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ジョージアაბანო旅② 温泉街の公衆浴場は、女性市民の身繕い&女子会スポット

今回は、前記事で紹介したジョージアの首都トビリシの旧市街にある一大温泉街アバノツバニ(აბანოთუბანი)に現存するさまざまな浴場の中で、女性が入れる唯一の共同浴場である、დედოფლის აბანო(デドプリス・アバノ)、通称Queen's Bathという、かなりディープなローカル浴場での体験や観察記をお伝えします。

ジョージアの公衆浴場では、個室浴場か共同浴場をまず選ぶ

個室浴場の個室レイアウトの例(アバノツバニの名物浴場No.5の公式FBより)

ジョージアの浴場「アバノ」を訪れる際には、まず入り口で「個室浴場」か「共同浴場」のどちらに入るかを選びます。実際、どちらかしかやっていない施設も多いですし、全体的には個室浴場の数のほうが多いと思われます。
個室のほうは事前予約推奨で、支払う料金によりサイズやグレードにかなり差がありますが、1人〜数名用の湯船が中心にあり、かけ湯用の小さめの水槽や瓶、洗体の施術台(これは別室の場合も)、休憩用ベンチやソファ(店舗によっては茶の提供サービスもある)などが付帯した、こじんまり…とはいっても、日本の家庭用風呂よりはずっとゆったりできる浴槽とプライベート空間が主流です(※ちなみにジョージア人は、概して自家風呂は持ちません)。

個室浴場は、単身またはカップル・ファミリーでの利用が中心。料金は共同浴場の7-10倍くらいするのですが、個室の存在は、贅沢・快適さを求める高貴な人向けというだけでなく、人や文化によって「恥じらい」のある人でもストレスなく入浴を楽しめるように、という意図のほうが強いといいます。例えば、市内で宿泊していた宿のスタッフ、アハマド君は、お父さんがイラン人で幼少期はイランで育ったので、非ムスリム(クリスチャン)だけれど他者に全裸を見せるということは今でも生理的に耐え難いのだそう。だから共同浴場に通うより頻度は減るけれど、2ヶ月に1回くらい、さっぱりしたいときやデートの前などに奮発して個室をとり、1人で湯に使ってくつろぐ時間が自分へのご褒美だと話していました。

日本の銭湯でもしばしば見かける、ライオンの口から湯が放出されるディテール!
手前にあるのが、キシという洗体施術が行われる台(ジョージア観光情報サイトmadlobaより)

対して共同浴場のほうは、いわゆる日本の銭湯そのもので、受付で入浴料を払って男女の部屋に分かれ、更衣室で脱衣して(基本は)全裸で浴室へ向かいます。厳密には「どうしても着衣したければ、下着や水着を着て入っても良い」そうですが、少なくとも女性側は、私が何度も共同浴場に入る間、下着着用のままではいって来る人を見かけたのは1回だけでした。
料金は、2016年当時、1時間180円ほどでした。日本の地方県の共同浴場価格で、手軽に天然の硫黄泉に入れる感覚ですね。

ただ実は、共同浴場は「男性のみ」という施設も多いです(いわゆるゲイ浴場となっている場所もあるとか)。アバノツバニで最も有名な公衆浴場No.5も、悲しきかな男性のみ。しかも、概して共同浴場は男性側のほうが規模や設備が優遇されており(どこかで聞いた話…)、入浴者にとっては湯船のほうがメインであるものの、男性側には女性側にない簡易の「サウナ室」もあるのだとか…!

写真でしか見られなかった、男性側オンリーのサウナ室。(こちらもアバノNo.5の公式FBより)瓦礫のような粗雑なストーンが気になります(笑)

陽光の降り注ぐ硫黄泉かけ流しの贅沢浴場で、湯船と"キシ"を堪能

正直、外観は「ホントにやってるのかしら…?」と思わせる老朽っぷり。八芒星の窓穴は
イスラム教のシンボルであるルブ・エル・ヒズブみたいだし、全体的にもムーア建築風で、
やっぱりイスラミックな情緒を感じる

アバノツバニの温泉街エリアでは唯一女性側の共同浴場もある、Queen's Bathという英語名も看板に書かれたデドプリス・アバノ。毎日休まず営業していて、私が訪れた当時は確か朝7時からの営業でしたが、今は朝9時から夜10時まで開いているようです。
コロナの間に一度閉店したという噂も聞いて残念に思っていたのですが、少なくとも今年更新された地元の方の観光情報ブログに再登場していたので、無事に営業再開されていることを祈るばかりです!

正面の扉をくぐってすぐの角にある番台。夕方ごろの時間帯には、
スポーツ活動帰り?の未成年らしい子たちも見かけた

番台は入り口すぐ右手にあり、ここで入浴料を払うと、更衣室で必要になるレシートを手渡されます。設備に差があるからか、価格も男女で少し違うようでした。この先、男女で入り口が分かれます。

更衣室のレイアウトは男性側と少し違うみたい。というか、店の掲載写真を見る限り、
男性側のロッカーや椅子のほうがもう幾分格調高そうだった…

モザイクの散りばめられたアーチ天井の廊下をしばらく進み、重たいビニルカーテンをくぐると、無骨な木製ロッカーの並ぶ更衣室に行き着きます。更衣室にはロッカー番のスタッフが必ずいて、彼女にレシートを渡すと、使うロッカーを指定されます(この辺は、ロシアの老舗公衆バーニャと同じシステム)。
荷物を置いて脱衣が終わったら、先程のロッカー番さんに声をかけて、施錠をしてもらいます。鍵は自分で預かれるわけではないので、念のため、貴重品は持ち込まないほうが無難でしょう。浴室へのタオルの持ち込みは一切禁止。あればビーチサンダルを履き、ソープ類だけもって入室するのが正解のようです。

浴室は予想以上に薄暗く、小窓やドーム状の丸い天窓から差し込むわずかな自然光と、壁にいくらか設置されたか弱いランプの光でかろうじて照度が保たれています。とりわけ、この天窓からの光が、湯気を透かしていてとても美しく、礼拝堂のような神々しさを演出しています。
この温泉街を俯瞰したときに見えている各浴室のドームのトップにある天窓一つ一つが、適宜蒸気を逃がしつつ、この神秘的な採光を実現させているのです。

壁には細い鉄パイプが張り巡らされていて、そのところどころにある蛇口から、透明だけど少しぬめり気のある、硫黄臭の強い熱湯(43度くらい)が滝のようにドボドボ放出されています。各々それをシャワー代わりにしてかけ湯や洗体をするのですが、なぜか使用後も誰も蛇口を閉めないので、天然温泉が駄々漏れ状態でちょっともったいない気も!

共同浴場の湯船は、1面が4-5人でいっぱいになるくらいのサイズ感で、かなり深い。
153センチの私でギリギリ足がつくくらい(ジョージア観光情報サイトmadlobaより)

浴場には、畳2畳分くらい(4,5人用?)の四角い浴槽が壁際に2つ設置されていて、そのすぐそばに、枕部分だけが少し高くなった施術用の台座が3台並んでいます。
浴槽内には、鉄パイプからでる熱湯よりややぬるめのお湯が張ってありますが、それでも40度あるかないかで、日本人感覚でも決してぬるいと感じるほどではありません(※西洋の温泉やスパ浴槽は、30-35度までうめてあるのが一般的です。さらに熱湯を出し続けるホースも浴槽に突っ込んであって、湯に浸かりながら、頭からその熱湯をかぶるお客さんもちらほら。こういう光景を見る限り、ジョージア人は西洋人平均よりもずっと熱いお湯のほうが好みなんでしょうね…嗚呼、親近感!!
ちなみに浴槽は1メートル以上の深さがあり、かがんで身を沈めることはできません。端に手をかけて立って浸かる、という感じです。この体勢は、長くくつろぐにはちょっと辛いかな?

推定50代以降のおばちゃん、おばあちゃんが客層の中心なのは、世界中どこの老舗公衆浴場も同じでしょうか。ただ特に朝方には、1~2人は20、30代の女性もいます。ちなみに、一番風呂を目指して朝一で訪れても、常連さんの前入れ習慣があるのかすでに何人もお客さんが…という状態で、逆にお昼直後は一番すいていてゆっくり入れました。
夕方以降は常時10人近いお客さんで賑わっていて、子供連れのお母さんもいます。低年齢なら男の子でも女湯に連れてこられていました。総じて、日本の古き良き銭湯の日常とシンクロする光景ですね。

メキシによるキシ(洗体・垢すり・マッサージのパッケージ)の、洗体の様子。
粗い目のネットからシャボンを全身に噴出させて全身をガシガシ洗っていく
(近所の公衆浴場No.5の公式FBより)

せっかくなので、現地語でキシと呼ばれている、スタッフによる洗体・垢すり・マッサージのパッケージもお願いしてみました(30分で600円ほど)。アバノの専属マッサージ師たちはメキシと呼ばれ、かつては立派な一職業だったそうですが、今はなかなか受け継ぎ手もいないようです(現役メキシの興味深い英語インタビュー記事が見つかったので、よければどうぞ!)。

前のお客さんが終わるまでは湯に浸かりながら待ち、呼ばれたら石造りの台座に座らされて、まずは垢すりから。他国では施術者たちは下着や水着をつけていることが多いですが、メキシおばちゃんたちは、素っ裸の出で立ちです。イーストの香りがする石鹸とヘチマたわしのようなものでガシガシこすってもらうのですが、手加減一切無しで、正直肌が弱い人にはおすすめしません(笑)シャンプーもしてくれましたが、なんだかもうトリマーに動きを押さえつけながらいやいや洗われるペットの気分…。ちなみに洗体時は目の粗いネットのようなもので何度かシャボンを噴出させ、全身泡まみれにされます。

洗い流しはもちろん硫黄泉で。施術中は、心地よいというより嵐のような強引な施術にさんざん振り回された感がありましたが、終了時の肌は驚くほど全身すべすべで、肩もすっと楽に。これぞジョージア流キシの爽快感なのでしょうか。
ともあれ、公衆浴場がもっと賑わいひしめいていた時代は、キシの良し悪しが店舗の人気を大きく左右していたのだそうですよ。

女子更衣室は、男抜きで「女」をめいっぱい楽しむ隠れ家

日中から夕方にかけては、机に売り物の下着がズラリと並び、
エステティシャンたちがしつこいくらいに客の呼び込みを続ける

硫黄泉も、長らく居住国の蒸気浴で「代用」入浴していた日本人の私を大いに癒やし、感動させてくれましたが、個人的にすごく印象的に残っているのが、女子更衣室の光景です。

朝はまだ比較的静かですが、客足も増える日中から夕方にかけては、明らかに客以外の人も、ネイルアートの施術者や色鮮やかな下着をずらりと並べる売り子さんなどが、ただでさえ狭い更衣室を陣取って待機していて、「ついでにいかが?」とややしつこいくらいに入浴客に声をかけてきます。これはさすがに、日本の銭湯やフィンランドの公衆サウナでは見かけない光景…!
そして、湯上がりの女性客の中には、もう湯冷めしてないですか?というくらい長々とおしゃべりに夢中になっている人も少なくありません。

歴史案内板によれば、このアバノツバニ温泉街の公衆浴場はかつて、とりわけ女性市民が美容を保つための場として、そしてオトコ抜きで「女子会」に明け暮れるための息抜きの場として、とても重要な意味を持っていたのだそうです。昔は、公衆浴場は24時間開放されていたので、地方からの旅人や農民が夜を明かすこともあったし、女性たちが公衆浴場を利用する日は、終日そこに居座るのも普通だったとか。

アバノツバニ地区の歴史を伝える案内看板。
いかに女性が公衆浴場を「女子会会場化」してたかがわかるイラスト!

健康や美容に良いとされる硫黄泉にたっぷり浸かって、さらに浴室内に設置された台座で垢すりやマッサージを施したあとは、タオルを巻いた姿でお茶を飲み、長々と世間話に興じるだけでなく、ファッションや身だしなみの品評会に突入。新しい服やジュエリーを入手したらまず浴場の集いで他の女性たちにお披露目してチェックしてもらうというのが日常で、さらに驚くべきは、(さすがに現代ではもうありえないそうですが)息子の結婚相手に関する情報交換や密偵の場でもあったそうです。我が子の未来の新婦の体つきを、未来の義母が浴室でこっそりチェックしていたらしいですよ…!

こうしたたくさんの逸話を聞く限りでも、まさに公衆アバノは、社会的にはしゃしゃり出ることのあまり許されない女性が、男性の目を気にせず色気を高め、かつ日々の愚痴やストレスを発散するために(?)通っていた「秘密の隠れ家」だったのでしょうね。
ちなみに公衆浴場が「女子会会場化」する現象は、実は世界的にも、男尊女卑の傾向が強い社会ほど顕著で、例えばこの数年後に訪れたモロッコの公衆ハマムでは、ヒジャブを取った姿の女性たちが、タジン鍋を囲みながらさらにハツラツと大盛り上がりしている光景を目の当たりにしました。

フィンランドのサウナで、男性たちが集うとなぜかシリアスな本音トークばかりが繰り広げられる…という「あるある」が存在するように、きっと男性側アバノにも、女性側とはまた違った特有のムードや楽しみ方があるのでしょうが、そこまでは調査できなかったので、ぜひまた殿方の体験記もじっくり聞いてみたいものです。

次回予告

独りゆっくり湯に浸かれる個室浴場もいいけれど、共同浴場の人間模様観察にハマった私は、
旅後半はデドプリス・アバノの目の前の民家で民泊し、1日数回入浴に通っていました笑

次回からは、言葉も背景も良くわからないままなんとなく入浴体験を楽しむだけではあまり見えてこなかった、この国のアバノ文化の歴史や「なぜ蒸気浴文化ではなく温水浴が廃れなかったのか」の疑問にメスを入れるため、現地の専門家と一緒にまわった旅で得た知見を徐々にレポートしてゆきます!

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