『フラグブレイカー』 第四話

 「実はメントのような転移者は他にもいるよ」

 「え、そうなの?」

 「……割といるな」

  ボギットが仲間になり、とりあえず皆ご飯がまだだったので、昼食がてらミーティングというか、話し合いが始まってから、すぐのことだ。

 「ケットシーは何も言ってなかったけどなぁ」

 転移者=特別だと思ってたのに、自分の代わりみたいなのが割といると思うとショックだ。

 「んー、教える必要がないと思ったのか、そもそも他の人は転移させたのがメントのいうケットシーじゃない可能性も……」

 ナポリタンを口いっぱいに頬張り、モグモグしながら話すリス。
 ……いや、もう少し女子力上げていこうよ。

 「とりあえず今一番有名なのは最西の勇者か」

 そんなリスをスルーして続けるボギット。

 「そうだね、一番西の地域を解放していってて、常に西の最前線にいるから最西及び、世界を再生するという意味で再生の勇者ってもいわれてる」

 そんな転移者がいるのか、まるで主人公じゃないか。

 「え、じゃあもしかして俺必死に頑張る必要ない?」

 思わず口に出てしまった。

 「残念!必死に頑張って貰いまーす!」

 「最近その再生の勇者パーティが一時撤退し、前線が下がった、つまり押されている」

 すぐさまリスとボギットから反論がくる。

 「あとメントのスキル、フラグブレイカーはアタシ達の世界では前提となる『フラグ』っていうのがよくわからないから、メントと同じ世界から来た転移者と合流することでシナジーが起きるんじゃない?」

 水をゴクゴク飲んでナポリタンがのどに詰まらないようしながら真面目な話をするリス。もはや女子力が行方不明である。
 マーニャさんのところでご飯を食べている時は普通だったのに、よっぽどがここのナポリタンがお気に召したのだろうか。

 「ところでなんだそのフラグ?というスキルは?」

 初めて聞いた言葉だ、という風に質問するボギット。

 「んー、なんて言えばいいのかなぁ」

 改めて質問されると説明が難しい。
 学校の教えるのが上手な先生は凄いなぁと思う。

 「なんらかの前触れって言えばいいのかな、それを壊すスキルかな?」

 「……例えば?」

 2m超のガタイのいい男がグイグイ来る、近い近い、怖い怖い。

 「これこれ、メント君を威圧するでない」

 「む」

 全く威圧感のないリスがどんどん詰まっていく俺とボギットの距離を制止する。

 「例えばボギットさん?の……」

 「ボギットでいい」

 「ボギットの……」

 と俺が言いかけたところで店の外、路上の方から悲鳴が聞こえた。

 「外見てくるね」

 悲鳴を聞いてからすぐにリスはテーブルにお金を置き、飛ぶように動いた。店を出るときには既に左手に弓を、右手は矢筒に伸びていた。

 お金を置き、俺とボギットもすかざずリスを追う。

***

 店を出てすぐのことだった。

 パミ=リステッドは血だらけで左の肩から先が無くなった顔なじみの男を見ることになる。そしてその男の右肩には、同じく顔なじみの相方の女性が力なく乗っていたのだった。

 「タッド!ラーナ!噓でしょ!?」

 「その声……リス……か?」

 「そうだよ!」

 タッドという、その男はもはや目が見えなくなってきていた。
 
 タッド=ロックロッド。

 地属性のタンクで、硬い守りに前線を安定させることに定評のある男だった。

 「彼女を……頼む」

 「……うん」

 そう言ってタッド=ロックロッドは相方の女性、ラーナ=ミンティアをリスに預け絶命するも、ラーナ=ミンティアもまた、事切れていたのだった。

 「嘘だろ?」

 遅れてその光景を目にしたヘシオール=ボギットも思わず口にする。

 ラーナ=ミンティア、雷属性・雷剣の二つ名持ちの女戦士で、タッドとラーナの二人はこの街では5本指に入る実力者だった。

 ボギットとリスは、この二人ともう一人の実力者がこの街に定住しているため、西にメントと向かっても戦力的には大丈夫だと判断していた。
 しかしその二人がやられたとあってはこの地に憂い、不安要素を残すことになる。

 そして風弓の二つ名を持つパミ=リステッドは、野外戦において感知に優れた人間で、タッドとラーナの匂いを追ってきたのか、街に猛スピードで近づいてくる魔物にすぐさま気づいた。

 「お 前 か ?」

 その魔物が近づいてくる方向にむけて放つ、怒気を孕んだ声。
 リスは事切れたラーナを優しく寝かせた後、屋根の上に飛び、すぐに迎撃態勢に入る。

 弓がギリギリと音を立てている。

 街へと向かってくる魔物との距離残り800m。

 700

 600

 残り500m。もう屋根に上らずともその魔物を視認できた。
 声をあげる街の人々。
 その魔物の名は3つ首の犬の化物、ケルベロス。

 リスは矢を放った。
 その矢は音がしなかった。

 後からリスに聞いた話だと風属性を矢に付与、コントロールし、空気抵抗を無くしているのだという。
 ボギット曰く、その技術は中々の化物らしい。

 放たれた矢は真っすぐに三つ頭の犬の真ん中の頭を射抜き、吹き飛ばした。

 「ボギット!」

 「わかってる!」

 「え?ちょおぉぉ!?」

 メントは首根っこをボギットに掴まれ、ブンッ!っとリスのいる建物の屋根の方に投げられる。それをリスは風のコントロールで優しく屋根の上に着地できるようにアシストする。

 リスとボギットはわかっていた。
 この程度で倒せる相手にタッドとラーナがやられるはずがないと。

 ケルベロスは真ん中の頭が吹き飛んでからすぐに、真ん中の頭の部分を捨て、2頭の犬に分裂し猛スピードでこちらに向かってくる。その光景を見た街の住人は。

 「来るぞおおおおお!」
 「逃げろおおお!」
 「うわああああ!」

 ケルベロスが来る方向とは反対方向に逃げる者、叫ぶ者、武器を構え迎撃しようとする者。

 リスは屋根の上から2本目の矢を放つ。
 しかしそれは躱された。

 (もう見切られた?)

 距離、残り200。

 さっきの矢のお礼だと言わんばかりに、分裂した2匹のケルベロスから巨大な火球がリスとメントのいる場所に放たれる。

 「メント!アタシの後ろに!」

 リスが叫んだ。

 メントはリスの後ろへ走る。
 直径が自分の身長と同程度の火球が2つ飛んでくる。
 その照準精度は非常に高く、屋根の上では不可避と判断し、飛び降りるのが普通の冒険者の判断と思いきや、パミ=リステッドは風のコントロールでその火球二つを上へ受け流した。

 この判断は結果的に正解である。

 仮にリスとメントが飛び降りた場合、ケルベロスはリスとメントが飛び降りて着地するまでの、地上よりも移動の自由がきかない空中にいる間に、嚙み殺す算段だった。

 そして2頭の巨犬は獲物まで残り100mを切ったあたりで、獲物を狩るために自身の走るスピードをトップスピードに、ギアを上げた。

 屋根の上と地上に残った冒険者に、それぞれ分かれて襲い掛かる2頭の巨犬。

 ボギットよりも前の方で左手には盾、右手には剣を持ち構える青年の冒険者がいた。その青年はこんなに大きな魔物を倒したことはなかったが、以前にそこで横たわっているラーナに何度か助けられたことがあった。青年にとってラーナは御伽噺に出てくるような勇者でもあり、慕っている女性でもあった。
 
 その青年はラーナとタッドが付き合っていて、婚約しているのもわかっていた。その青年はラーナに告白して振られた、自分が彼女の幸せの内側に入れない人間だということもわかっていた。

 それでもその青年は彼女のために剣を握り、盾を構える。

 彼女の亡骸が食い荒らされないよう、その彼女の亡骸を左腕を失い、絶命しながらもこの街まで運んできた、彼の意思を無下にしないように。

 「来いよ!犬っころ!」

 青年は叫ぶ。

 恐怖を怒りで塗り潰すように、自分を奮い立たせるように。


『フラグブレイカー』 第五話|秋風赤空 (note.com)


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