見出し画像

リンクスランドをめぐる冒険Vol.28 忘れ得ぬワンショット(中編) ホープマン・ゴルフ・クラブ

2023年6月22日から2023年7月23日まで。
約1ヶ月間、スコットランドのゴルフコースをめぐる1人旅を敢行。
これだけを考えるとゴルフ好きなら誰もが
「羨ましい!」と思いつくままを言葉にする。
実際、私だって行く前はほぼ、楽しいことしか頭の中になかった。
しかし、いざ行ってみると悪戦苦闘と至福の時の繰り返し。
振り返ればジェットコースターのような1ヶ月間。
これはそこで見たこと、感じたことの備忘録です。


12番Par3、イエローティから137ヤード。
Prieshach(プリーシャッハ)と名前が付けられたホープマン・ゴルフ・クラブのシグネチャーホール。
11番を終え、カートパスを進んだ時、その光景は突然、現れた。

いったい、このホールはなんと表現すればいいのだろう。
一瞬、私の身体と思考が硬直した。

ライターは言葉と格闘する。
これまで、私は多くの言葉と格闘し、痛めつけられても痣だらけになりながらも、なんとかねじ伏せてきた。
しかし、この光景を前にして、私は完敗した。
まったく、ふさわしい言葉が見つからない。ありきたりな言葉はいくらでも出てくるのだけれど、思いついた瞬間、それは使い古された広告の惹句以上に陳腐になる。
けれど、言葉は思い浮かばなくても胸の奥底から滾ってきた熱気や全身を駆け巡るアドレナリンを感じて嬉しくなった。

今、私はライターではない。ゴルファーなのだ。

岩礁性の海岸、日本式に言うと磯浜の小さな入江、そこの湾曲した僅かな平地にグリーンが作られている。左右にバンカーがあるが、それ以外はおそらく磯浜のままだろう。
ティーイングエリアからの落差は100ft、約30m。
ビルの8〜10階から打ち下ろすようなものだ。
この落差の間を埋めつくしているのが濃い緑のハリエニシダ。
グリーンの右手は岩礁、左手は固い砂丘のコブ。
多少、どちらかに外してもボギーは取れる。
けれど、ゴルファーなら誰もが、グリーン以外は眼に入らないはずだ。

落差だけなら日本にだってこれ以上のホールはいくつもある。
荒波に浮かぶような、ぽつんと小さなグリーンだってあるだろう。
しかし、そういったトリッキーなホールは必ず人工的で致命的な落とし穴、罠が存在する。それがプレーヤーの恐怖心を引き出し、ミスショットのトリガーとなる。

プリーシャッハは違う。
恐怖心を与える致命的な落とし穴も人が作り出した罠もない。
イエローティから、たった137ヤードしかないのに威風堂々。
グリーンは荒波に浮かぶ小さな小舟ではない。
堅牢な自然の城壁に守られたシェル・キープ(天守)なのだ。

長くゴルフを続けていると、時折、蛮勇とも思える挑戦をする時がある。グリーンに乗りもしないのに2オンを狙うとか、あえてギリギリの飛距離を承知の上で池越えを狙うとか。
それはそれで楽しい。
ゴルフは蛮勇したところで、誰も傷つけないし自分が死ぬわけでもない。
アマチュアなら、スコアが悪くなったところで生活に困ることもない。
だから、これらの蛮勇は自分の中の遊びに過ぎず、いわば勝手に挑戦しているだけなのだ。

プリーシャッハと対峙した時、私は挑戦の意味を知った。
それはホールとプレーヤーの同調が生まれた時、初めて意味を持つ。
真っ向勝負を望むホールと、リスクを恐れないプレーヤーと。
私は8番アイアンを抜いた。
もう、赤いフラッグしか見えていなかった。

…その一振りのことは今でも忘れられない。
軟鉄鍛造アイアンの本当の芯に当たった時の、無抵抗に限りなく近いのに掌に残るしっかりとした打感。
曇天の空に、濃い航跡を残したような高い飛球線。
陽光を浴びたように輝く白いボール。
放物線の頂点に達したかと思うと一瞬、止まって見え、それからゆっくりと落ちていく。
落下速度が速くなり、やがてピンフラッグ左横3m付近に着地。

一瞬、呆けた。

本当に、自分が打ったショットなのか?
私以外の誰かが打ったショットを眺めていたのではないか?

それから掌を眺める。
間違いない。感触が鮮烈に残っている。
アドレナリンが駆け巡るだけでなく、毛穴から飛び出しそうなくらいの興奮が一気に押し寄せた。
私の表情は誰にも見せられないほどニヤけていたはずだ。

会心の一打。

確かに、これだけでも忘れ得ぬ一打だろう。
けれど、本当に生涯、忘れ得ぬ一打になった理由は、この後にあった…。

続く



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?