肉離れ 〜雑記・雑感 35〜

「階段でバスに遅れると思って走り出したら、ふくらはぎの後ろで何かがブチっと音がして、左脚が痛くなって、歩けなくなっちゃった奴がいるんですよ〜」

「なあ〜に〜、やっちまったなあ!」

「男は黙って…」

なんてふざけてる余裕はなくて、生まれて初めての肉離れってやつなんですかね。

下の子の懇談会に遅れる!あのバスに乗らなくちゃ!という焦りによって左足にかけた負荷。ブチって音が聞こえたように感じました。ささみの筋をプツっと切る、あの感じ?

で、階段からそのままよろけて転げ落ちるんだけど、転げ落ちる意識があって、ゴローンみたいな風情で転んだら特に痛みもなく着地できました。それでバスは行っちゃうし、足は痛いし、懇談会は完全に遅刻だし、で、そこにあるベンチに座って空を見上げたら、耳が遠くなって、意識がぼんやりした。

ああ、よくある意識の混濁だなあと思って深呼吸してたら治った。

とにかくバスの方へ行かなくちゃとちょっとずつ進んで行ったら、12分後にくるという。ぼーっとしながら、とりあえず整形に行かなきゃなあと思った。

バスに乗って座っている分にはいいんだけど、降りる段になって、この足で家まで行くの?と呆然とした。チビチビとしか歩けず、とても時間がかかって、なんとか車に入り込んだ。車の中ではとりあえず痛みはそこまででもなく、運転も患部は左足だからできそうだ。

しばらくすると、上の子が帰ってきて、お父さん足痛めたんでお医者さん行くから、勉強しといてと言い残し、医者に出かける。

外科では横柄な受付の人に色々と説明した。横柄というか、リハビリもやっているので、ご老人が多く、ご老人はお耳も遠いし、回りくどい表現は届かないので、横柄とも見られるような直截な表現になるんだなと納得して問診表を書いていた。

3番で、すぐ呼ばれると思ったら、2番がどうも長引いているようだ。

「今、医者にいます、懇談会には行けません…」と、この時書き出しに使った文章をどこかに残したく、時間を置いて書いたこの文章の「……」に使っている。

で、診察室に入ったが、とりあえず横になったまま20分。どうも自分の症状はリウマチとか皮膚癌じゃないかと、次々に自己診断を繰り返すばあさんに医者が丁寧に説明をしている。丁寧だが、どこか演技的で、ちょっと笑ってしまった。ちょっとエコーをやって、状態を見て、終わりと思っていた私は面食らって、じっと待っていた。

実際エコーを撮ってみてみると、豚肉の脂身と赤身の部分がベロンと剥がれた感じになっていて、血が溜まっているという。はあ、と、あんまり長くかからなそうだなと思いつつも、全治3週間かー、凹む。

ただ、その日は歩けなさそうなので松葉杖を借りたが、講習が長引いた。雰囲気的に松葉杖ってほどでもねーよ感が充溢していました。なので、そんなに大袈裟なことでもないのかなと思ったんだけど、後戻りできないしいいな、と思った。

松葉杖の講習の時に、車椅子のようなもので移動したんだけど、人にやっていただけるって、ホントにラクだし、ついもっとを要求しちゃうよね。その感覚がわかった気がしたので、あんまり図に乗っちゃいけないなと思った。その病院の方、ワガママを聞き慣れているのか、私も時間がかかるなら松葉杖いらない、とワガママを言ったんだけど、別の部屋でわざわざやってくれた。本心で要らない、と思ったんだけど、申し訳なかった。

家に帰って、上の子を塾に連れてって、下の子を学童に迎えに行って、とやってみたけど、松葉杖は疲れるね。自分体が重いから、より筋力のない腕に重さがかかって、大変だった。そして、そうした不自由は、もっと俺に配慮しろよという気持ちを引き起こしてしまい、良くないとも思った。ただ、一方で、不自由に配慮された建築物が少ないという気づきもあった。

理屈ではなんとなくわかってはいたんだけど、実感できたのは良かった。

家に帰って、下の子に冷やしてもらおうと思って、手伝ってと言い、やってもらう中、失敗して、ふくらはぎの上に体重が乗る、うぎゃーと叫んだ。そして、気をつけてよ!と言ったのだが、そこでハタと気がついた。

介護されるときに、この態度ではいけない、と。しかし、気をつけてほしいし、配慮してほしい、と無限に思ってしまい、子どもだとどうしても要求が過剰になってしまい、言い方もキツくなる。これは介護される立場の態度じゃないな。

足が痛くて、冷やしながらいつしか寝てしまった。

起きたら3:58分。Yahooのタイムラインを追いながら、結果を見ていた。前半一点取られた後は、まあしょうがないかと思って一度寝て、また起きたら逆転していた。そこから寝れず、最終的勝っていた。嬉しかったと同時に、ヨーロッパ勢に勝つことができるという可能性を信じることができる自分がいることに驚いた。

我々、ドーハの悲劇世代は、ワールドカップに出ることすら、奇跡のようなものと考え、南米勢やヨーロッパ勢に堂々とやって勝てる、ということを可能性としても信じられていなかった。負け犬根性というやつだろう。今回も、なんやかやと、一点取られた時にまあいつもの筋書きだよね、と諦めかかった。これも負け犬根性だろう。

ところが代表はドイツに一点取られても二点取り返して勝った経験が、スペインに対してもそれができるという自信につながっていた。それでも勝てるという可能性を信じていた。勝てると思わなければ勝てないし、勝てるという可能性を信じることができるようになったという点で、あの時代から進化しているんだと思えることができた。

とにかく、勝てるという自信が勝つためには必要なんだと思えたし、それは私たちの仕事においても同じだろう。売れると思って売らなければ売れないし、伝わらないと思っていたら、やっぱり伝わらないので、いつまでも自分の文章は伝わらないと再確認しながら、凹んでいくだけだろう。

という気づきを得て、朝を迎えた。

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