見出し画像

頼まれごとは、生涯一の仕事 その三       艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇 第三話

 今回からは、私、語り部かたりべを交えた形のお伝えとなります。
 よろしくお願い致します。

 さて、いよいよ、艶楽たち一行と、真菰座の出立の日と、あいなりました。

「準備はできたかー、」
「はいっ、座長」

 結構な荷物だねえ。まあ、商売道具一式、衣装から何から、大八車に積んでねえ。賑やかな旅だねえ。ああ、楽しみだ。城下から出たこともないからねえ。さてさて・・・。

「ああ、真菰座の旗印、綺麗な緑、いいねえ、初夏の青空に映えて」
「師匠、いいですか?」
「なんだい?ケンさん」
「いいですか?絶対に、疲れてきたら、ここ、この大八車の、この空いてるとこ、ここに座っていっておくんなせぇ」
「はいはい、歩けるとこまで、歩くんだからねえ、それにね、庵麝先生もついていてくださるからね」

 庵麝先生、頷いてくれてるねぇ。こんなに沢山の人と、賑やかに旅に出られるなんてね、思ってもみなかったよ。

「いくぞ、研之丞、殿しんがりは頼むぞお」
「わかりやした」

 その最後の台車を、ケンさんが引いていて、その後を、あたしと庵麝先生、そして、お雪ちゃん、家族旅行みたいじゃあないか。
 
「お天気が良くって、良かったですねえ、艶楽先生」
「お雪ちゃん、まあ、本当だねえ」
「師匠、こりゃあ、幸先いいかもしれませんよ」
「そうだねえ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一日目 城下から酒の町 埜真淵まで 
 一行は、城下を出て西に向かっていた。その日の朝早くから出発し、昼頃には、中つ大洲なかつおおしまを南北に貫く、斎乃大河さいのおおかわに辿り着く。そこに渡された、羅瀬らせの大橋を渡り、その後は、大きな山越えになる。その手前に、関所のある、造り酒屋で栄えている町がある。城下程ではないが、そこそこ開けている町、埜真淵やまぶちという所だ。山からの水が綺麗で、その水を使った酒造りの発祥の地と言われ、ここから、全国へ酒造りが広がったと言われている。真菰座は、城下を出て初めての興業の地を、ここに決めていた。ひとまず、ここまでを、初日に辿り着く。城下を出て、最初の宿場町でもある。山の側なので、若干の温泉もある。ここでの、興業は地元の人々だけでなく、酒の買い付け客や、湯治客も、対象と見込んでいる。ここまでが、約十里ほど西に向かい、進んだこととなる。

「はあ、羅瀬まではねえ、平坦だったから、休みながらも、なんとか、だったけどねえ」
「よく歩いた方だ。無理はいけない。苦しくはないか?」

 まあ、至れり尽くせりだねえ。いいのかねえ?こんなんで。

 研之丞の引く、旅一座一行の、殿しんがりの大八車に揺られて、艶楽は、羅瀬の大橋を渡る。

「んー、いいねえ、あ、そこの紙と矢立やたて、とっておくれでないかい」
「これですか?」
「ああ、お雪ちゃん、ありがとね」

 艶楽は、羅瀬の大橋を渡り切ると、矢立から小筆を取り出し、ささと小さな帳面に描き始める。その集中する様子を、庵麝は初めて目にした。
 「艶楽筆」と言われた、肉筆を目にしている。庵麝は、目をしばたたかせ、心を震わせ・・・

「うわあ、お上手ですねえ」
「まあねえ、一応、これがおまんまの種だからねえ」

 庵麝は、ため息をつく。
 お雪がそれを覗きこんで、艶楽と話し始めたからだ。

 ここは、寝所ではなかったな・・・。

 まだ、二人っきりの場で描かれる、自分の為だけの肉筆は、目の前で見ることは叶っていない。旅の間に、そんな事があれば・・・と、庵麝は期待をしているようで・・・。

 ・・・嫌、だから、旅について出たわけではないのだ、断じて、そうではない。

「何、ぶつぶつ言ってるんだい?庵麝先生」
「あ、いや・・・」

「うおーい、もうすぐ、埜真淵だ」

 向かう先の方から、一座の仲間の声がした。

「もうすぐ、今夜の宿に辿り着きますよ、」
「喉が渇きましたね」
「埜真淵は、水がいい」
「楽しみだねえ」

 一行は、日の暮れ、ギリギリの所で、埜真淵の宿場に辿り着いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「はい、お泊りは、こちらに~、いらっしゃいませえ」

 あまり、多くはないが、数件の宿があった。
 普通の旅籠の他に、大きな木賃宿という、大部屋を一つ借りれば、何人でも泊まれる宿があった。米などの食料を持ち込み、宿に食事を作ってもらうのだが。

 まあ、小さいが、宿場町って、こんなんなんだねぇ。

 艶楽は、ここまで、見るもの、聴くものが珍しく、あちこちを見回している。一行は、今夜の宿について、話し始めた。

「先を見越してな、あまり、贅沢をしたくねえから、あっしらは、ここの木賃宿に泊まろうと思うだが、どうだい、艶楽さんたちは?」
「ああ、そうだねえ・・・、木賃宿ってぇのは、どんな塩梅なんだい?」
「まあ、あんまり、綺麗なとこじゃねえなぁ。あっしの修業時代のドサ回りの時に、泊まったきりだがなぁ、蚤や虱の巣窟で、女たちには辛いものがあると思うがな」
「あー、でも、その木賃宿ってぇのは、楽しそうじゃないかい?蚤と虱は、虫除けすれば、皆で、一緒にって、いいんじゃないかい?」

 研之丞が、軽く首を横に振っている。その隣で、庵麝先生が、眉間に皺をよせた。艶楽は、首を竦めた。

「あのう・・・座長、お雪もいるし、やっぱり、艶楽師匠は、その、お身体があまり・・・」
「そうだな、蚤の死骸を吸い込んで、艶楽の肺の黒墨が進んでも、困りますが故・・・旅籠は、少し金を出しても、良い所が良いと」

 庵麝は、いかにも、医者らしく、座長に話した。

「やっぱり、そうだよな。まあ、旅の始まりだから、ゆっくり休んだ方がいいだろう。あっしらは、この大所帯だから、木賃宿にいきますんで」
「すいやせん、座長、ありがとうございまっす」
「お前は、本当はこっちなんだからな。まあ、そちらは任せた。じゃ、研之丞、頼んだぞ」

 座長は、研之丞の肩を叩くと、鼻歌混じりで、座員たちと「馬坂」という木賃宿に入っていった。

 なんだねえ、あっちの方が賑やかで、楽しそうだと思ったのに・・・

「そんなお顔しないでくださいよ、艶楽先生」
「んー、まあ・・・」
「艶楽、旅は長い。城下の家とは違うが故に・・・この旅は、物見遊山の遊興とは違う、そうだろう?」
「あー、わかったよぉ、真菰座の皆さんと、楽しく過ごそうと思ったんだよお、久しぶりにさぁ・・・沢山の人の中でね」
「まあまあ、師匠、まだまだ、機会はありますから、今夜の所は、こっちの旅籠『埜真淵』で、ご当地のうめぇもん、頂いて、良いお布団で休みましょう」

 まあ、仕方ないねぇ・・・そうだねぇ、先は長いんだよねぇ・・・

 艶楽の、その無邪気な子どものような好奇心は揺さぶられ、木賃宿に興味深々だったのは解る。なんなら、賑やかな真菰座の人たちの、部屋での様子など、素描きをしてみたいとも思っていたらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ああ、すいませんねえ。酒の買い付けのお客さん方でいっぱいで、今日は、お部屋、皆さんで一つで、よろしいですね。あい、すいませんねぇ」

 旅籠の女将は、庵麝に、丁寧に頭を下げた。確かに、この中で一番年嵩なのは、庵麝だ。ここに話すのが筋が通ると感じたのだろう。

「こちらでございますよ。お湯は向こうの離れ、夕飯は、もう出しましょうかね。皆様、どうされますか?」
「湯に浸かってから、頂きたい」
「はい、承知しました」

 小さいが、良い宿で良かったと、それぞれが思って、一息つく。

「はあ、やっぱり、疲れたねえ・・・どっこいしょ」
「でしょう?師匠、こっちでゆっくりでよかったんですよ」
「はい、お茶貰って来ましょうかね」

 まあ、いいかなぁ、ゆっくりできるからねぇ・・・うーん。
 そうなんだよねぇ、確かに、庵麝先生の言う通りなんだよねぇ。

 艶楽は、例の仙吉からもらった、旧い文書と、そして、もう少し先の時代に綴られたであろう、庵麝の持っていた「畸神譚在界采配地一覧集」を見てみることにした。丁度、お茶をもらってきたお雪が、部屋に入って来た。

「ああ、お雪ちゃん、戸をしっかり閉めてもらえるかい?」
「あ、はい」

 そこへ、庵麝が、東国の中つ大洲なかつおおしまの地図を出した。

 四人は、その拡げられた紙のものの周りに、それぞれ、腰を下ろした。

「ちょっと、ここまで忙しかったからね、まずは、これから、どうするか。よく考えて動かないとねえ。場合によっちゃあ、真菰座とは、離れなきゃならない時がくるかもしれないねぇ」

 先程の物見遊山な艶楽とは、打って変わった様子に、研之丞とお雪は、少し驚いた。庵麝は、頷いて見せた。

「これからの旅の行程を、よく考えなきゃならんな」

 四人は、それぞれ、目を合わせて、頷いた。

「で、これが、仙吉さんからの、あたしの知りたい伝説があった場所についての書きつけだよ」

一、中つ大洲、中程、南側の海辺
二、中つ大洲、長箕沢 山ん中
三、中つ大洲、北睦の辺り
四、南の諸島 船の家の辺り

🌸 仙吉の書きつけ~古文書の伝説の残る場所 🌸

「ここから、一番近いのは、どこになるんだい?」
「この場所だと、多分、この先の天海山を越えた、少し先に、この『中程の南の海辺』となると思うが・・・」

 庵麝が、地図を指さしながら、説明する。

「ここが、今の、埜真淵だ。で、天海山を越えて、恐らく、この海辺だな」
「えっ、ここ、全部?」
「こりゃ、大変じゃないのかい?あんた」
「するってぇと、見てみるとして・・・」

 研之丞が、長い指で、地図を辿る・・・

「あああ、今日歩いた、五倍より、ありますぜ。この海の傍は」
「ああ、そうなるんだねえ・・・」
「探すにも、広すぎるな、それに、天海山越えの後だからな」
「ああ、そうそう、さっき、泊まってるお酒の問屋らしい人が言ってたんだけどね」

 今度は、お雪が、お茶を配りながら、話しだした。

「お酒を、西に買って帰るのにね、この人たち、どうするのかなって思って、ちょっと、話、聞いてたんだよ。お酒って、大きな樽じゃない」
「おう、そうだな、で?」
「ここからね、天海山に行かないで、こっちの港から、船で西まで運ぶんだって」
「ああ、なるほど」
「だから、山の関所の代わりに、港の関所を通って、ここを出るとかって」
「多分、それって、座長も知ってたかもしれねえな」
「じゃあ、興業が終わったら、船で動くんだね」
「でも、途中で、下ろしてくれるかは、わからんぞ、この海の傍に」
「そうだよなあ・・・」

 一同、思案する。すると、艶楽が、いつもの感じで話し出した。

「それ、興業の間に、やってくれる人を探したらどうかねえ?」
「え?・・・それって、」
「頼めばいいんじゃないのかい?」

 不安がる、一行。顔を見合わすが。

「・・・どうだろうか?」
「ああ、もう、この宿の人とか、その酒問屋の旦那から、頼み込んでみるんだよ。明日、座長にも聞いてみたら、いいんじゃないか?」
「そうね、そうしましょう、あんたが興業の間、あたしも艶楽先生の方、手伝うから、ね」
「お雪・・・」
「うん、やるよ、あんた、随分、艶楽先生には世話になってきてるんだからね」
「うーん・・・」

 庵麝は、渋い顔になる。この御仁、必要以上に人と交流を持つのが苦手なのだが。

「いいんだよ、庵麝先生は、ここで座って、お茶飲んでたってね。ねえ、お雪ちゃん、ここは、女の底力で抜けていきますからねっ」

 お雪は、あははと笑うと、にっこり、男二人に目配せをした。

「・・・うん、解った。私も頼める者を探すとする」
「そおかい、流石、庵麝先生だねえ、嬉しいですよ」

 艶楽に褒められ、庵麝は、顔を赤くして、頭を掻いた。

「済まねえな。明日、朝一に小屋を建てたら、午後には興業の予定だからね」

 窓の外を、一座の裏方たちが、旗を振りながら、通り過ぎるのが見えた。

「あっ、・・・悪い。お雪、師匠、庵麝先生。俺も、明日の興業を知らせに、街に出てきやす」
「ああ、行っておいで、酒問屋の人たちに、ようく、顔見せて、沢山、来てもらうようにね」
「飯、とっといてくれ、お雪」
「はいよ」

 研之丞が慌てて、飛び出していく。すぐ、窓の外で、呼び声が大きく響いた。向かいの宿に、入っていったようだ。

「あ、そう、楽屋待ちでもいいんじゃない?その人たちが来るなら」
「そうだねえ、さっきから、頭いいね、お雪ちゃん」
「・・・」
「もう、なんだい、辛気臭い顔しないの、庵麝先生、大丈夫だよ、上手く行くからねぇ」

 艶楽の、根拠のない自信、これまでも、色々とあったようだが・・・

 さて、今回はここまで。珍道中が、いよいよ、始まりました。
 次回は、どうなりますことやら。お楽しみに。

                         🌸次回へつづく🌸


みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その三
               艶楽の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~第三話


 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 いよいよ、旅が始まりましたが、今、見せ方とか、試行錯誤中です。
 楽しい読み物にできればなあ、と思っています🌸
 この前のお話は、こちらのマガジンから、御覧下さい。


 


この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,285件

#古典がすき

4,044件

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨