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リンクスランドをめぐる冒険 Vol.1 幻のコースを紹介した1冊の本

2023年6月22日から2023年7月23日まで。
約1ヶ月間、スコットランドのゴルフコースをめぐる1人旅を敢行。
これだけを考えるとゴルフ好きなら誰もが
「羨ましい!」と思いつくままを言葉にする。
実際、私だって行く前はほぼ、楽しいことしか頭の中になかった。
しかし、いざ行ってみると悪戦苦闘と至福の時の繰り返し。
振り返ればジェットコースターのような1ヶ月間。
これはそこで見たこと、感じたことの備忘録です。

ライター稼業としての矜持

管啓次郎氏のあとがきがまた素敵な内容

ライターという職業に対して、どれほど真摯に向き合っていたか?
そう問われるといささか返答に困る。
元来、飽きっぽい性格なので気に入った仕事に対してはアドレナリン全開で取り組んだけれど、ちょっとでも気に入らないと(ゴニョゴニョ…)。
…なんか偏屈な町の職人みたいだが、売文家なんだから職人なのは当たり前か。

それでも雑誌に寄稿していた頃は自分の文体を確立させたくて多くの先達の文章や構成力を参考にし、なんとかエッセンスを吸収しようと思っていた。
ニューヨーク・タイムスのレッド・スミスやエスクァイアのボブ・グリーン、ブルータスの立石敏雄とH・テラサキこと寺崎央などなど。
ライターなんて儲かる商売じゃない。
モチベーションは自己満足だ。
時々、締め切り前日の深夜、まるで天啓!と思えるほど名文が閃いたりする。
いわゆるライターズ・ハイ(今、作った)ってやつだが、そんな気分をまた味わいたいから、ライター稼業を続けられる。

まあ、今のWebでそんな凝った文体が求められないことぐらい分かっている。
長いセンテンスで漢字が多いとスマホで読みづらいもんね。
だからって、ライターの矜持まで捨てることはない。
感じたことを、頭の中で整理して構成して、惹句を作り、気に入るまで何度も書き直し、言葉のストックが底をつくまで探して完成させ、読み手に「どーよ!」と自信を持って文章を晒すことができる気概を持ちたい。

よけいなお世話だが、ネットに情報撒き散らすだけのライターになりたくなかったら、せめて好きな作家やライターの文体とそのバックボーンぐらいは研究した方がいいよ。
じゃないと、ライターなんて職業はそのうち生成A.I.で間に合っちゃうから。

で、ゴルフのインタビュー記事を請け負っている時、なにか参考になる本はないか、と探していた時に出会ったのがマイクル・バンバーガー著「リンクスランドへ」だった。
日本ではゴルフ関連の本というとレッスン系が大半を占めており、秀逸なストーリーテリングや軽妙洒脱な随筆は摂津茂和氏や夏坂健氏、山際淳司氏まで遡らなければならない。
これが海外のエッセイスト、コラムニストの本、というと皆無に近い。
なにしろバーナード・ダーウィンの本すら翻訳されていないのだから。


西の端っこの辺鄙なところにある魔法のコース

スコットランドの地名には独特の発音をするところが多い

「リンクスランドへ」の前半は記者の仕事を1年休業してプロゴルファーのキャディを務めた体験、後半はキャディの仕事を辞め、スコットランドのゴルフコースを巡る旅の記録で構成されている。
数少ない、ゴルフの随筆の翻訳本の中でページに溶け込めるほどこの旅行記が気に入ったのは名翻訳家、管啓次郎氏のおかげ。
残念ながら私は英語に堪能ではない、と言うよりほぼ、不自由なレベルだ。
だから、
「陽光はこれらの葉に反射して海からの微風が吹きわたる時、葉はパーティ・ドレスのスパンコールのようにざわめいた」
なんて一文を読んだだけで、もう完敗(いや、負けるの早すぎる)。
こんな珠玉のセンテンスがリンクスランドの中を縦横無尽、変幻自在に飛び交うのだから読み物としての濃縮度が高くなるのは当然。
出版からほとんど話題になっていないけれど、隠れた名著だ。
そして第17章に登場するのが「マフリハニッシュ」。

マフリハニッシュはぼくにとって、ゴルフにおける究極の理想郷(ニルヴァーナ)そのものとなった。ぼくが、この人生の残りのあいだ、ただ一か所のコースのみでプレーすることを許されるとしたら、マフリハニッシュこそその場所となるだろう。

リンクスランドへ〜ゴルフの魂を探して〜 マイクル・バンバーガー著 管啓次郎訳

著者は本文で、マフリハニッシュの場所をキンタイア半島の西海岸、その南端近くにあり、辺鄙で人知れず、当時のゴルフ関連の書物にも記載されていないコース、と記している。
この本が出版されたのは1994年。
もちろんネットなんてないし、外国のコースを紹介する写真集ですら輸入本の時代。
そんな時に、スコットランドの西の端っこ、辺鄙な場所に理想郷のコースがある、なんて読んだら頭の中はスティーブンソンの宝島、マルコポーロの東方見聞録だ。
少しでも冒険心、ってものがあったら振動せずにはいられないだろう。

いったい、マフリハニッシュってどんなところなんだ?

本文ではマフリハニッシュの1番ホールから18番ホールまでを克明に描いている。
しかし、どれほど読み直しても想像の輪郭線が曖昧のまま。
これほど日本でゴルフをしているというのに、ホールのイメージすら浮かばないなんて!
以来、マフリハニッシュの名前は幻想の濃い霧の彼方にある魔法のコースとして私の記憶に刻まれた。

今回、スコットランドのリンクスをめぐる旅をするに当たって、真っ先に浮かんだのがマフリハニッシュ。
1ヶ月という限られた中で、スコットランドの西端まで行くのは時間的なロスが大きい。
それでも、マフリハニッシュに行きたかった。
エクスカリバーを雷音轟く天に掲げるアーサー王、とまではいかないが、魔法のコースで風が逆巻くフェアウェイに立ち向かう自分なんて、それこそ(ゴルフの)冒険の醍醐味ではないか!

と、ここまではやたら威勢がいい。
しかし妄想から現実に帰ると、途端に小心者の自分を見る。
どうやって行く?何時間かかる?1人で行ってプレーできるのか?魔女の下僕にされないか?(それはそれでいいかも)。

決意とは裏腹に、胸の中には不安が膨れていった。

続く

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