見出し画像

頼まれごとは生涯一の仕事 その九 艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記 第九話

 前回、伝説の浜から、無事に戻った、御伽屋艶楽みとぎやえんらくは、第一の伝説の浜で得ることができた「第二、第三畸神時代」の伝説を、彼女なりに書き上げた。埜真淵やまぶち真菰まこも座の公演が終わるまでに。その時に、時折、巻物から現れる慈毘ジビから、事実関係を聴きながら、それを補足していく。それを不思議とも思わずに。

 そして、いよいよ、一行は、次の旅に出る。長箕沢という地に向かうこととなった。今回は、その件と相成ります。


🌸🏔🌸

 箕沢という名の城があり、山中ながら、城下が栄えていた。先にいた埜真淵が少し大きくなったような場所だった。真菰座の次の興行の地だった。

 田舎独特の鄙びた中にも、活気のある町の雰囲気が感じられた。

「こりゃあ、お客も多そうだなあ」

 研之丞けんのすけが、両脇に立ち並ぶ、町の店をキョロキョロと覗き込んた。妻のお雪が、それに微笑んだ。

「ここは、小豆の産地だそうだ。北の方が得意と言われているが、この小さい山間で、頑張って作っている者がおるという。色々な説があるが、ここには上手い甘味があるぞ」

 嬉しそうに、医者の庵麝あんじゃ先生が話し出した。いつもならば、黙っているのだが、今日は、得意気だ。

「ああ、そうかい。城下を離れてから、井筒屋も幾久しくだねえ、どれどれ・・・」

 大八車の端に座ってきた、艶楽はひょいと飛び降りる。すると、隣に、ひょっこり、小さな女の子、慈毘ジビが現れた。

「美味しいお餅の話?」
「そう、そうだよー、ジビちゃん、ああ、そうだ、ここで、可愛い、今時の着物、買ってあげるからね、後で。その成りじゃあ、ちょっと、可哀そうだね、お団子食べたら、ちょっと隠れてて」
「はーい」

「ちょっと、町の長の所へ立ち寄って、興行の許しを取ってくるんで」

 研之丞とお雪、そして、真菰座の一行は、先に、進んでいった。

「はいはい・・・役者たちはいっちまったねえ。ああ、そこにある、坂城屋っていうのが、ああ、あんころ餅の店のようだねぇ」
「おおっ、聴いたことがある。坂城屋は、この地方でも、上手い菓子屋で、箕沢城にも献上している店らしい」
「先生、やっぱり、甘党なんだねえ、お酒だめだったから」
「艶楽、何度、私と井筒屋の団子を・・・今頃、気づくか・・・?」

 ここでも、庵麝先生は、また、冴えない役回りらしい。
 艶楽は、慈毘の手を引いて、とっとこと、数件先の坂城屋の暖簾をくぐっていた。

「はい、いらっしゃい」
「へえ、こちらのお団子は、大皿いっぱいのあんこの中に隠れてるんだねえ」
「お客さん、東の城下の人だね」
「ああ、そうだよ。これをいくつか、ええっと」

 振り向くと慈毘の姿はなかった。艶楽は納得して、指折り、数を数え始めた。

「そうさねえ、三十個ほど、おくれでないかい?」
「えーっ、そんなにですか?」
「まあ、今日ね、真菰座っていう芝居小屋が立つからね。そこの役者さんたちの分もよ。ああ、三つぐらいにぐらいに分けておくれな」
「はいはい、芝居小屋ですか?それは久しぶり、楽しみですね。よく、こんな山の中の町まで、来てくれましたね」
「ここは、山の中だけど、栄えてるね」
「殿様が良い方で、皆、慕っておりますから、」
「そうなんだね。それは何より、良いとこなんだねえ」

「お前さん、これ、もう捨てないとダメなのかい?」
「ああ、それはもう・・・店に持ってでるんじゃない」

 奥から、何やら、赤い布を持った、その店主の奥さんが現れた。

「あれ?綺麗なお布じゃないかい?どうしたんだい?」
「実は・・・」
「こら、お客様に・・・」

 すると、艶楽の袖が引っ張られた。

「何、慈毘ちゃん?」

あれね、ここの子の着物だったの、あれ、着たい

「あ、そう?・・・ああ、それ、子どもの小袖かい?」

「あ、ああ、そうなんですけど」
「うちの子に貰っても、いいかい?」
「え?」

 慈毘は、ひょっこりと、店の店主と奥さんの前に現れた。

「あら、まあ、お嬢ちゃん、いたんだねえ、本当に着てもらえるのなら、嬉しいですよ。病で亡くなった子のものなので、捨てるに捨てきれずにいたんですよ」

着てほしいって言ってる

 どうやら、慈毘の声は、艶楽にしか聞こえないらしい。
 後ろを見ると、同じ服の女の子が、頷いている。

「ああ、そうだったんですか。この子も喜んでいるんで」
「じゃあ、着せてあげましょう。中にいらっしゃい。ああ、お母ちゃんと一緒がいいのね。どうぞ、上がってください」

 慈毘が、艶楽にしがみついて離れない様子を見せたので、そのように呼ばれたようだ。

「ああ、あんころ餅、三十個、やっとくから、どうぞ」

 旦那も、それならという感じで、にこやかに頷いた。

🌸👘🌸

 慈毘は、赤い着物を着ると、嬉しそうに、艶楽に抱き着いた。

「ありがとうございました。良かったねえ」

 慈毘は頷いた。すると、その後ろにいた、もう一人の女の子は、艶楽に手を振って、消えて行った。ふと見ると、仏壇に小さなお位牌があった。艶楽は、すかさず、それに向いて、手を合わせた。母親である奥さんは、頭を下げた。

「実は、箕沢のあんこは絶品だと、昔の知り合いから訊いてたんですよ」
「そうなんですよ。皆さん、北のものが良いとばかり・・・」

 店に戻ると、店主と庵麝先生が、小豆やあんこの話で盛り上がっていた。

「おや、その子・・・」
「ああ、よく似合うねえ、よかった」

 庵麝先生は、また、面食らったように、慈毘を見つめたが、店主が普通に反応しているので、居ずまいを整えた。

「はい、三十個ね、三つに分けときましたから」
「あぁ、ありがとうございます。じゃあ、皆のとこに行ったら、分けて食べようね」
「後で、その、芝居を見に行こうかなと思いますよ」

 奥さんも、明るい顔つきになって、店先に出てきて、そう言った。

「後で、多分、お知らせのチンドン屋が来ますよ」
「チンドン屋、あー『トーザイ、トーザイ』のね」
「そうそう、お待ちくださいね、賑やかなのがきますからね」

 その日、真菰座のこの地での初興行も、小屋を建てている所から、人だかりができたようで、大入りとなったらしい。後日談だが、翌日以降は、その坂城屋が、あんころ餅を売りに出て、大層、儲けたという。


🌸🍡🌸

「良かったあ。いいこと、あったねえ」

 その晩の宿は、艶楽と庵麝先生、そして、巻物の中から出入りする慈毘の三人で、一部屋となった。今、慈毘とは、皆が話ができる状態らしい。

「ジビちゃん、やっぱり、お前さん、到津さんと似てるねえ」
「うん。良い事がくるよ。助けてくれたから。あとね、さっき、風の便りでね、埜真淵に役人が来たけど、も抜けの空って、怒ってたって」
「えぇっ、そうだったのかい?じゃあ・・・」
「ああ、忘れていたが、艶楽、お前はお尋ね者になってるかもしれんぞ。城下を出る羽目になったこと、ああ、俺もそうかあ・・・」
「でも、多分、慈毘と一緒なら、大丈夫だよ」
「そうかい、それはよかった。ありがとうね、ジビちゃん、はい、あんころ餅、食べようね」

 長箕沢の宿では、小豆や山菜などの、刻み野菜の入った卵焼きが出てきた。これには、皆が喜んだ。これ一つが、酒の肴にも、飯のおかずにもなるというやつだ。

「さてねえ、見たところ、ここは栄えているようだが・・・伝説は、もう少し、山の奥の方だろうか・・・」
「そうだよ、慈毘の生まれたところ」
「え?そうなのかい?じゃあ、どこに行けばいいか、解るかい?」
「うん・・・、多分、女の人がいっぱいいる所の先だよ」
「え?」
「ああ、春海楼の芳野かぐわのか・・・」
「ちょっと、庵麝先生?!」
「え、あ、はい・・・」
「寄り道は厳禁ですよっ」
「ま、まさか、そんなとこには、私は行きませんよ」

 ほんとかしらねぇ・・・というような目で、艶楽は、庵麝を見ると、慈毘はそれをみて、大笑いをした。

「まあ、そうでしょうよ。生真面目な庵麝先生のことだからねえ・・・じゃあ、明日は、その先にいってみようかねえ・・・」
「御山は険しいよ。一日がかりかもしれない」
「そうなのか?色々と準備していこう。宿に、弁当を頼んでおくか」
「まあ、お医者の庵麝先生がいてくれるから、その辺りは大丈夫かな?」
「うーん・・・、多分、御山の『山の家』の縄張りに入ったら、慈毘がなんとかできるかもしれないから・・・山を越えて、向こうなの」
「えーっ、そうなのかい、・・・うーん、そう簡単に人が行けるとこではないのが、こないだの浜の件でわかったからね」

 これは、ちょっと、覚悟しなければならないと、艶楽は思った。

 さて、次回は、艶楽師匠も、山登りとなりそうで。
 どうなりますやら、お楽しみに。

                            🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その九
            艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~ 第九話

 前回に引き続き、「埜真淵から伝説の浜まで」の件は終わり、まずは、その地域の部分の巻物が埋まり、それを艶楽師匠は、今様に書き下ろしたようですね。伝説を口伝する、過去の謡巫女がいて、それを筆記した貴族がいました。その文書をどういう経緯か、手に入れた仙吉さんが、艶楽師匠に託したという寸法で、ここまでは先ず上手く行っているようですね。一先ず、追手からも時間差で逃れているようですし・・・。さても、次回は、その山の向こうの、『山の家』まで行くようです。今回の地域では、どんな展開になるのでしょうか?その前に、「女の人が沢山いる所」というのも、気になりますが・・・。それも、聞いたことのある名前が・・・。

 また、少しお時間を頂きますが、お楽しみになさってくださいね。

 このお話は、こちらのマガジンより、纏め読みができます。
 よかったら、お立ち寄りください🌸✨


この記事が参加している募集

私の推しキャラ

日本史がすき

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨