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『執筆』と『推敲』:次元の異なる2つの仕事

論文を書き上げるプロセスは、大きく2つに分かれる。
そう、『執筆』と『推敲』だ。
書くたび「それにしても、全然違う作業だ」という感覚が強まる。
要約的に示せば、こんな感じだろうか。

執筆:盛ること-失敗を恐れず、チャレンジングに、よい部分に光を当てながら突き進む
推敲:削ること-不足部分を検閲し、指摘し、既存の改良に固執し、脱線や革新や変化を避ける

全く違う。・・・だからこそ、全く違う作業として、別日に行う必要があると感じてきたし、実際、そうしてきた。
この、霧のようなアイデアを、noteにまとめることで固めてみたいと思った。

▶︎執筆者と推敲者、まったく異なる機能需要

ゼノンのパラドックスというものがある。
アキレスと亀の思考実験もその1つだ(以下サイトが分かりやすい)。

■ アキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった
■ 亀がアキレスよりいくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタート
■ アキレスが地点Aに達した時、亀はAより少し先へ(地点B)
■ アキレスが今度は地点Bに達したとき、亀はBの少し先へ(地点C)
■ 同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいる
■ この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけない
Wikipedia

いろんな解釈があるだろう。
ぼくは、このパラドックスは次のことを強烈に示唆していると感じた。

削ることの延長上に、盛ることはない。全く次元を異にした2つである。

そして、論文の『執筆』と『推敲』にも、類似のことがいえる。

論文を執筆すること、推敲することは次元が違うもので、その延長上にはない

執筆することは、盛ること、0から1をつくることだ。
その仕事には、楽観的、行動的、創業者的な人格がいる。
歴史上の人物でいえば、織田信長、豊臣秀吉、吉田松陰、コロンブスなどが該当するだろう。
かれらは、削るより、盛ってきた人たちだ。

一方で、推敲することは、削ること、1を100の価値に変えることだ。
ダイヤモンドは職人による慎重な研磨・カッティングがあって、はじめて輝く。
その仕事には、悲観的、完璧主義的、評論的、官僚的な人格がいる。
歴史上の人物でいえば、寺内毅、ロジェストウェンスキーなどが該当するだろう。
司馬遼太郎は、彼らを次のような文章で表した。

創造力がなく、創造をしようという頭もなかった。
事務家で、事務にやかましく、全能力をあげて物事の整頓につとめ、規律を喜び、部下の不規律を発見したがる衝動のつよさは異常で、双方とも一軍の将というより天性の憲兵であった。
さらに双方とも、その身分と位置は他のたれよりも安泰であった。
(中略)
荘重さとチリひとつない環境について異常な執着をもつこの人物は、この種の儀典職にはうってつけであった。
坂の上の雲 (4) P321 322

かれらは、すでにそこにあった原石を削る人たちだ。

推敲者は、論文を執筆することはできない、彼らは何も生み出さないから。
執筆者は、論文を推敲することはできない、彼らはむしろ規律の破壊者だから。

▶︎右脳は『執筆者』、左脳は『推敲者』;科学的根拠

まず、次の問題に挑戦していただきたい。

次のtype1-3のマッチ棒で作られた式は間違っています。
「マッチ棒1本だけ」動かして、正しい式にしてください。

スクリーンショット 2021-09-13 12.05.00

正解は、原典のdoiを載せておくのでそちらを参照いただきたい(見えてしまうとつまらないだろうから)。
この問題、解き方がtype1、type2、type3でまったく異なっており、考え方の次元を変えなければならないという創造的思考力が試される。
難易度としては、繰り返しtype1の解き方をした人々は10%しかtype2を解けなかったらしい。
SuperHumanは、3分間で解くことができた。#自称創造者

面白いのはここからで、Chiらは、経頭蓋直流刺激(tDCS)を用いて、以下の2条件のグループ比較を行なった。

プラセボ群(コントロール群):装置はつけるが何も刺激されない
tDCS群:左脳は抑制、右脳は興奮させた

結果は、どうなったと思う?
tDCS群の正答率は、プラセボ群の3倍だった!!!
どうやら右脳は、つくることが得意な機能局在らしく、『執筆者』向きだ。

✅ Reference
Chi, et al. "Facilitate insight by non-invasive brain stimulation." PloS one 6.2 (2011): e16655. >>> doi

一方、左脳は言語的、分析的、批評的なことが得意な機能局在であることが、多くの文献によって明らかにされてきた。『推敲者』向きだ。

✅ References
1. Corballis, et al.  PLoS biology 12.1 (2014): e1001767. >>> doi
2. Huitt. Educational psychology interactive 3.6 (1998): 34-50. >>> site
3. Serrat.  Knowledge Solutions. Springer, 2017. 1095-1100. >>> doi

このように、脳神経科学の側面からメスを入れてみても、執筆の創造的な仕事(creative task)推敲の批評的な仕事(critical task)とが、局在・次元の異なる仕事であることは明らかだ。

▶︎ 論文作成時、少なくとも2つの人間チャンネルを持ちたい

世にも奇妙な物語が好きだ、煌めくアイデアの原石をたくさん含むから。
その中で、菅田将暉が主演した「カメレオン俳優」という話があった。
簡単に説明すると、ダメダメな新人俳優が、一時的に思い通りの人間に変身できるという秘薬「カメレオーネ」を服用し、毛色の異なるいくつもの役を完璧以上にこなし、「カメレオン俳優」になっちゃうが・・・、という話。
これを見て思ったのは、「劇中では薬でカメレオン俳優になってるけど、実際演じている菅田将暉は、完全カメレオン俳優やん!」ということ。
こんな風に、いくつもの人間のチャンネルを開設することは難しいだろう。
しかしながら、論文を作成するとき、2つの人間チャンネルを持ちたい。
『執筆』と『推敲』、これらは意思の向かうベクトルの方向性を切り替えるべき、次元の異なる2つの仕事だ。大丈夫、いくつもの顔を持つことは、できる!

僕は今日まで、誰もがいくつもの顔を持ち合わせていることに気がつかなかった。
何億という人間が生きているが、顔はそれよりもたくさんにある。
だれもがいくつもの顔を持っているからである。
リルケ

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【あり】最後のイラスト

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