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私の中の子供の私にさようなら

共依存という言葉を聞くとなんだかとっても嫌な気持ちになりました。

相手のためと思ってやってあげることが実は相手の成長を妨げ自分の生き辛さの原因でもあったなんて気づかなかったなぁ私。

相手のためといいつつ
かわいそうな自分
出来ない言い訳を作る自分
がきっと中にいて操縦していたんだと思う.
それは私に注目してかまってちゃん
いつも母がなんとかしてくれたからその代わりを探していたのかもしれない。

きっとやさしくされると自分が満たされ、そして自分の存在意義を相手に尽くすことで求めていたのではないかと思う

失敗した時の言い訳
相手にどう見られるか?

耐えることを頑張っていると勘違いして休みことも悪と考えて心から気持ちが休めたことはないのかもしれない

どんな自分でも自分で選択して行けばよい
自立がすべてだと感じている
自分の中の子供の私にさようなら

夫よあなたがどう思うかは関係ない
私は自分のために自立を選ぶ 
それが、私の課題だから。


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