悲しんだ。
眞白は、全てを信じられずに、その里と山をわかった、淵に立ち尽くした。

里に残された、山知の父と母は、見覚えのある、それが、落ちているのを、見つけた。

「大丈夫」と書かれた、小さな命名札だった。

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以後、里の者は、いくらかして後、日女ひめ一族と名乗るようになった。後の東国人の祖先と言われている。

月の明るい夜半に、谷を挟んだ、獣の棲む、山奥に、人影が見えることがある。人々は、月の鬼・・・月鬼(げっき)と名付け、畏れた。・・・そのうちに、このことは忘れ去られて行く。
何故、月鬼という者たちが、現れたのかを・・・。

日女と、月鬼は、同根、同族であったのだ。

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「大事ないか・・・美富豊・・・」
「うん、大丈夫じゃ、背中より、今は、お腹が大事だから・・・」
「よかった」
「よく覚えたね、ますらを、随分、言葉が上手くなった」
「子どもが生まれるまでには、できないと・・・と思うて」
「ふふふ、頑張ったのじゃな、お父様は・・・はよ、出ておいで・・・」

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里と山を裂いている、その谷こそ、『時の淵』の始まりとも言われている。
美富豊は、この世界で、初めての『月鬼の花嫁』となった。
 
今は、誰も、記憶してはいない・・・
この話は、この惟月島に、畸神様が現れる、遥か昔の話である。

大丈夫と美富豊 ~完~


「大丈夫と美富豊」最終回を迎えました。
最後の方の段の内容は「惟月島畸神譚」という長編小説に繋がる、
大切なモチーフの一つとなっていきます。
何故、大丈夫が、あのような異形の姿で生まれてきたのか。
それが、人がこの世に現れて以来の所業に対する、
自然界が示した、一つの決裁の形であるのかもしれません・・・
お読み頂き、ありがとうございます。

このお話の前段三話は、こちらにあります。
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