私がイヤだと思うヤツはみんなイヤだと思ってる
イヤなヤツはいる
私には、どうにも苦手だ、イヤだなぁと思う人がいる。
美容師さんがイヤだと感じたら美容院を変えればいいし、銀行窓口がいやな対応だなと感じたら行かなければいいわけで、イヤな人へのストレスはそんなに難しくもなく回避できるのでは、と基本的には思う。
子ども関係の付き合い、ママ友やスポ少の保護者同士の付き合いなど、イヤでたまらんこともあったけど、それも”期間限定”と自分に言い聞かせてなんとかやってきた。大きなトラブルもなく文字通り”期間限定”で、時が過ぎて今は誰とも付き合っていない。そういう付き合いを通して一生の友人が得られることもあるかもしれないけど、私はそれはないと思っている。だって一緒にスポーツをする子の親は、チームメイトとか仲間とか思わせておいて基本的にライバルでもある。いろんな葛藤がある付き合いなので一生の付き合いになるはずなどないのだ。
そうやってイヤな人とは距離を置くとか付き合わないでいればいいわけだが、仕事上のつながりとなると、どうしたって完全に関わりを切るわけにはいかない。
私の職場では配置変えなどもあり、そのイヤな人とはほぼ関わらないで済む期間も結構ある。今はそういう人は周囲にいないので、気持ちよく仕事ができているが、この先またどうなるかわからない。私は退職まであと約10年ほど、例え同じオフィスで空間をシェアすることがなかったとしても、またそのイヤな人と顔を合わせたり会議で同席したりすることはあるに違いないだろう。
イヤなヤツについて述べよう
イヤな人は何人か思いつくが今回話題にしたいのは一つ年上の先輩、仮にAさんとしよう。
その人は他人を茶化したような言動や人の発言を馬鹿にして笑いを取ることが多く、まじめな会議の場でもそういった態度で空気を支配してしまう。特に気に入らない発言などは被せて私語を始めたり隣の人に筆談をしかけたりし始め「あぁ私の話を聞きたくないんだな」と思わせる空気的な拒絶の意思を示す。
ええ大人が?と思うだろうが、ずっとそういう態度を頑なに維持している。
これまでの職歴の中でそのイヤなAさんに私は軽くいじめられたこともあった。私の才能や幸せをネタんでいるのだとよ~くわかっていた(知らんけど)から全く相手にもしなかったし大して傷つくこともなかったけれど。その後職場が離れるときにその先輩Aさんは私に謝罪してきた。
「ごめんね、私、あなたに嫌なこといっぱい言って。いじわるだった。」あれは確か送別会の席だった。へぇ、自覚があるんだ、と思った覚えがある。「いや、全然いいんですよ。気になさらないでください。」そんな風に返したかな。
そういうしおらしいこともあったけれど、その後どこかで会っても別に態度が改まったということはなく、相変わらず人をおちょくったような、見下したような態度で、いちいち癇に障るので、自分のためになるべく近寄らないように心掛けてきた。もちろん社交辞令程度のおしゃべりなら十分対応できるので、暑いですね、疲れますねくらいの近所のおばさん対応で十分だった。
そんなわけで私はそのAさんには「嫌われている」と思っている。実際そうだと思う。私から近寄って相手の懐に入る努力もしたけれどまったく無駄だったので嫌われてるんだ、しょうがないやと思っていた。私はAさん以外の方とはほぼほぼうまく付き合いができているし、社会性も問題なくあるので、相手を傷つけたり失礼なことをしたってことはないと考えられる(知らんけど)。ってことで理由は全然ないのでやっぱり妬みだろうよ。
そう思って長年過ごしてきたし、別にA先輩にハラスメントと言えるほどの被害は何もない。ただイヤなのだ。そして嫌われていると思っていたのだ。
イヤなのは私だけじゃないという学び
Aさんに嫌われていると思っている私の耳には、離れていてもAさんについての噂はたびたび入ってきていた。そのほとんどは誉め言葉や高く評価する言葉ではない。
Aさんには困っている、Aさんは怖い人だ、Aさんは常に不機嫌で職場は気を遣う、など。なんならそのAさんがいるせいで職場に行きたくないと拒否している人もいる、とよく話に聞く。そのAさんについての話は年齢を問わず、性別を問わず困っている人がいるという話が私の耳に入ってきている。そのことは長い年月や期間をかけて断続的に、でも途切れなく聞いた。
その都度やっぱりな、あのAさんならイヤだよな。そら怖いよな、ストレスだよな、と思って、深い理解と共感を持って話に耳を傾けていた。もちろん深い理解と共感以外にもちょっとおもしろがっていた面もあるが。
面白いのは、そのどれもが私と同じで「ハラスメントというほどの被害はないが、いやな思いをさせられる」というところだ。
そして気が付いた。私がイヤだと思った人は誰にとってもイヤな人なのだってこと。
私だけが「嫌われている、何か悪いことしたのかしら」などと思って自分を責めたり悩んだりするなんて大間違いだし、はっきり言って時間とエネルギーの無駄遣いなのだ。私がイヤなやつはみんなイヤだと思っている。最初からそうやって結論付けておけばよいのだ。
実際Aさんは今でも若手にも怖がられ、一緒に働いている私の友人の外国人ですら、「Aさんが怖くて一緒に働くのが嫌だ。」と会社に訴えている。何されたわけでもないのだが、怖いってことはきっと自分の感情をコントロールできていなかったり、物の言い方や態度が相手への配慮が足りなかったりするのだろう。取るに足らないことではあるが周りに気遣いさせることを知らず知らずに強制しているとしたら、それだけで脅威だ。周りにプレッシャーを与え、誰もにとって過ごしやすい環境を侵害しているのだから。
私が生きてきた中で、経験から学んだことはいくつもあるが、これは長い年月をかけて学んだことだ。イヤなヤツからは一目散に逃げろ。その人にとられる労力が実にもったいない。
私がイヤなヤツはみんなもイヤだと思っているのだから。
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