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【ちよしこリレー小説】青い夏 第九話

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第九話 試合と雨とそして

「いや~9月なのにまだまだ暑いね」
「暦の上ではもう秋なのにね」
「そっか、もう夏じゃないじゃん」
「だけど今日の最高気温も30度超えの予報だったよ」
「それは全然夏だわ」
「げ~そんな中試合って大変じゃん」

葵、詩織、しのぶの3人は、あーでもないこーでもないとぼやきながら学校へと繋がる坂を歩いていた。
いつもなら生徒であふれている坂も、今日は静かだ。
それもそのはず、今日は土曜日であり、学校も休み。

3人は、蒼の試合を見に行くべく、土曜日だというのにわざわざ制服に着替えてえっちらおっちらと坂を上っているのだった。

「にしても蒼のやつ、自分の試合を見に来させるって、あからさまだよね」

ぷぷぷっと笑いながら言う詩織に、「わかりやすくていいじゃない」としのぶが笑って言う。
2人のコメントになんと答えてよいか分からず、沈黙を選んだ葵は心の中で思う。

(試合を見に行くって……彼女みたい、だよね)

思わず口元が緩む。
それを目ざとく見つけたしのぶが「おぬし、なにかいやらしいことを考えておるな!?」と肩を組んでくる。
「考えてないよ!」と笑いながら否定すれば、「いやいや、それはそれはいやらしい顔をしておりましたぞ」と詩織がのっかってくる。

そうこうしているうちに校門についたが、3人は校門をくぐらず、塀沿いに学校の裏手に回る。
坂上高校は坂の上の広大な土地を余すことなく使った高校であり、学校の裏手にサッカーコートやテニスコートを別で設けているのだ。

今日の試合はそちらのサッカーコートで行われる。

暫く歩いていると、青い芝に覆われたサッカーコートが見えてきた。
コート周りには既に人だかりができていた。
坂上高校のものではない制服を着ている生徒も見える。玉やんのいる県立御橋高校のものだ。

御橋高校は文武両道を掲げる進学校であり、公立の高校であるにもかかわらず、葵たちが通う坂上高校と並ぶサッカーの県内強豪校であった。

「あっ!玉やん!」

隣で、小さく詩織がうれしそうな声を上げる。
その声に導かれるようにきょろきょろ探せば、玉やんがこちらに手を振っているのが見えた。
今日は玉やんの高校との試合ということもあって、蒼が玉やんを誘ったのは聞いていた。更に言えば、それを聞いた詩織が、葵が「一緒に行か……」と誘う言葉をかけきる前に、「行く!!!!!!」と鼻息荒く詰め寄るという一場面もあった。

「よ、CCレモンにあー子ちゃん」

そう声をかけてくる玉やんに近づけば、コートのネット越しに「SAKAGAMI」と書かれた青と白のユニフォームを着た蒼が立っているのが見えた。

「お!あー子来てくれたんだ!ありがとな!」

そうえくぼを浮かべ葵に声をかける蒼に、詩織、しのぶは(自分たちもいるんだけど……)と心の声が重なる。

「今日も暑いね。試合、頑張ってね」

そう葵が告げれば、蒼は更に笑顔を浮かべる。

「かっこわるいところ見せられないからな。いっちょやったるわ!」

そうおどけながらガッツポーズをかまし、蒼はチームメートの方に戻っていった。
どうやら、玉やんを見つけて挨拶に来たところだったようだ。少ししか話せなかったことを残念に思いながら、葵は蒼を見送る。

「あっちの方が見やすいと思うから。いこう」

そう言う玉やんに先導され、葵たちは場所を移す。
コートサイドには、試合観戦を想定してだろう、屋根付きのベンチゾーンがあったのでそこに4人で座る。
ちゃっかり玉やんの横を確保した詩織が、「ていうか、サッカーのルールって全然わからないんだけど。玉やん教えてよ」と言い、葵としのぶも揃って首をこくこくと縦に振る。

「おまえら……まあいいけど。簡単に言うと、11人ずつの2チームが、ゴールにボールを入れるのを争うってこと。一般的な試合時間は前後半45分の90分だけと、高校生の場合は前後半40分ずつの80分。ちなみに、蒼のポジションはフォワードで、平たく言うとゴール近くでプレーしてシュートを打つポジション」

すらすらと説明する玉やんに「フォワード、聞いたことある!」と詩織がうれしそうに言い、「だからがんがんゴール決めようとするのか……」としのぶが意味ありげに笑いながら言う。

葵は、今聞いたことを必死で記憶しながら、コートへ目線を送る。
ピピーという笛の音と共に試合が開始される。
コートの中には22人の高校生たち。少し距離もあるが、葵には蒼がどこにいるのか、はっきり見えた。

すごい速さでコート内を駆け抜ける蒼は、クラスにいるとき、そして図書館にいるときともまた違う表情を見せていた。
その真剣な表情に、魅入られる。
自身もすごい運動量で走り回りながら、時にチームメイトに檄を飛ばす蒼。ちゃんと聞いたことはないが、おそらく蒼がキャプテンなのではないだろうか。

「ちなみに、蒼が坂上のサッカー部のキャプテンね」

葵の心の声を読んだかのように、玉やんが教ええてくれる。

ちらっと玉やんを見やれば、玉やんが温かい目をしてこちらを見てくる。CCレモンと同じ種類の目線に、葵はかーっと耳が赤くなるのを感じた。しかし玉やんはそれ以上特に何か言うこともなく、コートへ目線を移す。何も突っ込まれることなくほっとした葵は、同じく再びコートへ目線を移した。

※※※

玉やん、詩織、しのぶとあれやこれやと話しながら試合を見ているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。

その時、視界の端に、女子高生の集団が葵たちのベンチゾーンに近づいてくるのが見えた。制服からして、御橋高校の生徒だろう。

「もう試合始まってるじゃん!」
「ほんとだ~蒼はいるかな……」
「出た出た彩佳(あやか)の蒼病」
「病気みたいに言うな!」
「だってねえ。うちの高校じゃなく相手校の坂上高校を応援してるんだもん」
「「ねえ」」

彼女たちの会話に、蒼の名前が出たことに、葵はピクリと反応してしまう。
ふっとそちらを見やれば、ちょうどその女子高生たちもこちらに気付いたところだった。彩佳と呼ばれた女子生徒が、玉やんの存在に気付き、嬉しそうに近づいてくる。

「玉やん!玉やんも来てたんだ!」
「お~原田(はらだ)も」

そう言葉少なに答える玉やんのことを気にした風もなく、彩佳は言葉を続ける。

「蒼を見に来たの」

そうにっこり笑った彼女は、同性の葵の目から見ても可愛らしい。蒼を蒼と呼び捨てにし、玉やんにも親しげにする彼女の存在に、なぜか居心地の悪さを感じる。

「あ、詩織もいるじゃん!久しぶり」
「だね、久しぶり」

そう詩織にも声をかける様子からすると、中学校かなにかの同級生だろうか。確か、詩織は蒼、玉やんたちと同じ中学校出身のはずだ。
彩佳、と友人たちに呼ばれ「じゃあね」と彼女が去った後も、なぜか葵の中に芽生えた居心地の悪さは消えなかった。

「あの子、中学の同級生で。昔っから蒼のファンなのよね……」

若干言いづらそうに教えてくれる詩織に、「そうなんだね」と答え、ぎこちなく笑う葵の視界には、きゃーきゃー声を上げて蒼を応援する彩佳の姿が映っていた。

先ほどまで晴れやかな、浮き立つような気持だったのに、なぜか今は気持ちがどんより重い。
まだ蒼とは知り合ったばかりだ。だから、知らないことがあって当然なのに、いざ自分の知らない蒼の交友関係を目の当たりにすると気持ちが落ち込んでしまう。

そんな葵の気持ちが反映されたかのように、徐々に徐々に晴れやかだった空が雲に覆われていく。ぱらぱらと雨が降り出したかと思えば、一気にざーっと雨が降り出す。
試合はいったん中止となり、選手たちは一時的に屋根の下に避難したようだった。

傘を持っていない葵たちは、ベンチゾーンにそのまま留まることにした。

雨がざーざーと降りしきる中、葵たちは彩佳たちのことはもう触れることなく、会話を続ける。

「そういえばあー子、10月になったら文化祭と体育祭があるよ」
「そうそう、あー子は初めての参加になるね」
「文化祭と体育祭……前の高校はそこまで盛り上がる感じでもなかったけど、坂上はどんな感じ?」

気分は変わらず重かったが、楽しそうなイベントの話に少し気持ちが動く。

「ん〜と、坂上はめちゃくちゃ盛り上がるよ!昇華祭(しょうかさい)って言って、3日間で一気に体育祭と文化祭をやるの」
「へー!すごいね!」
「文化祭パートは3年生たちが出店を出したりもするし、外部の生徒もくるからめちゃくちゃ楽しいよ」
「そうそう、昇華祭きっかけでカップルもメチャクチャできるし」
「誰と回るかが肝だよね〜」

CCレモンコンビから口々に告げられる昇華祭情報に、しのぶ、詩織、しのぶ、詩織と目線を目まぐるしく動かしている内に、葵の気分が少しずつ上がってくる。
葵の前いた高校では外部の参加もなかったし随分大人しいイベントだったが、坂上は私立ということもあってかなり華やかなイベントのようだ。

「あー子ちゃんさ」

その時だった。それまで黙って話を聞いていた玉やんがおもむろに口を開く。

「昇華祭、蒼のこと、誘ってみれば?」

直球ドストレートで言われた言葉に、葵は「えっ……え!?」と言葉が出てこない。

「求めよ、さらば与えられん、だよ」

そうニッと笑いながら託宣のように言葉を告げた玉やんが、何かに気づいたように視線を上にやる。

「雨、やんだな」


いつのまにか雨は止み、雲間からさす光が帯のようにサッカーコートに降り注いでいる。
そして、よく見れば空に小さな虹がかかっていた。

葵は虹を見ながら、心で先ほどの言葉を繰り返した。

(求めよ、さらば与えられん、か……)

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