『フラグブレイカー』第六話

 「いいか、パミ=リステッド」

 窓を開け、風の吹き抜けるベットの上で横たわっているパミ=リステッドに話しかける、茶色い長髪を後ろでまとめた女性、『十剣』の二つ名持ち、ベルナーク=ステラ。

 「なにさぁ」

 リステッドがこちとらまだ体がガタガタだと言っても関係ないという風にステラは話を続ける。

 「私は安全に、静かに、余生を過ごしたい……ところがだ」

 「うん」

 「そのためには貴様らと一緒にタッドとニーナを殺すような化物がいるかもしれん場所に赴き、下手をすれば命を落としてでも、そいつらを倒してこいとのお達しがあった」

 「ああ、うん」

 「平穏が欲しいがためにこの地にいるのに、命の危険がある場所に駆り出されるとは、矛盾してるとは思わないか?」

 「んー、そこはノブレス・オブリージュなんじゃない?」

 ノブレス・オブリージュ。
 財産、権力、社会的地位の保持には義務が発生するという考え。
 この場合は冒険者としての実力がこの地域でも五指に入ると言われるベルナーク=ステラには、このクエストを受け達成する義務があるということだ。

 「はっ!金欲しさに依頼をこなしている内に勝手に評価されるところまではいいとして、更に勝手に義務だの責務だのもセットにするとは、ギルドの連中の頭の中はハッピーセットか?おかげで私の頭の中はアンハッピーセットなんだが?」

 ステラは怒り心頭だ。

 「……まあいずれにせよ、この前街中を襲ってきたのがまだまだいる可能性があるから、討伐及び調査に行かなくちゃ、どう転んでもステラの生活やら老後に不安を残すことになるよ」

 「ぐぬぬ」

 緊急クエスト。
 それは現時点でこの地にいるパーティやソロで活動する者も含め、最高戦力で迅速に対処すべきギルドからの依頼である。本来であれば名誉だと思う冒険者もいる一方でステラのように嫌がる冒険者もいる。

 「まあいい。で?貴様の連れは今何処にいる?」

 「……二人ともお墓参りかな?」

 「……なるほどな」

 街中での戦いから二日が立とうとしていた。

***

 ファンダリア共同墓地。
 そこではたくさんの花を墓に並べていくボギットとそれに付いていくメントの姿があった。

 「こいつは実家がジャガイモ農家というのもあってか、ジャガイモ料理が得意でな、パーティにいるときはジャガイモは保存が効くといってジャガイモ料理ばかり振舞われたり、パーティの荷物がジャガイモばかりになった時があった、面白くていい奴だったよ」

 ボギットの話を聞きながら、メントは一緒にお墓に手を合わせる。
 話を聞きながら花を置いた墓の数は既に10を超える。
 そしてそこへ、ベルナーク=ステラがやってくる。

 「『死神』のする墓参りとは、ずいぶん華やかなんだな」

 「……何の用だ?」

 『死神』の二つ名を持つ男、ヘシオール=ボギットは不機嫌そうに言う。

 「まだ通達がいってないのか?緊急クエストで召集のかかったベルナーク=ステラだ、パミ=リステッドが回復次第、ここから南にある村を経由して、そこから更に南東にある黒狼の巣と思われる海岸にある洞窟を貴様らと叩くことになっている」

 「そうか」

 ベルナーク=ステラは美人だったが、メントの第一印象は最悪だった。
 そして更にこの後、最悪の印象に磨きがかかる。

 「それとそこの、ハタ=メントだったか?」

 「え?」

 「パミ=リステッドからの伝言だ、『アタシが全快するまでステラに鍛えてもらって!』とな」

 「は?」

 「リステッドから前金は貰っている、有無はいわさず来てもらうぞ」

 ベルナーク=ステラは金次第で命を犯すリスクが大きい依頼以外は引き受ける冒険者で、人の感情など知るかという合理主義者というのもあるのだろう、タイムイズマネーという感じでメントは手早く連れていかれる。

 「ちょおおお!」

 声を出しながら連れていかれるメント、そしてボギットにステラは言葉を飛ばす。

 「死神ィ! 冒険者だろうと何だろうと、私達はいずれ死ぬ!墓参りなんざしたって、死んだ奴はもうどこにもいない!墓参りしてる暇あったら筋トレでもしてろ!」

 (えええ、なんだこの人……)

***

 ファンダリア郊外にて、ステラとの特訓が始まった。

 「まずメント、貴様はなぜナイフを使っている?」

 質問をするステラ。

 「……最初に渡されたのがナイフだから?」

 そう答えた瞬間にステラのボディブローが炸裂する。

 「ゴフッ、なに……すんだ……」

 信じられないことをする女だ。
 どこの国の軍隊の鬼教官だよ。

 「貴様が異世界からの転移者で毒属性なのはリステッドから聞いている、そうなれば基本的に相対するのは未知の生物で、お前より大きい体格の魔物だって多いのにも関わらず、武器がナイフとは余りにもリスキーだと思わなかったか?」

 「……それは」

 その通りかもしれない。

 「ナイフが悪いとは言わない、ただナイフを使いこなすには、ある程度の体術が前提になる、しかし貴様はその体術を習得しているか?先ほどの動きで分かったが答えは『いいえ』だろう?」

 「……」

 反論出来ない、どうしようもないほどの正論。
 
 「なんとなく使ってる程度でこの先、生き残れると思うな、技術以前に考えが足らん」

 言ってることは間違いない、けどほぼ初対面の人に対し、ボディーブローを噛まして正論マウントを取ってくる相手に好感が持てるだろうか?

 答えは否。

 俺は腰からミスリルナイフを抜き、ステラに戦いを挑む。
 それはステラからすれば戦いではなく、子犬とじゃれ合うような感覚。

 (ほう、反撃をする根性はあるのか)

 歯向かう子犬(メント)に少し表情を緩ませるステラ、間違いなくドSである。

  「2日前にケルベロスとして処理した魔物がいたな?」

 ナイフを使って向かってくるメントに対し、話しながら素手で応戦するステラ。

 「当初はタッドとニーナは二人とも、アイツにやられたという見解だったんだがな」

 今度はステラの後ろ回し蹴りが俺の鳩尾を貫いた。

 その結果吐いたが、ステラは話を続ける。

 「タッドの方はケルベロスにやられたと考えて間違いなかったんだが、問題はニーナの方だ。 ……おい立て、殺す気で来い」

 「くそ……」

 とんでもない女だ。
 特訓どころか殺される……
 
 気が付くと俺はナイフに毒を纏わせていた。

 「やっとヤル気になったか‥‥」

 ステラはアイテムボックスと呼ばれる魔法具に手を突っ込み、棍棒を出した、ここからが本番だという風に。

 ナイフから滴る毒が大地を溶かす、俺はその滴る毒を容赦なくステラに飛ばし、それを布石にするように攻撃をしかける。

 「いいぞ、工夫したな!」

 自分なりにナイフのリーチの短さをカバーしつつ、振りやすさを活かしたつもりだ。
 ステラが棍棒で自分に当たるであろう毒を叩き落とす、俺はその間に懐に入り、鳩尾に男女平等ボディブローを叩き込もうとするも、俺が殴ったのは揺らめくステラの形をした熱、正確には陽炎だった。

 「な?」

 拳が空を切ったのと体を炙られるような熱を感じた時には、もう遅かった。

 「ーー殺す気で来いと言ったはずだが?」

 その言葉が耳元で聞こえ、体に感じる熱とは逆に心がゾッとした時には、ステラの棍棒による薙ぎ払いが脇腹を直撃し、俺の身体を吹き飛ばした。俺の身体は少し空を飛んだ後、地面にゴロゴロと少し大きな石ころを転がすように転がり、次第に勢いは止まる。

 「あ……がはッ……」

 もう立てない。
 肋骨がおそらく何本か折れてる。呼吸をして肺が膨らむ度に激痛が走る、痛みを抑えようと浅い呼吸になる、汗が止まらない、この場から動けない。

 「……敗因は私が貴様にした攻撃に対しての意趣返しか、あくまで殺す気がない甘さからか、私の腹部を殴るのに固執したことだ。視線や動きが単調で狙いがわかりやすい上に、一旦殴る体制に入ったことで攻撃がワンテンポ遅れ、先の毒で布石を打ったアドバンテージを台無しにしたな」

 (話が長いし、そこまで考えていて殺す気がないかもしれない人間に対して、この攻撃?『この女がヤバい大賞』なんていうのがあったら、この女が一位だろ……)

 「さて、反応が薄いが限界か?」

 悪気はないのかもしれないが、ステラのちょっとガッカリというか心配しているようなトーンの声に腹が立つ。物理的にも理論的にもボコボコにされている自分に腹が立つ。

 ただ俺にはまだ試していないことがある。さっきステラは『敗因』という言葉を使った。つまり今この状態は客観的に見れば俺は敗けかけているということだ。なら次の一言で俺のスキルの発動条件は整うのではないか?

 では言ってみよう。



 「ーーまだだ、まだ俺は負けてない」



 <フラグブレイカー発動>


 

 それと同時に眩い光がメントを包み、意識を失う。
 正確には意識を別の何かに乗っ取られた。

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