『フラグブレイカー』 第五話

 青年に分裂したケルベロスの内の一匹が襲い掛かる。
 狼系の魔物(モンスター)は獲物に飛びかかる際にまず前足を獲物の身体に掛け、それから喉や頭に嚙みつくというのが一般的だ。

 例に漏れず分裂したケルベロスもそうだった。

 風属性の青年は左手に持った盾を上に構え、その盾に前足の重さが掛かった瞬間に風をコントロールしてその前足を、上体を上方向に少しだけ弾く。

 パリィ。

 その技術は敵の攻撃を弾き、一瞬無防備な口を開けた三つ目の狼の姿を晒す。

 「くたばれ!」

 すぐさま青年の右手に握られた剣がケルベロスの顎から中央の目に向かうように貫く。

 完璧なタイミングだった。

 通常の狼系のモンスターよりも遥かに大きい分、最初に前足の重さが掛かった際にパリィするタイミングが遅れれば押し潰される。逆に早ければ自身が攻撃に転じるのが遅れ、その分ケルベロスは先ほどのような火球を放っていただろう。

 青年の攻撃に非はなかった。

 だが相手が悪かった。

 顎から貫かれた巨狼は貫かれた肉塊だけを残し、そこから更に一つ目の2匹の大狼に、左右に分裂した。

 (なんだよ、それ)

 青年が左手の盾を構え、再度パリィしようとするも間に合わず今度は左肩から先を嚙み千切られた。右手に持った剣は肉塊に埋まっており、それを振り落としてからだと、右からくる大狼には対応できない。

 「クソ」

 詰みである。
 青年に非があるとすれば、初手、パミ=リステッドがケルベロスの真ん中の頭を射抜いた際に、射抜かれた真ん中の肉塊を残し、分裂しているのを見ていたわけだから、そこから更に分裂する可能性を考慮していなかった、あくまで頭の数しか分裂しないだろうという仮定、考えが甘かった程度である。

 このまま右から襲い掛かる大狼に食われて死ぬ。

 ーーただしそれは一人だった場合の話。

 「バカ野郎が!先走りすぎだ!」

 ヘシオール=ボギットの両手斧が青年の右から襲い掛かる大狼を両断する。更に分裂する可能性を加味し注視するも、その気配はない。

 青年の左肩から先を食らった大狼はすぐさま口に一度入れたものを吐き出し、再度攻撃を仕掛けようとするも、なぜか平衡感覚が狂い、まともに歩けなくなっていることに気が付く。

 いつの間にか攻撃を受けていた、答えは「音」である。

 ヘシオール=ボギット、音属性。

 自分の視界に入る場所に音、正確には振動を発生させることが出来る。
 その力でボギットは魔物の人間でいう三半規管に攻撃(正確には三半規管があるであろう部位)を攻撃した結果である。そして青年は右手の剣についた肉塊を振り払い、自身の左腕を奪った狼に刃を突き立てることに成功する。

 (左腕も命もくれてやる)

 ……けどお前はここで確実に殺す。
 一つ目の大狼は火球を放とうとするも、それよりも早く目から顎にかけて貫かれた。そしてそこから更に分裂する気配はなかった。

 (無茶しやがって)

 そんなことを思いながらこっちは決着がついたと判断したボギットは、屋根の上にいるリステッドとメントへ、言葉を飛ばす。

 『メント!リス!そのまま聞け!』

 ボギットの声だ。

 『こっちは終わった!それとこの魔物はおそらく、目の数だけ命がある!ようは目が3つあるなら、最大で3匹まで分裂する可能性が高い!』

 (なるほど、りょーかい)

 そう心の中でリスが返事をする間にも建物の間を、壁を蹴り巨大な狼が上がってくる。リスは矢羽根をむしり、昇ってくる狼に狙いを定め矢を放つ。
 しかしその矢はまたしても躱された、そしてもう目の前まで巨狼が迫ったところで。

 「その矢、曲がるよ」

 先ほど躱された矢は弧を描き、ブーメランのように戻る軌道を描いて三つ目の巨狼の左目を貫いた。しかしボギットの情報から察するにまだ終わりではない。相手の命のストックは残り2。

 貫かれた部位を肉塊としてそぎ落とし2匹に分裂した狼がパミ=リステッドに繫ぎ目ない動きで襲い掛かるが、襲いかかったはずの人間には実体がなかった。

 「それ、残像だよ」

 そう言いながらパミ=リステッドは分裂した片方の狼の目の前へ、空中・今度はゼロ距離から矢を放ち、頭部を吹き飛ばした。これで残り1。

 「ボギット!メントをアシスト!」

 リスが叫ぶ、残った一匹はリスの残像への攻撃から、再度リスへの攻撃準備で一瞬足が止まっている。その一瞬の隙に先ほどのボギットの三半規管への振動攻撃が決まる。その攻撃は動きがほぼ止まっているタイミングでしか決まらない。

 残り一匹がよろける。

 メントの毒を帯びたナイフが残った一つ目の狼を貫く。
 そして動かなくなった。

 「終わった……」

 それを確認した後にぐったりと屋根に倒れこむリス。
 先程の残像を残した、瞬間的に移動速度を大幅に上げる動きは、まさに緊急回避と呼ばれるもので、一回の使用だけでリスの身体に甚大な負荷をかけるものだった。

 (俺がこの戦いで出来たのは最後に助けられまくってナイフを突いただけ?雑魚すぎるだろ……)

  無力感に襲われるメント。

 「おいお前!」

 3アシストのボギット、青年を気に掛けるも既に青年は致命傷を負っておりもうどうにもならない。

 「終わりましたよ、ラーナさん……」

 青年はヨロヨロと生前ラーナ=ミンティアと呼ばれた、女性の亡骸に近づいていく。ボギットが何を言っても、もう聞こえていない。

 「今だけ隣、いいですか?」

 青年は亡骸に優しく問いかける。

 『いいよ』

 そう言われた気がした。
 もう青年はそれで満足だった。

 最後に生前タッド=ロックロッドと呼ばれた男性の亡骸を見る青年。
 
 (僕は彼女に振り向いて貰えなかったけど、それでも彼女のために命をかけたから、今この時だけは……)




 ーーここで青年の意識は途絶える。

 

 


 街中での戦いに決着がついた。



***

<ギルド記録>
 推定難易度B、黒狼の群れ討伐をタッド=ロックロッド、ラーナ=ミンティア両名に依頼するも失敗。両名は死亡。残党と思われる魔物がファンダリア東部を襲撃し、これを『風弓』パミ=リステッド、ヘシオール=ボギット、ハタ=メント、所属不明の冒険者の4名が撃退。この戦いにより所属不明の冒険者の死亡を確認。

 討伐者・目撃者の証言を元に、黒狼の群れ討伐を推定達成難易度をBからAへ変更。緊急クエストとして再発行し、討伐に貢献した3名と現在ファンダリアに滞在している『十剣』ベルナーク=ステラに依頼。

***

『フラグブレイカー』 第四話|秋風赤空 (note.com)
『フラグブレイカー』第6話。|秋風赤空 (note.com)



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