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「小説 雨と水玉(仮題)(26)」/美智子さんの近代 ”万博公園その2”

(26)万博公園その2

「田中さん、美味しいですねえ、このサンドイッチ。
ちょっとピリッとからしが効いててアクセントになってます。」
「ありがとうございます、佐藤さんがこういうの好きで良かったです。
佐藤さん、好みはどんな食べ物ですか?」
「あの、好き嫌いは基本、ありません。
美味しいものが好きです。」
「ふ、ふ、ふ(笑)、
でもたしか、お魚が好きだって聞いてましたけど」
「えっ、そんなこと田中さんに言いましたっけ」
「わたし、よく覚えてる方なんで」
「あれ、僕、田中さんと話したことは全部覚えてるつもりなんだけど、いつだろう?」
「ふ、ふ、ふ、ふ(笑)。いつでしょう?」
こういう時の美智子はちょっと小悪魔のような魅力を発する。

「佐藤さん、昨年転職されてC社にお勤めってさっき伺いましたけど」
「うん、あの、僕の専門は化学なんですけど、前は材料メーカーに勤めてたんです。
そこの仕事も詰まらないわけではなかったんですが、
実際お客様に直接使っていただく製品を作っていたんではなくて。
是非直接お客様に、僕の開発した技術が載った製品を提供したいって思ったんです。
なんか、偉そうにって聞こえるかもしれないけど、なんかそういうことがしたいって強く思ったんで。」
「いまはそういう仕事をされてるんですね。」
「ええ、そうなんですが、実際一年半くらいやってみて少しその辺がわかり始めてきたところですね。本当に頑張り続けなくてはって思ってやってます。
最初の半年くらいは会社の文化の違いで仕事の進め方っていうんですか、
結構戸惑いました。
でも今年の春くらいから何とか慣れてきて集中して仕事ができるようになってきました。会社自身はすごくいい会社で、経営の方針っていうんですか、
僕、今の会社のそういうところ、好きなんです。
だからやりがいはとってもありますね。」
「そうなんですね。」
「あ、僕ばっかり話してますね。
田中さんはさっきA書店にお勤めって聞きましたけど、
どんなお仕事してるんですか?」
「わたし、文藝部っていうところにいて、店頭にもよく出るんですけど、もう二年目になるんで大学とか図書館とか外回りにも出るようになりました。この間佐藤さんと会った時は豊中の取引先に朝、立ち寄りで行くところだったんですよ。」
「そうだったんですね。」
「ええ。それから、ちょっと前からK大学のT先生っていうお得意さんと話をするようになって、良くアドバイスとか、してくれるんです。」
「へえ、そうなんですね。田中さん、どんなアドバイスされたの?」
「あのお、ちょっと内緒です。」
「えっ、そうなの?そう言われると聞きたくなるなあ、
田中さん、大学は文学部でしたよね、T先生っていう先生も文学部なんですか?」
「ええ、世間では読書通っていう評判です。著作もかなりされています。最近私も少しづつ分かりやすい易しい方の本を読ませてもらってるんですけど、根っからの大阪人みたいですね。」
「あっ、Tさんて、思い出した。あのTさんでしょ、有名な小説家の友達の」
「そうです、そうです。作家のKさんのお友達ということです。」
「そうなんや、田中さん結構深い世界で仕事してるんですねえ。すごい。」
「いえ、そんなことないんですけど、大学四年の時の英文学のゼミで結構これでも真剣に取り組んで、少し本の世界が面白くなってきて。
いまもまだまだ見習いなんですけど、一生懸命やらないといけないと思って、そう思ってやってるだけなんです。」
「それは素晴らしいことですよ、ホント。
英文学かあ、すごいなあ」
「そんなことないんですよ、ただやってると少しづつ面白くなってくるっていうか」
「わかる、わかる」
「それまで英文学っていうても、さらっと勉強しただけやったんですけど、ゼミの先生が厳しくてフウフウ言いながら勉強してたら、なんや知らんうちに少し面白さっていうか、そんなんがわかってきたっていうか。
サマセットモームっていう人を調べたんですけど、最初は肌合いがしつこいっていうか、変わった感じやなと思ったんですけど、読み調べていくうちに奥が深いなあって感心しました。」
「そうなんだ。僕もモーム、読んだことありますよ、いいですよねえ。好きです。」
「えっ、佐藤さん、読んだことあるんですか?
なんや『雨に唄えば』も意外でしたけど、モームも意外です。」
「そうですかあ?
でも、僕、普段は寅さんが一番好きで。」
「ふ、ふ、ふ(笑)、でもそれ、似合ってます、佐藤さんにしっくり似合ってます。」
楽しい話が続いた。
啓一が、
「話しは尽きないんですが、少し散歩しませんか?」
「ええ、そうしましょうか。」
美智子はそう言って敷布をたたんだ。
支度が出来たようなので啓一が、行きましょう、と言って手をつなぎにいくと、
彼女は啓一の目に天使のような微笑みを投げた。

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