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ステラおばさんじゃねーよっ‼️96.出版狂詩曲(ラプソディ)

👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️95.祝宴の顛末〜はつ恋Kiss は、こちら。



🍪 超・救急車


カイワレ名義初の書籍出版が決定したのは、約3ヶ月前の散骨旅から帰宅した翌日。ーー

萌がカイワレの出版担当として若森に紹介され、その間萌との仕事を通じ、はつ恋も成就し公私ともどもカイワレは最盛期を迎える。

それまでに請負った他誌原稿の執筆と並行しつつ、出版プロジェクトも少しずつ進んだ。

月刊誌《Fabuleux》での連載見開き2ページの定期出稿の中から反響が大きかった24エピソードを書籍用に選出し、それらを丁寧に読み返し地道に再編集をかけた。

出版決定と同時に、「夢占い♡夢日記」の発売日が翌年元旦に決定したと聞かされた。

「頑張りましょうね!」

萌の愛らしい雰囲気に、カイワレは心を鷲づかみにされた。

⭐︎

あれからバタバタと日々は過ぎ、あっという間に12月を迎えた。

ようやく、まえがきと巻末インタビューをまとめ書き上げた。

最終入稿が12月3日のため、若干余裕をもって入稿できる。

入稿してからは出版担当の萌が多忙を極める。

原稿データを印刷会社に渡し、装丁及び100頁分の印刷仕上りを決定するために、色校や文字校での初校、再校、校了までを一週間以内に終わらせねばならない。

それが終わると、印刷会社にて印刷・製本の作業が始まる。

紙媒体の外注作業が進行している間に、電子および紙書籍のネット予約も開始し、電子版のリリースに向けても発売日を逆算する。

電子書籍の手配もすべて萌が行う。

また宣伝媒体の選定やその戦略、取扱店の確認や挨拶回りのスケジュール等を宣伝部と綿密に打合せし、各媒体やネットショップで露出を増やしていく。

今回の出版プロジェクトの大まかな規模は、

初版3万部×1冊1,500円=4,500万円

となっており、そこから書籍化に掛かった諸経費を差し引きギャラの分配を行う。

また売行き好調の場合、重版をかけなければならない。

そうなると、正月返上で働く必要が出てくる。

重版は出版社にとっても作家にとっても、嬉しい悲鳴である。

しかし担当者にとって、特に出版1ヶ月前は、なかなか過酷な業務の数々を強いられる。

どこまでやっても売上必至の保証はない。

売れるかどうかは、作家とその担当の力量が問われる。

担当作家のベストセラーは、担当者にとっても実績と名誉になる。

嬉しい悲鳴を上げるため出版担当は、日々有望な作家=売れる作家を探している。

⭐︎

とにかく今は無事に原稿が刷り上がり、綺麗に製本され、単行本の納品にこぎつけたい。

理想のスケジュールに沿い進捗するよう、作業工程を頭と体に叩き込む。

萌は想いを新たにし自分の頬をたたき、コーヒーメーカーの滴下が終わるのをじっと見守る。

「終わったー!」

カイワレが両腕を斜め上にあげ大きく伸びをした。

「先生、お疲れ様でした」

温かいおしぼりと淹れ立てのコーヒーを盆にのせ、萌はカイワレの自室兼仕事場に入ってきた。

「ありがとう」

萌がテーブルの隅に盆を置くとすぐさま、カイワレは萌を後ろから抱き寄せた。

「先生、仕事中ですよ」

萌は毅然とした態度でカイワレをはねのけた。

「ちょっとの間だけ。ね、お願い」

萌の耳元でささやきふたたびカイワレは萌を後ろから抱きしめた。

「もう、仕方ないですね。少しの間…だけですよ」

実のところ萌も久々に感じるカイワレの体温と鼓動に胸が震える。

「あ、夕陽が綺麗ですね」

抱きしめられたまま、萌はささやく。

「うん。でも、萌の方がもっと綺麗だよ」

「ありがとう。好き…です。太士朗さん」

「俺も大好きだよ」

ふたりは夕陽に溶け入りオレンジ色に煌めいていた。

それは一時の出版狂詩曲(ラプソディ)の不協和音に煩わされぬ、安らぎの時間だった。

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