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「都はるみ」/頂点を極めたがゆえの過大な精神的負荷

 都はるみの最近の消息には人生というものを考えさせられるものがある。ご存じの方もおられるように俳優の矢崎某と東北を放浪しているような消息をかなり前に聞いており、今もそれは変わらないのだろうと思う。
 もちろん、その良否を述べようなどと大それたことは考えていない。それは都はるみと矢崎滋の二人が自分たち自身で決めることであり他人がとやかく言うことではない。

 都はるみの唄が円熟を極めたのは、昭和55年(1980年)の「大阪しぐれ」であったと言って過言ではない。その後、普通のおばさんになる、と言った、大阪しぐれから引退までの5年間に唄われた曲が彼女の頂点であったと言って言い過ぎることにはならないと思っている。この5年間の唄には都はるみの凄みというものを感じる曲が多数あるが、そこに一筋の線があることに気付いていたファンも多い。それは「大阪」である。
 「大阪しぐれ」、「ふたりの大阪」、「浪花恋しぐれ」、「道頓堀川」といういずれもミリオンかそれに近い曲群である。「大阪しぐれ」は彼女自身が語っている(例えばメッセージ (樹立社ライブラリー・スペシャル)都はるみ著)ように歌手人生の画期となった唄である。それまで「なんでわたしはこんなに唄わんならんのやろう」という気持ちが心の底にあったのがはっきり変わったと明言している。聴く方のファンからすれば、まさに確かにそうであるはずだろうという腹に納得する名曲中の名曲だと思う。その彼女自身の思い入れがのちの「ふたりの大阪」、「浪花恋しぐれ」、「道頓堀川」に繋がっているのであろうし、引退までの5年間の”凄い”歌手活動となったのであろう。それを垣間見ることのできるのはyoutubeなどで、その頃の紅白の映像である。鬼気迫るという表現をしても足りないくらい都はるみの入れ込みようを見ることができる。ただ、蛇足なのであるが、私自身が最も素晴らしい出来と思うのは、昭和55年の暮れの日本作詩大賞を受賞した授賞式の「大阪しぐれ」の歌唱だ。この映像と音声はもちろんアップしてくれても良く消えるがたまたまアップされたときは”拝み得”ものなので是非ご覧いただきたい。
 また、都はるみのその画期をなす引退前の円熟の、大阪しぐれに始まる大阪の歌唄は新宿ゴールデン街で創られたということである。そのころ、あの中上健次に新宿を連れまわされていたらしく、浪花恋しぐれの岡千秋ともそこで知り合ったと言われる。おそらくそれらの唄にあるローカルでない普遍性は新宿で創られたというところにありそうな気がする。そしてそれこれの経験が都はるみの心に円熟を齎しそれこそが歌姫として頂点へと導いたものだったと思われる。そう思わずにいられないほどその頃の唄は聴くものの心に深く暖かく沁み込んでくる珠玉の香りがする。

 歌姫、という敬称は、女性歌手に与えられる最高のもので、私が思い浮かべられる範囲では、越路吹雪、美空ひばり、都はるみが挙げられ、松任谷由美や中島みゆきも軸のずれはあるかもしれないが並び称されて良いように思うし、吉田美和も加えたいという気がする(残念ながら男性歌手はそのレベルにあるように思えないのはどういうわけだろう)。
 しかし、それはさておき、都はるみである。昭和39年レコード大賞最優秀新人賞の「アンコ椿は恋の花」、「涙の連絡船」(昭和40年)、「好きになった人」(昭和43年)、そしてレコード大賞の「北の宿から」(昭和50年)と、国民的歌手となっていった。そして昭和55年レコード大賞最優秀歌唱賞の「大阪しぐれ」である。昭和58年夏、「男はつらいよ」に女優でない歌手として唯一マドンナに抜擢されたのは、渥美清さんがファンだったからと言われるが私はきっと渥美さんも「大阪しぐれ」に胸を打たれてしまったのだと思う。
 また引退復帰後、美空ひばり逝去の報を受け決意新たに復帰を果たしてからも、いくつもの心に響く唄を我々に届けてくれた。

 そのようなまさに珠玉のような仕事を届けてくれた都はるみであるが、そうであったがゆえに、唄った歌が芸能、芸術として素晴らしいものであったがゆえに、人間として必要以上の精神面での負荷を負ってしまったのではないかと思われる。冥利と言えば冥利に尽きることだろうが。
 しかし、歌手としての自分の唄がそれと不可分である本人の人間性に与えるインパクトが、個人の許容できる感性の枠を超えてしまったのではないか、という感慨をどうしても消すことができないのは私だけだろうか?

 もちろんこのような言い募りは、憶測の域を出るものではなく、不謹慎のそしりを受けるかもしれないが、頂点を極めた歌姫の人生の峻厳さについて、なにか哀しみを重ねずにはいられないところがあって、感ずる次第を述べさせていただいた。あくまでも個人の感性の中だけのこととご笑殺いただければ幸いである。


 
 
 


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