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リンクスランドをめぐる冒険 Vol.74 生命の樹 Part.1

ある時。
地球の大地に、
誰かが、または何かが、
種を撒いた。

その種は、やがていろいろな大地で芽吹いたけれど、根付くまでには至らなかった。
唯一、その種が根付いたのはスコットランドの海と陸地の緩衝地帯、固いコブだらけの砂丘に天然の芝しか生えない、牛や羊の放牧以外に利用価値のないリンクスと呼ばれる場所だけだった。
今から600年ぐらい前の話だ。

その種は、いつしかゴルフと呼ばれて人を媒介に繁殖を続けたが、それでも繁殖範囲は狭く、スコットランドの東海岸、しかもファイフと呼ばれる一部の地域に限られていた。

種が、スコットランドとイングランドで飛躍的に拡散したのは1800年代の中頃から。英国のいわゆる、鉄道狂時代だ。
蒸気機関車が、人を媒介とする種をメインランド最北端、あるいは最南端まで運ぶ。
スコットランドの、あるいはイングランドの多くのゴルフコースは1800年代中盤から後半に開設されており、しかも鉄道の駅から至近距離にあるのは鉄道による拡散が主な要因だ。

種は、英国全土に拡散、繁殖すると次は他の土地へ、スコットランドやイングランドの入植者たちを媒介として、今度は鉄道ではなく船を利用して繁殖できる場所を求めていく。およそ150年ほど前の話。

種は、もっとも初期にばらまかれた種より少しばかり変異していたが、どの土地でも繁殖までには至らなかった。
日本にも種は渡ってきたが、その種はまだスコットランドで育った原種そのものだったので、根を下ろしてはいたものの、繁殖には程遠い状況だった。

ただし、アメリカだけは特別だった。
種は、アメリカの広大な土地と気候に合わせて大きく変異する。
その種を最初に撒いたのはスコットランドからの入植者たち。わざわざスコットランドからボールとクラブを取り寄せ、農場にコースを作ったが、やがてその農場が没収されると、近所のリンゴ農園を借りる。

アップル・ツリー・ギャングの始まりだ。
スコットランドで種が最初に繁殖した場所、セント・アンドリュースの名前をクラブの冠とした初期の6人は、リンゴ農園でプレーを楽しんだ。
しかし、リンクスのように広い、固い砂丘ではない。当たり前の話だが、ここではリンゴの樹がハザードだ。
リンクスのように低い球筋、転がして寄せるアプローチではすぐに樹に当たって球がどこへ転ぶか分からない。
農園主はリンゴの樹が傷つくことを憂う。
そして「まるで奴らはギャングだ」と呟く。
ならば、樹に当たらないように高い球を、遠くへ飛ばす球を打てばいいじゃないか。
スコットランドで種を育んだ技法が、アメリカ大陸で大きく変異した瞬間だ。

リンクスはなくても、土地は広大にある。
固いコブや突風で、球がどこに転がって行くか分からないゲームよりも、自分の意のままに飛んだ球に対しては報酬を、ミスした球には罰則を与える。その方が公平、正々堂々としているじゃないか。
リンクスでなくても、ゴルフコースは作れる。
報酬と罰則をはっきりさせた、リンクスコースよりも景観がきれいで自由に設計できるコースを。

かくして、スコットランドから遅れること約100年、アメリカでゴルフの隆盛期が始まる。
種の拡散で、今回、役立ったのは車。
それまで富裕層だけの所有物だった自動車は1908年にヘンリー・フォードが大量生産できるT型を発売したことで、庶民でも車を所有することができ、どこへでも行けるようになった。
もちろん、ゴルフコースにも。
もはや、ゴルフコースは鉄道に縛られる時代ではなくなった。

アメリカで変異したのは技法やコースだけではない。
スタイルそのものも変わった。
変えたのはスコットランド人、アリスター・マッケンジー博士。
それまでゴルフはフロント9、バック9が常識で、途中に休憩を入れることはなかった。これでは体力に自信のある男性ならともかく、雨が降って風が吹けば、女性や高齢者に辛い。
マッケンジー博士は女性や高齢者でも楽しめるように、アウトとインに分け、どちらも9ホールでクラブハウスに帰って来られるコースを設計した。

この変異種を最初に取り入れたのはオーストラリア。
マッケンジー博士の故郷、スコットランドでは種の変異を認めるものの、なかなか受け入れようとはしなかった。
積極的だったのはアメリカ。
9ホールで戻ってくれば、クラブハウスで、休息が取れるだけでなく、贅沢な食事も取れるしビールも飲める。コースの付加価値が高まるから、クラブハウスにもっと品格を持たせ、豪華にした。
たとえ、歴史でスコットランドやイングランドに敵わなくとも、いや、歴史の重みがあるからこそできないことも、歴史の長さに無関係なアメリカならできる。エンターテイメントの世界一はアメリカなのだ。

変異種の繁殖能力は凄まじかった。
アメリカ大陸を席巻後、今度はアメリカ人が媒介となって変異種を世界にばら撒く。今度の移動手段は飛行機。船や車だなんて悠長な時代ではなくなっていた…。

Play Will Continue!





















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