『フラグブレイカー』 第三話
一夜明けて、遅めの朝食をリスと食べる。
昨夜はあの後お楽しみでしたねとはならず、自分が転移者であり西へ向かいたいこと、スノーラビットにはボコボコにされたけど、ナイトメアフロッグの舌を斬り落としたことを話した。それをリスは最初は静かにうんうんと頷いて聞いていたけど、ナイトメアフロッグの話をしたあたりで少し首を傾げたので、これが証拠だといわんばかりに収納袋に入れていた斬り落としたナイトメアフロッグの舌をベロンと出したところでリスは悲鳴を上げて、マーニャさんに五月蠅いと怒られた。その後は図書館から借りた本を読み、必要な箇所は書き留めるというのを繰り返し、気が付いたら寝ていた。
そして今朝、今度は「あんたらいつまで寝てんだい!」とリスの部屋で寝ていたのをリスと一緒にマーニャさんに叩き起こされる形になった。
俺達が朝食をとっとと食べないとマーニャさんはいつまでも朝食を片付けられないのだから当然である、もう宿というか第二の実家に似たものを感じる。
朝食を食べながらリスはなぜか頬を染めて
「……昨日は凄かったね」
といって意味深に俺をからかってくるが
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
と塩対応することにした。
「あはは!」
朝から陽気に笑うリス、もうリスに関してはこんな感じの対応でいいんじゃないだろうか。
その様子を穏やかな表情でマーニャが眺めていた。
***
昼前。街のギルドへ行き、冒険者登録のやり方をリスに教えてもらいつつ、クエストボードと言われるボードに貼ってある依頼書、求人を眺めていて思った。
「この街に治癒師(ヒーラー)みたいな人っていないの?」
俺は素朴な疑問をリスに投げかけた。
「んー、街にというよりも、世界単位でほとんどいないね」
「え、そうなの?」
意外な答えだった。外に出れば魔物がいるような環境であれば、治癒師(ヒーラー)は間違いなく需要があるし、なんなら医療はこの世界なら一番発展していてもおかしくない分野だ。
「というより、……いなくなっちゃったという方が正しいかも」
言葉と一緒に何かを思い出しているのか、リスの言葉が少し詰まる。
「メントはこの街から遥か西、極西の大陸に魔王がいて、西に行くにつれて魔物が強くなっていくのはわかるよね?」
「うん」
「この魔物が強くなるっていう要素の中には知能指数が上がるってことも含まれてるんだ、それこそ人間と同じように言葉を話して意思疎通ができる魔物がいるってこと。……ではここで問題ですっ」
「え?」
唐突にリスのクイズが始まった。
「貴方は魔物です、敵に勇者・戦士・狩人・治癒師の4人のパーティがいます、一番先に戦闘不能にしたいのは?」
少し考えた後、俺は。
「……治癒師」
と答えた、まさか。
「そう、魔王を始めとした高い知能を持った魔物、つまり魔族は治癒に長けた人を優先して殺すことにしたんだ、そして優秀な人ほど魔王討伐に連れていかれて結果、殺されるリスクが跳ね上がった」
「そんな」
「だから今では瀕死の重傷から完治みたいな治癒というより奇跡を起こせる人は世界でせいぜい1人か2人、それもどこかでひっそりと暮らしていると思う」
「マジか、魔王討伐はいいけど事実上治癒師なしで旅をするって、リスク高すぎないか?脳筋パーティになっちゃうじゃん」
「なので回復薬や痛み止め、解毒薬の需要が高いのです」
「ああ、もしかしてリスが俺にここまで親切にしてくれるのって」
「そう、メントの身体(毒属性)が目当てだぁ!ってのは半分冗談で……境界線を知りたいっていうのがあります」
「境界線?」
「そう、毒と薬の境界線。『酒は百薬の長』って言葉があるでしょ?小ジョッキ程度の量のビールだったら、血管の拡張やら血行が良くなるっていうけど、これが中ジョッキの量のビールになると、アルコールを分解しきれなくなってきて血液がドロドロになるってやつ、つまりメントは毒属性で毒を生成できるのと同時に、薬も作れるんじゃないかなって、可能性の塊なんじゃないかなって思って……」
とリスが言いかけたところで。
ギギィとギルドの扉が扉の幅よりも大きなものを無理やり入れようとしているのか、擦られながら重く開く。身長は2m近くある大男が、自分より大きいであろうナイトメアフロッグを抱えてギルドに入ってきた。
***
「討伐リストにあったナイトメアフロッグだ、確認を頼む」
「あ、はい!」
大男は落ち着いた様子で体高3mはあろうナイトメアフロッグをドチャッとその場に降ろし、受付嬢は確認する。
(すげぇ)
(流石)
(やべぇ)
(あいつはアタシが育てた)
(好き)
(ナイスマッスル)
ギルド内はざわついていた。
ほとんどが尊敬や好意的な声が多いと思った中で。
(はっ!死神が)
(今度は誰が死んだんだか)
(いや、最近はずっとソロらしいぞ)
嫉妬なのか、あまり好意的ではない声も聞こえた。
「ヘシオール=ボギット」
リスは小声で俺にその大男の名を教えてくれた。
たしかに何でも折ってくれそうな筋骨隆々とした、いかにも戦士といった見た目の男だ。
「腕が立つのは間違いないんだけど、これまでボギットとパーティを組んだ人達は亡くなっている人が多いことから<死神>の二つ名で呼ばれてる」
「えええ」
なにそれ怖い。
「本人は本人でそれが嫌だったのか、最近だと本来はパーティで挑まないと死ぬリスクが高いクエストにソロで行って達成して帰ってくることから、<不死鳥>といって尊敬や畏怖してる人も出始めてるんだとか……つまりアタシです!」
「お前か!」
「……全部聞こえてるぞ、リス」
「わああ!」
いつの間にかボギット本人が俺とリスの真後ろにいた。
「お前さっき『あいつはアタシが育てた』とかどさくさに紛れて言ってただろ」
(え?さっき後方師匠面してたのもリスだったの?)
「あっはは~、ごめんごめん」
ボギットに頭をワシっと掴まれ謝るリス。
「で、こっちの男は何だ?」
身長170cm程度しかない俺を2mのマッチョがガン見してくる、正直怖い。
「仲間だよ?名前はハタ=メント」
「ハ・ハタ=メントです」
俺はガチガチに緊張していた、リスは続ける。
「アタシは彼と西を目指そうと思う。ボギットも行かない?」
「……わかってると思うが、俺とパーティを組むやつは大体死ぬ、正確にはお前以外は皆死んだ」
「うん、けど西に向かう人たちも大体死ぬよね?どうせ死ぬなら緩やかにここで死ぬのを待つよりも、西の解放に力を振るわない?」
この街ファンダリアは世界で最も魔王の力が及んでいない安全な街で、始まりの街であり、終わりの街ともいわれている。
その理由は、この街が魔王軍の手に落ちればもう人間の世界は終わりだと言われているからだ。そして西から侵略してくる魔物の脅威から逃げてきた人々、冒険者が集まる街でもあった。だからリスはボギットに「緩やかにここで死ぬのを待つの?」といった言い回しをしたわけだ。
「……100歩譲ってリスの実力はわかる、しかしそっちの……メントの方はどうなんだ?」
値踏みされてるような、疑問を含んだ視線を向けられた。だけどあのボギットが討伐してきたナイトメアフロッグの模様と大きさには見覚えがあった俺は
「……あのナイトメアフロッグの舌を斬り落としたのが俺だと言ったらどうしますか?」
正直イキった、これで違うナイトメアフロッグだったら、意味不明なことを言っている痛い子である。しかし心当たりがあるのか、ボギットは反応した。
「……少し考えさせてくれ」
というボギット。
リス曰くナイトメアフロッグの舌は、そのへんの店で売ってる剣では斬るどころか剣の方が折れるらしい、それがミスリルナイフに変わったところで結果は変わらないという、つまり通常では安易に切断できるものではないのだ。
「明日の昼、ここで待ってるね」
そうリスが言い、俺はボギットに頭を少し下げて、リスとギルドを後にした。
***
ギルドを出てから少し歩いて。
「……俺も少し考えさせてくれ」
俺もボギットの言い回しに便乗してみた。
「なんで!?」
「いや、リスの言い回しからしても間違いない人だとは思ったけれども!」
ガタイ良すぎでしょ!自分の背丈位ある柄の長い両手斧使い?あれ振れるの?ヤバすぎない?など思うことが多かった。
「いいやつよ、あとメントのスキルと相性がいい気がするの、直感だけどね」
***
次の日、ヘシオール=ボギットはメント達の仲間になり、それからほどなくして3人は西の地を目指すことになる。
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