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【ちよしこリレー小説】青い夏 第十話

目次
前話(第九話 試合と雨とそして)

第十話 ジェットコースター

日中の風が気持ち良いと感じる穏やかな晴れの日。
カレンダーでは9月の半ばに差し掛かろうとしていた。

天気と同じく葵の気持ちは晴れやかだった。
放課後、蒼と図書館デートの予定があるためだ。

蒼の試合に向けた部活の活発さから、なかなか一緒に図書館に行く時間がなかったが、それでも合間を縫って1ターンずつ苦手教科を教え合った。今日が3度目だ。

元々あまり化粧っ気のない葵だったが、詩織の勧めで「ナチュラルメイク」をしてみた。ほんのりと血色感の伝わる色付きのリップと、目元の仕込みライン。ほんの少しのことだったが、普段と違う鏡の中の自分にウキウキした気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じっていた。

気合い入れてるって思われないかな。
いや、でもアオくんは気づかないかもしれない。

気づいてほしいような、気づかれたら恥ずかしいような、どっちつかずの気持ちのまま、まだ人気のない教室で読書時間を過ごしていた。

ようやく本の世界と一体化したところで、だんだんと人が増えてきた。

「あー子おはよう〜!」

しのぶ、詩織の順に教室に入ってきて、葵を見るなり詩織が声を上げた。

「え、かわいい!!めっちゃいい!!」

ここ最近、メイクのポイントを教えてくれたり、カフェでタッチアップをしれくれた詩織が、葵のさりげない変化にしっかり気づいてくれた。

「うん、似合ってる!さりげなさがまたいい感じ。」

しのぶも穏やかな口調で続く。

「おはよう!2人ともありがとう!」

2人が褒めてくれたおかげでどこからか自信が湧いてくるような気がした。

「あれ?ちょっといつもと違うかも?ってとこからギャップ萌えでさらに意識!からのお誘いにドキっ!!っていう流れ、完璧だね。」

「まぁ、化粧してなくたって元から返事はOKだろうけど、ギャップ萌えをこの辺で仕込んでおくのは重要だよね〜!」

詩織としのぶが葵の返事を待つことなくすでに盛り上がっていた。
先日のサッカーの試合で玉やんから言われた「昇華祭に蒼を誘う」という一大ミッションを実行する予定だからだ。

これまで自分から男子を何かに誘うということを経験したことのなかった葵は、玉やんからの勧めを受けた後、1人でぐるぐると考えていた。

自分がそんなことをできるとは到底思えなかったし、とにかくどうしていいのかわからずにいた。が、詩織としのぶの助けを借りて、一番自分が落ち着いて話せそうな図書館で誘ってみるということになったのだった。

※※※

「絶対大丈夫だから!頑張ってね!」
「帰りにLINEしてね〜」

ミッション実行前の最後の声援を受けて、葵は図書館に向かった。
今回も葵が先に着き、いつもの場所で蒼の到着を待った。

勉強準備をしたり小説を読みながも、どこか落ち着かない気持ちだった。
携帯を確認したり、周囲を見渡しながらさっと手のひらサイズの鏡で「ギャップ萌えができそうな自分になっているか」を確認した。

さっきまでの自信(のような気持ち)はどこに消えたのだろうか。
はぁ、と深呼吸とため息が混ざった息を吐いて少し気を整えたその時だった。

「お疲れ〜!ちょっと部活のやつに捕まっちゃって遅くなってごめんね!」

カーテンの隙間から差し込む日差しのように、一直線に耳に届く明るい声に、いましがた落ち着いたばかりの脈が一気に騒ぎ出した。

「あ、アオくんお疲れ様!全然大丈夫だよ!」

軽く挨拶を交わし、「まずは勉強!」と言わんばかりに葵は無理やり気持ちを向けた。幸いにも今日は葵が教えるターンだったので、次第に落ち着きを取り戻していった。蒼は特に葵の見た目について触れることはなかった。

「あのさ、今日も帰りにコンビニ寄っていいかな?カップ麺買いたくてさ〜!今日発売で結構人気だからもうないかもだけどダメもとで!」

しばらく勉強モードだったが、区切りのいいところで蒼が切り出した。
突然のカップ麺ネタに葵は拍子抜けして笑ってしまった。

「あはは笑 急にカップ麺って言い出したからすごいお腹空いてるのかと思った!いいよ!寄って帰ろう〜。あるといいね!」

一気にカップ麺買い出しモードに切り替わった蒼はさっさと帰り支度をして戦闘態勢に入っていた。いつもより心なしか早い歩調に、子どもみたいでかわいい、と思いながら、本人も気づいていないであろうその歩調に合わせて歩くと自然と葵の気持ちも弾んだ。

コンビニまでの道中の話題は蒼の試合の振り返りだった。葵は楽しく耳を傾けながらも、忘れかけていた重大ミッションを思い出して少し焦っていた。

「あ、そういえばさ、昇華祭の話聞いた?」

葵は突然本題を振られたようでドキッとした。と同時に、蒼が切り出してくれて少しホッとした気持ちもあった。

「うん、詩織たちが教えてくれた!毎年かなり盛り上がるみたいだね!」

当たり障りない返事をしつつ、今言うべきか、どう伝えるべきか、葵の脳内をものすごい勢いで思考が駆け巡っていた。

「俺は部活の先輩の出店手伝わされるから自由に動ける時間が限られるんだけどね〜」

蒼からの言葉に可能性を手放しかけた葵だったが、直後一気に心が軽くなった。

「途中中抜けとかしちゃうかもだけど、もしよければ一緒に回らない?玉やんも来るし、昇華祭案内するよ!あ、CCたちと回る約束なければだけど。まぁあってもみんなで一緒に回っちゃえばいいか(笑)」

「え、、!うん、ありがとう!ぜひ!」

みんなで、という前提ではあったものの、蒼と一緒に回れることが嬉しかったし、むしろ最初から2人ではない方が葵としては気兼ねなく楽しめて好都合だった。

いつの間にか「昇華祭に誘う」ことから「蒼の目当てのカップ麺を一緒に探す」ことが目的に変わっていた葵は、緊張からの解放と新たな予定に浮き足立った。

しかし、それは長くは続かなかった。

コンビニに差し掛かったところで、目に飛び込んできた姿に葵は心臓を掴まれた気分になった。それから一瞬の間も置かずに黄色ともピンクとも言える声が飛んできた。

「蒼!」

すらっと伸びた足に短めのスカート。ゆるく巻かれた髪は、近づかなくても良い香りがしそうなほど綺麗にまとまっていた。
一瞬にして自分のさりげなすぎるナチュラルメイクが恥ずかしくなる華やかな出立ちに、葵の頭には「月とスッポン」という言葉がパッと浮かんだ。

「おー原田。塾帰り?こないだの試合お前も来てたって?玉に聞いたよ。」

普段は玉やんと呼ぶ蒼が、会話のノリで「玉」と略すほど気心の知れた相手だということなのだろうか。すぐに目の前で他愛もない会話が繰り広げられ、葵は存在感を消しそうになっていたが、蒼が気を利かせて紹介してくれたので透明人間にならずに済んだ。

「あ、これ中学ん時一緒だった原田。こないだうちのクラスに転校してきたあー子。」

「ちょっと、これってなによ!あー子ちゃん、初めまして!…じゃないんだよね、実は。こないだ試合の時詩織と一緒にいたの覚えてるよ〜!だから2度目ましてかな!ふふ。転校生だったんだね!」

可愛らしく笑う彩佳は、コンビニの看板ライトに照らされなくても輝いて見えた。

葵の返事と同時に蒼が反応した。

「おー!そうだったんだ!なるほどね、こないだの試合でか。なら早いね!」

短い会話の中で、彩佳は玉やんと蒼のいる塾に通っていることがわかった。選択している授業の違いから、かぶるものとそうでないものがあるようだ。

このまま3人で帰ることになるのだろうか、と葵が一人ヤキモキしていたところに、彩佳が「あたしそろそろ帰るから、じゃあまた!」と声をかけてきた。

ふぅっと安堵したのも束の間、葵の心臓はまた掴まれることになった。

「あ、蒼!今年も昇華祭行くからよろしくね!じゃまた塾でね〜!」

2度も葵の心臓を掴んだ彼女は、さらっと胸騒ぎの矢を放ち、清々しい背中で帰って行った。

放課後から今に至るまでのそう長くない時間で、幾度となく上下した葵の心は、本当に音速級のジェットコースターに乗った後のようにぐったりと疲れていた。

第十一話続く→



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