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リンクスランドをめぐる冒険 Vol.5 空港をめぐる冒険

2023年6月22日から2023年7月23日まで。
約1ヶ月間、スコットランドのゴルフコースをめぐる1人旅を敢行。
これだけを考えるとゴルフ好きなら誰もが
「羨ましい!」と思いつくままを言葉にする。
実際、私だって行く前はほぼ、楽しいことしか頭の中になかった。
しかし、いざ行ってみると悪戦苦闘と至福の時の繰り返し。
振り返ればジェットコースターのような1ヶ月間。
これはそこで見たこと、感じたことの備忘録です。

羽田空港第3ターミナルロビー、深夜。

やっぱり由実さんよりハイファイセットだよね

なぜか、旅立つ前のことが思い出せない。
…いや、高齢による健忘とかではなく。
仕事は出発日1週間前から休みをもらっていたし、今回は取材ではないから下調べもほとんど必要ない。時間的な余裕はたっぷりあったはずだが、鮮明に覚えているのは搭乗ゲート前の椅子で深夜、ぽつんと1人で座っていた時のことばかりだ。

羽田空港第3ターミナル、JAL0041便 ロンドンヒースロー空港行き。
6月22日木曜日1:55分発。

なにせ海外に出るのは20数年ぶり、記憶にあるのは昔の搭乗システム。
束になったエアチケットと出国審査場の長い列だ。
早めに羽田空港に着いたがスマホで搭乗券は出るし、パスポートと顔認識のデジタル化で簡単に出国手続きができたとあって、ラウンジで夜食を取ってもたっぷり時間が余ってしまった。
すごいな、と思っていたが後日知人に聞いたら「いつの話?」とあしらわれた。
なんだか浦島太郎の気分になった。
乙姫と会ったわけでもないのに。
とりあえず搭乗ゲートへ行ったが、ロビーは薄暗く人は少なく、したがって話し声も聞こえず、とても静かだった。
深夜、午前1時を少し回ったところ。
私を知っている人はおそらく、ベッドの中で寝息を立てているだろう。

これから私は1ヶ月の間、私をまったく知らないところで過ごす。
いや、すでに座っているこの場所も、私を知らない。
私は、ここから異邦人になる。
スコットランドを去る時は「太陽のせい」と決めセリフを言おう。

と、まあハードボイルド風に書いたが、実際、1人で深夜、搭乗ゲート前の椅子に座っていると非日常感が強くて私のような夢想家にはたまらなく素敵な時間に思えてくる。
きっと、私と同じような夢想家が空港で1人でいる時、空港を舞台にした名場面を発想したのだろう。

「君が彼女を殺したんじゃないことはわかっている。ぼくはだからここに来ているんだ」
「だが、君はまちがっている。僕はゆっくり歩いていく。ぼくを止める時間は充分にある」
チュアナ空港での、フィリップ・マーロウとテリー・レノックスの会話。
空港の名場面は数多あるが、私がもっとも好きなのはレイモンド・チャンドラー作、清水俊二訳「長いお別れ」の一節だ。

不安はまったくなかった。
けれど勇むような高揚感もなかった。
不思議と落ち着いて、開放感があり、とても穏やかな気分だった。
深夜は、いつでも優しい。

やがて人が集まり、椅子が埋まり、話し声が高い天井まで響いた。
「ただいまより、JAL0041便ロンドン、ヒースロー空港行きの搭乗案内をいたします…」
私は鞄を持って立ち上がった。

ヒースロー空港ターミナル5、午後1時。

こーいう雑多の雰囲気が好きな人もいるだろうけれど…。

そして13時間後、私は呆然と立ち尽くした。
ヒースロー空港で。
朝の横浜駅東海道線、東京行きホームだってここまで混んでない。
元来、人混みが苦手で出不精になっている。
目の前の現実に立ち尽くす、というより立ち竦んでいるのは当たり前の話。
それでも私は、エディンバラ空港へ行かなければならないのだ。
ごくんと喉を鳴らし、意を決して人波の中に飛び込んだ。
ヒースロー空港は荷物が迷子になる確率が高いと聞いていたので、ゴルフバッグとスーツケースを最終目的地のエディンバラ空港にせず、ヒースロー空港で受け取っていたため、この2つを引っ張りながらターミナル5を目指した。
で、いきなり地下鉄、登場。
乗り方が分からず、チケット売り場の前でウロウロしていたら地元の人が親切に無料チケットの購入方法を教えてくれた。
もし、誰も教えてくれなかったら私は今でもトム・ハンクス演じるナボルスキーのように空港内で生活していたかもしれない(そんなこたあないか)。
ちなみに、地球の歩き方WEB版には、ヒースロー空港のターミナル間移動方法を詳しく解説している(先に読んどきゃよかった)。
そーいえば今回の旅行で、ガイドブックの類を1冊も買わなかったことに、この原稿を書いている時点で気がついた。
なんで買わなかったんだろう?


どこだ、BA1444便は…

それはともかく。
手荷物検査場だ。
ターミナル5からの出発はご覧の通り。
ニューヨークにメキシコシティ、ドバイにイスタンブール、リヤド(サウジアラビアの首都)にシャンハイ、ドゥヴォロヴニク(クロアチアの首都)にベンガルール(インド南部の都市)…。
で、これらの便に乗る人が一斉に手荷物検査を受けるのだから人種の坩堝が煮えたぎって沸騰、溢れる寸前。
まさに、てんやわんや、だ。
出発前、ヒースロー空港の職員がストを敢行する、というニュースが流れ、何を怠惰なことを言ってる!けしからん!関係者出てこーい!って気分になったが(幸い、ストは回避された)この業務を毎日こなしているのかと思うと、彼等に同情を禁じえなかった。
私だったらとっくに無期限ストライキに突入している。
なんとか手荷物検査から逃れることはできたが、BA1444便の搭乗ゲートが出発時間間近になっても表示されない。
コーヒーでも飲んで待とうか、とも思ったがロビーの人混みを見て、そんな気も失せた。
ヒースロー空港で乗り継ぎをするなら、テントとコーヒーポットとシュラフを持っていくことをおすすめする。
エディンバラ空港に着いたのは定刻より1時間遅れの16:00。
スコットランドでもっとも大きい国際空港だが、なんとなくのんびりした雰囲気で久しぶりに安堵の気分になった。
スーツケースもゴルフバッグも無事、到着。
疲れた体と重い荷物を引きずって、私は宿までとぼとぼと歩いた。

続く





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