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もみぢ葉 第三話             ~艶楽の徒然なる儘

ドンドン、ドンドン

「開けますよ、いるんですね、艶楽師匠」
「ああ、ケンさん、せわしないねえ、相変わらず、どうしたんだい?」
「さっき、来たら、留守だったんで」
「まあ、いつでも、居ると思うんじゃないよ」
「どこ、行ってたんですかい?」
古物屋ふるものやだよ」
「え?」
「大きなものはね、大八車で、来てもらってね。で、小さなものは、持って行ったのさ。あーあ、忙しかったよ・・・で、すっからかーんで、気持ちいもんさね」

 確かに、文机ふづくえ一つ、って感じだけど・・・

「はぁ、そんなの、あっしに頼んでくれりゃあ、ひとっ走り、行ってきたってぇのに・・・でも、なんで、今頃、色んな物、手離して」
「うーん、そうさねえ、欲しいものがあるのさ。新しい筆と墨がまずね。後、適当な紙だねえ。下絵描きのと、それから、・・・」

 ああ、師匠っ・・・!!
 ついに、師匠が、やる気を出してくれたってぇことか?!

「まぁねえ、仙吉さんに頼むのはね、もう無理だから。自分で、何とかしないとね」

 あ、いいんですかい?師匠・・・そのお人の話なんかして。

 あの後の、庵麝先生の話とも、繋がってくることなんだが。

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 十五年前、艶楽師匠の出す本は、売れに売れた。
 特に、人情本は、人気があった。

 辛い終わり方しかしねえ筈の道行物でも、二人で海を渡って、素の国で結ばれ、心中するもことなく、暮らしたとか。男衆も、町娘も愉しめる、困難の末、二人が幸せで終いになる恋物を描いてた。千部振舞せんぶぶるまいになり、貸本屋にも、随分、並んでいた。

 まあ、それで、艶楽師匠に気に入りができて、その気に入りの好きな本や、挿絵を描くってことになって。絵に関しては、一点ものの、肉筆っていうのも、悦ばれていたらしい。このくらいになると、気に入りに逢って、その場で描くようになった。これが、艶楽絵と呼ばれ、それは、密かな愉しみだったらしい・・・。

 その一番の、特に肝の入った、気に入りっていうのが、栗源仙吉くりもとのせんきちっていうお人で、川向うの、更に向こうに住んでいた。

 色んな、奇妙奇天烈な絡繰りを生み出したり、人の身体の悪いものや、痛みをとったり、師匠のように、話を描いたり、それこそ、あっしのような役者の演じる戯作なんかも、書いていたお人らしい。その当時、天才とか、変人とか、巷では、密かに、色々と言われていたんだが。

 感じとしては、その仙吉さんが、気に入りでありながらも、艶楽師匠を見込んで、作品の指南をしたようなこともあり、艶楽師匠の師匠ともいえるお人らしい。

 ここまでは、あっしの見聞きした、その当時の、艶楽師匠の話だ。
 そして、ここからが聞いてきた、庵麝先生の話だ。

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「数年前、具合の悪い者がいるからと、研之丞、お前が艶楽を連れてきた時には、その実、驚いた。その名を聞いた時に、あの御伽屋艶楽だったと知り、緊張の余り、言葉が出なかった・・・」

 ああ、そうでしたねえ。あっしが、師匠を、庵麝先生の所へ連れてきたんだ。そうだったのか。以来、いつも、黙りこくってるお人だから、その時、そんな風だったとは、微塵にも思わなかったが。

「少し、衰えたと見たが、薬を合わせ、良くなると、顔に、昔の艶が戻ってきたので、安心したが・・・」
「先生は、艶楽師匠と、昔、お会いしてたんですかい?」
「ああ、嫌、会っていたというより、なんというか、その頃は、その・・・」

 口籠っていたが、つまりは、気に入りの一人だったということらしく、

「もう、その頃の艶楽には、仙吉がついていて、まあ・・・」

 人を治す、不思議な力があり、それに伴って、何故か、財力もあった、その一番の仙吉さんが、艶楽師匠を家に連れて行き、流連いつづけの挙句、住まわせて、そこで作品を描かせていた。独り占めしていた時期の話らしい。

「近くで、その姿を見たのは、街中ですれ違った時だった。仙吉に手を取られて、いそいそと、嬉しそうにしていた・・・丁度、今ぐらいの季節で、手には、井筒屋の包みを下げ、『安楽寺にもみぢ葉を観に行く』とはしゃいでいた・・・」
 
 庵麝先生は、その後、訥々、身の上話を始めた。

 お武家の次男で、家督は継げなかったが、学問は好きだったことで、医術を学んで、お医者になったらしいが、最初は色々と苦労なすったそうだ。 

 元々が、口下手で、よって、人付き合いも上手くなかったのも手伝って・・・年嵩で、色々と力のあった仙吉さんとじゃ、どう見ても、分が悪かったのかもしれねえが。・・・つまりは、艶楽師匠は、庵麝先生が、気に入りだったことも知らねえらしい。

「艶楽の恋物に憧れた。心中せずに、身分違いでも、一緒になれて、・・・柄でもないので、これも、密かな愉しみだったが・・・」

 だから、芝居も好きだったんだな。以前は、艶楽師匠の本を、下敷きにした芝居もやっていたからな。

「・・・来た時より、今は、咳が多くなり、診ていたら、黒墨の診立てが立った。前に学んだ、藍学の医学書に出ていたように、背中に耳を当てて、肺の音を聞くと、おかしな具合の音で・・・」

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「師匠、安楽寺にもみぢ狩り、って、どうですかい?」
「えっ?・・・なんだい、だしぬけに・・・」

 艶楽師匠は、小首を傾げて、うふふと笑って。

「それねえ、昔の、気に入りの、誘い文句なんだよ」

 あ、じゃあ、やっぱし・・・。

「昔、よく、付け文、もらったんだけどね、これが、時期ものだから。
もみぢ葉の一番きれいな、良い頃ってえのは、数日の間って、決まってるからね」
「え、じゃあ、その、今年の良い頃って・・・」
「うーん、もうそろそろ、終わるんじゃないかねえ」

 こりゃ、大変だ、

「師匠、行きましょう、今、すぐ、行かないと」
「え?どこに?」
「安楽寺に、決まってんじゃねぇですか」
「え?・・・ちょっと、ああっ、ケンさん、何すんだい?」
「あっしに、負ぶさって、おくんなせい」

 約束はできてますぜ。今、お連れしますから。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「もみじ葉③」 艶楽の徒然なる儘 第六話

お読み頂き、ありがとうございます。
研之丞が、艶楽師匠を背負って、走り出しましたが、
さても、この先、どうなることやら・・・

いくつか、独特の言い回しで解りにくそうなものについて、少し。
「人情本」は恋愛小説、「千部振舞せんぶぶるまい」はベストセラーで、「気に入り」は、ご贔屓筋、ファンの意味で使わせてもらっています。
流連いつづけ」は遊興に耽って、日延べして、なかなか帰れないという感じです。これは、遊郭などで使われる表現から持ってきました。
この漢字で、このように読ませて、この意味って、粋だなあと思います💜

このお話のシリーズ、前段は、こちらのマガジンからになります。
宜しかったら、ご一読、お勧めです。

 


 

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