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【エッセイ】エンパス!現実主義の母と私と幽霊と 16. 変わる夫婦関係

 ところで、私がボーッとした二週間(天界でのレクチャー期間)を過ごしている間、母と旦那はちょっとした修羅場になった様だった。

 何を思ったか、旦那が母の家に行き、私を一方的に悪者にしては自分は被害者ですみたいな顔をして、挙句、生活が苦しいからお金の援助をしてくれないかと申し出たというのだ。

 後からその話を兄と母本人から聞いた私は「うわっ!」と顔が引きつった。それは同じ人面が良い人種でも母と旦那とでは価値観がまるで違う事を知ってたからだ。

 田舎育ちで昔ながらの価値観そのままの母にとって、男とは正社員として毎日汗水流して働くのが当たり前、妻を養って当たり前、自分の親には毎月仕送りをするのが当たり前だと、そんな風に思っている。

 ところが突然家に来た娘の旦那はどうだ。

 結婚してすぐ仕事を辞めた。四年ほど無職で今は一日二時間の派遣のバイトをやっている。自分の親がお金を仕送りしてくれるが生活が苦しいからこちらでも援助してもらいたい――。

 こんな言い分、逆鱗に触れない訳がない。
 そもそも私は絶対母が怒ると思って旦那が無職なのは黙っていた。嘘がバレるといけないから実家にも行かなくなっていたし、それがこんな形で暴露する事となり、現場は荒れに荒れた模様……。

 母にとってはきっと旦那が宇宙人か何かに見えたのだろう。
 男のくせに四年も働いてなかったとはどう言う事だ! 結婚してる身で派遣のバイトとはなんだ! 大の大人が親に仕送りしてもらっているだと!? 自分にも援助しろだと!? ふざけるな! とまあ、それは物凄い剣幕だったと……。

 一方、旦那の方も自分の言い分が通らない事に困惑した様だし、それまでは親が子にお金を出すのは当たり前だと思っていたので母の言い分には驚いていた。


 後日、旦那の留守中、私の所に押しかけて来た母は私に対してもそれは怒り心頭だった。「全く情けない!」「親に心配かけさせるな!」「この依存症!」「ろくでなし!」と、これでもかと延々私を責め立てる……。

 この時、私は嫌々それを聞きながら、頭では冷静に母と旦那、両方を天秤にかけていた。そして、こんな母の元へ戻るより、このまま旦那といるほうがよっぽどマシだとその時思ってしまったのだ。
 前世を思い出したばかりで母の元へ戻るのは生理的に無理と拒絶感がすごかったし、つまるところ私は妥協したのだ。自分でも呆れるし本当にずるいと思うけど。

 実際問題、私には他に行く所なんてなかった。全ての友人関係を切ってしまったし、金銭面での問題や対人恐怖症もあったりで。
 母の所に行けばまたその事で責め立てられるのは目に見えていたし、その点旦那は天界でのアドバイスがあったので何かが変わる可能性も考慮しての事だった。


 もちろんその後、私の体調が落ち着いてからだが、今後どうするべきか、旦那ときちんと話し合った。

 基本別人のように吹っ切れていた私だったけれど、当初たまに暗い私が顔を覗かせたのは、あのレクチャー期間中、この世に留まったままだった半分の魂のせいだろうか。
 その暗い部分の私はまだ旦那に憤っていたし、許せないし、かなり相当憎んでいた。

 数日間に渡る話し合いの中、何度か暗い部分の私が顔を出し、これまでやられた事を思い出しては感情のまま離婚話もしたりした。
 けれど意外な事にこれには旦那が強く拒絶した。まだ前世うんぬんの話を一切語らない上での事だったので不思議なのだが、私の方から離婚を切り出した事に酷くショックを受けていた。

 結論を言えば、結局、私たちは離婚しなかった。
 単純に私には行く所がないから。旦那は家事をやってくれる人がいないと困るから。という事で妥協も妥協で共依存かもしれないが、今後は友達夫婦として、または同居人、同志としてやっていこうという事で話はまとまった。

 期待しなくなれば楽なもので、これがなかなかうまくいった。まさに友達夫婦(?)というにはそれほど仲良しこよしでもないが、それなりには会話が出来るようになったから。


 もしかしたら私は囚われ過ぎていたのかもしれない。知らず知らずのうちに私自身が母の思想に染まっていたというか……。あの母の男尊女卑の考えに少なからず影響を受けていたのではないだろうか。

 男は外で働くのが当たり前、女は家を守るのが当たり前、男は家長で一番偉い、女は一歩引いて当然だ……。そんな、男だから。女だから。という固定観念に囚われていたからこそ結婚生活がだんだん息苦しいものになっていったのではないだろうか。
 結局そこにズレが生じると不満が出るし、その凝り固まった固定観念をなくせなければ苛立ちばかりが膨れ上がり、いつか爆発してしまう。


 そして忘れてはならない、あんなに悩み倒した子供の問題についてだが、案外あっさり私の執着は手放せた。
 というのも前世の引き出しが開いた事により価値観の幅が広がり、少し時間は要したが、ようやく自分なりの答えに行き着けたからだ。

 なにか第三者の視点になったというか、そもそも私自身がそれほど子供好きではなかったじゃないかと、まずはそれを思い出した。
 嫌いなのではなくて、どう接したら良いか分からないというのが本音だが、それでそこからいろいろ自問自答を繰り返した。

 子供がいたらもれなくみんな幸せなのか。
 子供がいなければもれなくみんな不幸なのか。
 病気で子供が出来ない人はみんながみんな不幸なのか。
 子供がいるからこその幸せがあるように、子供がいないからこその幸せもきっとあるのではないだろうか――。


 そんな事を繰り返し考えるうち、なんか突然お気に入りのおもちゃに飽きたみたいにパッと執着が消えたのだ。不思議なものだ。今となっては何故あんなに子供に執着していたのか分からない。


 ともあれ、私たちなりの新たな関係を築けた事でしばらくは穏やかさを取り戻せた。

 しかしどうにも出来ない事が一つあって、今度は私の方が若干二面性みたいな、そんな風になってしまった。
 両極端というか、時折、俗世にまみれたあの暗い部分の私が顔を出す。その時ばかりは旦那に対しての怒りが再燃し、未だ恨みを感じざるを得なかった。


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