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ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜月夜の人魚-1

👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜人魚の泪 は、こちら。



🍪 超・救急車



「太士朗さん、そこにいるんでしょう?出てきてくだされ」

夏男はカイワレに呼びかけた。

カイワレは岩蔭からのそりと現れ、その場で棒立ちした。

「……………」

「後ろにいるのは、わかってました」

はじめて柔和な笑みを夏男はカイワレに向けた。

それから夏男は堰を切ったかのように、自分の話をし始めた。

「私はかつてこの島で、《人魚》と呼ばれた海女と恋に落ちました。彼女の名は、大根 喜久榮 と言いました。そう、あなたのお祖母様にあたる方とです」

カイワレは夏男の独白を盗み聞きし、大方の話の予測はしていた。

沈黙のまま、カイワレは夏男の話に耳を傾けた。

「彼女と出逢った頃、私はまだ学生で日本各地の郷土史を研究する学士でした。19の夏休みにこの島へはじめて訪れ、島一番の美人と評判だった喜久榮さんと恋仲になった。しかし私は学生の身分で、夏休みが終わる前に本土へ帰りました。喜久榮さんとは、再会の約束をしました」

細い目をさらに細くし、夏男は若かりしあの頃を鮮やかに語った。

「数ヶ月間文通していましたが、ある時を境にぱたりと連絡が途絶えてしまった。私は若気なひと夏の恋が終わったのだと自分に言い聞かせ、喜久榮さんには金輪際こちらからは連絡しない事を心に決めました。それから大学を卒業し、同大学の院生になりました」

学生服を着た若かりし夏男が、今の夏男に重なって見える。

「しばらくして郷土史研究の関係で、鳥海島へ再来しました。鳥海島を訪れるのも4年ぶりでした。小さな島ですから、私が島へ再来した事は島民にもまたたく間に話が漏れ伝わりました。そしてそれは当然、喜久榮さんの耳にも入りました」

夏男は急いて話したせいか、肩で息をしている。

けれど息つく間も惜しむように、すぐに話しだした。

「再訪した日、当時あの民宿で働くお婆より喜久榮さんからの言伝(ことづて)をいただきました。《今夜、月明りのあの浜辺で待つ》と。《あの浜辺》とは、幾度となく逢瀬を重ねた場所でもありました」

夏男の顔が紅潮し、身体に力がみなぎっていた。

「その日は一日、夜中になるまでそわそわし研究に身が入りませんでした。そして今いるこの場所で、ふたりは再会を果たした。いや、3人で会った…。もうひとりはお察しの通り、幼き悠一朗さん、つまりあなたの父親となられたお方です」

夏男の口から真実を伝えられたカイワレはひどく狼狽し、ふたたび突きつけられた奇っ怪な家族関係のもつれに困惑するしかなかった。

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