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長い小説に挫折する 〜カミュ『ペスト』〜 4

はい、BL展開来ました。

ということで、『ペスト』第4章は、オトン判事の息子のむごたらしい死、パヌルー神父の厳粛な死、タルーの独白など、見せ場が様々に用意されており、一気に加速して読める章となっております。そして、何よりそうした様々な思考を喚起する内容を一気にひっくり返すような、リウーとタルーとが一緒に海水浴をする場面。ここで物語は、ある意味リウーとタルーの友愛の頂点、へと昇りつめてまいるわけです。

この章は、思弁的な超減速パートと、感情をゆさぶる超加速パートが組み合わさっていて、あの2章の苦行がどこへやらというくらいのスピードで読んでしまいました。その上、あのリウーとタルーの水着でしょ?

「二人は沖の方へ向いた岩の上に腰を下ろした。水は膨れ上がっては、またゆるやかに下降していった。この静かな海の息づきが、水面に油のような反射を明滅させていた。彼らの前には夜の闇が果てしなく広がっていた。リウーは、指の下にあばたの岩肌を感じながら、異様な幸福感に満たされていた。タルーの方を向いてみると、友の静かに重々しい顔つきにも、その同じ幸福感━何ものも、例の殺人さえも忘れていない、幸福感が感じ取れた。
                              (p.307)

例えば、『ヴェニスに死す』。あの教授の目線を思い起こすならば、このときのリウーの目線も、それと同じものだといえよう。だから何ですか、と言われそうだけれども、今までかなり抑制していた文章が、ここでかなり肉感的なマッスをもって迫ってきた。翻訳を通しても、カミュの文体の絢爛さがわかる部分である。

第4章を記録する

『ペスト』第4章、話の流れのメモ 

4章は息をつかせぬ展開だった。みんな疲労して、情緒が枯渇していく風景は、ここ数年リアルでもネットでも見てきたものと類似している。しかし、その中でコタールだけが一人元気。非常事態の中では、皆が平等に死の恐怖におびえており、自分だけがおびえさせられているわけではない、という安堵感がコタールを活気づけている。

ペストの拡大という事象の中で差し込まれた自殺未遂者コタールの挿話が、ここで回収される。彼は、「みんなと一緒に襲われているほうが、一人ぽっちで囚われの身となっているよりもましなのだ」と考える。ネガティブなものの連帯性を喜んでいる人物なのだ。

そして、オトン判事の息子が、ペストで命を落とす。しかも、そこでは新作の血清が試され、苦しんで亡くなる。リウーは、パヌルー神父に食ってかかる。

パヌルー神父「まったく憤りたくなるようなことです。しかし、それはつまり、それがわれわれの尺度を越えたことだからです。しかし、おそらくわれわれは、自分たちに理解できないことを愛さねばあらないのです」

リウー「僕は愛というものをもっと違ったふうに考えています。そうして、子どもたちが責めさいなまれるように作られたこんな世界を愛することなどは、死んでも肯んじません」

俺たちもう愛なき時代に生きていて、愛がないということにすら不感症になりつつあるけど、『コレラの時代の愛』(ガブリエル・ガルシア=マルケス)ならぬ、「コロナの時代の愛」の考察はあってもいいかもね、と他人事として思わなくもない。『コレラの時代の愛』のフロレンティーノはマジでクズ男だったけどね。誰か、「コロナの時代の愛」を考察した小説を教えてくれよ。

さらにパヌルー神父も命を落とす。神父は最後まで、この病と運命を愛そうとしていた。リウーは神父とある点で対立していたが、「僕がついててあげますよ」というリウーの申し出に、「一種の温かさのようなものがよみがえってきたように見える目」をして、「ありがとう」、「しかし、修道士には友というものはありません。すべてを神にささげた身ですから」と言って、亡くなった。

加えてタルー。タルーが、なんでオランに旅人として訪れて、滞在することになったのか。そして、どんな考え方を持っているのかをリウーに告白するパート。ここもちょっとよくわからないので、たぶん、色々な意味や形而上的な考察が必要なんだろうと思うが、《正直、タルー話長いよ》という印象で終えた。ごめん。

ところが、例の詩作にふける官吏グラン。グランも病に倒れたが、ケロッと治る。おっと。

「正午の冷え冷えとする時刻に、リウーは車から出ると、遠くに、そまつな木彫りの玩具のいっぱい並んでいるショーウィンドーにほとんどへばりつくようにしている、グランの姿を見た。老吏の顔には、涙がとめどなく流れていた。」

病を得るまえにグランは、自分の思い出に涙していた。で、発症した後、自分の詩作を全部「焼き捨ててください!」といった翌日、ケロっと治る。「ほんとに、先生、しまったことをしました。しかし、またやりますよ。すっかり覚えてますから、まあ見ててください」。ここ、いい話でしたね。

感想

第4章は、すごいね。タルーの話が長いところを除けば、情緒に訴えかけるパートの連続で、すいすいと読めてしまうね。タルーの話も、きっと、読む人が読めば、興味ぶかい内容が含まれているはずだと思うんだけど(長いし)、そこに関してはちょっと思索が展開しなかったなあ。昨日、少しアルコールを入れたからかもしれないけれども。

そして、なんだろうなあ、タルーとリウーの友情のくだり。ここは、文章としてはとってもいいものだし、友情を描いたにしては、肉感的な表現が多く、ジャン・ジュネとかが述べている「友愛」(l’amitiè?)的なものの暗示を感じなくもない。知らんけど。

10代、20代のころに読むと、やっぱり違うところにきっと目が行くんだろうなあ、と思いつつ、年をとるとどうしても感傷的なところに目が行くよね、と年齢のせいにして、とりあえず感想の貧弱さをごまかす。

やっぱり夏休みの宿題に読書感想文課すのやめようよ。でないもんはでないもの。



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