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『鬼滅の刃』と『進撃の巨人』に見る軍事・保安組織観

以前『鬼滅の刃』から、鬼が部隊行動をとらない「ならず者集団」だったから鬼殺隊に破れた、という話を書いた。
https://note.com/super_hero/n/n06a0077ac6d2
その後Amazonプライムで『進撃の巨人』が無料配信されていることを知り、最初から見直すことにした。その最中に気がついたことを今回は書いていく。
人生の教訓になるようなことは一切ないので、創作の参考などにしていただきたい。
□「鬼殺隊」には階級があるが指揮命令系統がない
まずは『鬼滅の刃』から述べていく。
https://www.amazon.co.jp/dp/4088824954/ref=cm_sw_r_cp_awdb_imm_c_uccYFb08T9NT3
以前も書いたが、鬼殺隊には10段階の階級がある。だが階級が上がったところで、部下を持ったり現場での指揮権が与えられるわけではない。唯一給金が増えることはサイコロステーキ先輩のセリフからわかっている。

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基本的にはRPGのレベルと同じだと思ってよい。
現実社会の軍隊や警察で使う階級はこの個人的な実績・能力にプラスして、組織内部における信頼度や期待が盛り込まれている。この階級を元に役職が与えられる。「小隊長」や「分隊長」などは聞き覚えがあることだろう。
鬼滅本編の時代は大正ひとケタとすると、日本が近代的な軍隊を持って40年以上はたっている。いや、それ以前にも軍隊式の編成を持った組織があった。
新撰組だ。
http://www.bakusin.com/sosiki.html
前回の考察では「作者の社会経験の偏りに起因するもので、意図して現実的な組織描写を省いたのではない」と結論づけた。普通の現代人は警察官でもないし消防団にも入らない(*1)。だから知らないのが当たり前だ。大抵の人が知ってる軍や部隊は読売巨人軍とかケロロ小隊がいいところだ。
巨人なんて長嶋監督時代には戦国時代にタイムスリップする事件も起きてるから、実質自衛隊と同格ではないか。
https://www.amazon.co.jp/dp/4408600377/ref=cm_sw_r_cp_api_fabc_sbcYFbV9365V6
閑話休題。
鬼殺隊クラスの武装集団だと、担任地域ごと、任務ごとに小隊・分隊の編成を行うべきであり、さらに、技能や経験に応じて役職を割り当てるのが望ましいと(個人的に)思う。しかし作者が決めたことはその世界の摂理なので、そこは尊重しないといけない。
もしあなたが鬼滅をパク…リスペクトして小説や漫画を書こうとするなら、是非上記の知識を取り入れてみてはどうか、という提案にとどめる。

さて、事情が変わってくるのが『進撃の巨人』だ。
この作品世界における該当組織は「兵団」だ。「憲兵団」「駐屯兵団」「調査兵団」がほぼ独立して並立しており、それぞれに兵士を供給する「訓練兵団」もある。
最初のアニメ化とブームから時間がたったので、忘れてしまった人も多いだろう。気づいた特徴を箇条書きしてみる。

・兵団間にヒエラルキーがある。これは訓練兵団での成績上位10人の憲兵団入団がかなうことから来ている。
・部隊編成と役職の描写が見られる。数名からなる「班」や「分隊」が最小戦闘単位となり、陸戦中心の軍隊としてリアルな描写。「分隊長」という言葉はこの作品で初めて耳にした人も多いのではないか。
・ハッキリとした階級の描写がない。役職の描写があり、指揮官-部隊長-兵という縦の指揮系統が見て取れるにもかかわらず、それぞれを細かく階層化する階級があるように見えない。ただし、何度も「上官」という言葉が出てきており、役職を与えられることによって実質的に昇任したという扱いになるのだろう。会社員がそんな感じだ。
・役職名も組織によって違う。駐屯兵団のトップは「司令官」だし、調査兵団のトップは「団長」で、憲兵団のトップは「師団長」となっている。もしかすると規模の違いをあらわしているのかもしれない。

これらを鬼滅と比較した時、以外にちゃんとした軍事組織の体をなしていることに気づいた。
厳密にいえば軍隊ではない。作品中のある時期まで、国家間や領地間の戦争が起きていないからだ。そして技術的にも社会運営的にも未熟だということが読み取れる。


ここから中盤(?)のネタバレ。
上で書いた「未熟である」というのは、例えば中世〜近世の軍隊のような、役職が階級を兼ねている組織と同等という意味だ。これは作品中まさにその通りで、当初「人類」と呼ばれる壁の中の世界は、外の世界に比べて技術的にも数十年遅れている。産業革命が起きていないのだ。
もちろん理由がある。外の世界と切り離し、世界史を書き換え、テクノロジーを抑制することで完全鎖国政策をとっていたのだ。立体機動装置などはガラパゴス的進化を遂げた特殊な技術であり、銃器や車両の発達は遅れている。
その技術面の遅れと同様に、軍事組織の発達も遅れている。それを表すのが、役職から独立した階級制度がないことだ。階級を役職と別に設けることで、同クラスの将兵を確保して、冗長性と流動性を高めることができる。
作者は意図的に、軍隊ができる前の騎士団の時代を再現していたのだ。
もちろん作品世界に合わせるために、現実と違う部分は多い。
産業革命が起きていないのに、立体機動装置のような精密部品が多い高度な兵器を大量生産していたりする。
欧州のように貴族階級が豊かな社会をつくっていないため、騎士階級、つまり士官がいない。職にあぶれた者たちが兵になり、何年かたてば役がついて「上官」と呼ばれる。虫や雑草を食らって飢えをしのぐ貧困層が「無駄飯食い」と呼ばれる代わりに生き延びることを許される。社会福祉の一環でもあるのだろう。経済的徴兵制(*2)と呼ばれたりもする。
原作初期の巻を読んでいて「こんな現実味のない世界イヤだなぁ」と思っていたが、壁の外の人類が存在すると知ってから、納得のいく描写が多いことに気づいた。登場人物の気持ちとシンクロする体験をしていたわけだ。

現実世界を模した独特のファンタジー(鋼の錬金術師もそうだった)を描くには、現実世界をより深く知っておかなければならない。
例えば鉄道が出てくるなら蒸気機関が発明されていて、工場制機械工業が生まれている。これらに必要な精密機械が発達した最も大きい要因は、時計の技術向上だ。そして蒸気タービンにより継続して大電力を供給できるようになった。すると電気照明が次から次へと発明され、夜の街が明るくなる。『鬼滅の刃』でも、日本建築が並ぶ街に電線が張り巡らされ、夜の浅草は昼間のように明るい、という描写があった。作者がこれらを描き出せたのは知識(または調べあげる技術)があったからだ。
司馬遼太郎が長編の歴史小説を書こうと思い立ったら、神保町の古書店から資料本が片っ端から消え去ったという。これは調べる力の方だ。中世ファンタジーに口出しする「ジャガイモ警察」は知識を振りかざして顰蹙を買った例だが、余計なツッコミでファンを逃すのが惜しければ、やはり事前にしっかり資料を読み漁って抜けのない世界観を作っておきたい。

知識に支えられた精密な世界設定を目指す創作者は多い。
やはり知っていれば正確に描写できるし、そもそも知識のないことが頭の中でビジュアル化できるとは思えない。絵に描き出せると思えない。知らなければこじつけもできないし、間違いを犯すことになる。「民明書房」方式でギャグとしてデタラメに描写した歴史があったとして、読者から「これ史実通りなんだけど、どこが笑えるの?」という痛いツッコミを受けたら目も当てられない。
というわけで、やっぱり書く前には調べよう。調べて保存しよう。ノートにまとめよう。付箋でデスクトップに貼ろう。
創作をやるみんな、設定厨になろう。

*1 消防団はヤバい。なんのメリットもない。覚悟して入るべし。
*2 プロパガンダ用語なので、何かを指してこういう言葉を吐く人には気をつけてほしい。

今月も皆様のサポートのおかげで生活保護申請せずにすみました。心より御礼申し上げます。