キュン (4/4)
あの電車での出会いから二週間がたった。その間に少し冷静になれた。僕はふつふつと湧き上がるまた会いたいという欲望を何とか抑えつつある。
ふとした時に彼女を思い浮かべたり、すれ違ったポニーテールの人にいちいち反応したりはするが、朝から晩まで一日中彼女のことを考えるなんていうのは、やっとのことでなくなってきた。
ただ、どうしてもとしきには様子がおかしいことを隠し切れなくて、何かあっただろと詰め寄られるのをのらりくらりとかわしている。
最近は上の空な僕を心配するばかりでお得意の恋愛トークが展開されていない。意外と律儀なところがあるとしきは僕が理由を話すかもとに戻るかしないとなかなか普段の異性大好き話を始めないだろう。僕がしっかりしなければ。
五時間目。今は文化祭の係決めが行われている。
昨年は学年全体でモザイクアートづくりという素晴らしい内容だった。色画用紙を小さな正方形に切りわけ、大きな紙に色をわけてぺたぺた貼っていくという単純な作業。
来年も同じ内容で頼むと思っていたが僕の望みはどうやら叶わないようで、二年生はお化け屋敷や演劇などをするらしい。ちなみに三年生はカフェなどの飲食系だそうだ。
担任の先生が文化祭のだいたいの概要を話しているとき、僕には関係のない話だと踏んで違うことを考えていた。
文化祭の定番と言えば、メイド喫茶があげられるが、もし彼女がメイド服を着たらどれほどかわいらしいことだろう。実際には一年生は学年で一つのことをするようなので、そんなことは起きないにしても、妄想の中でなら自由。カフェオレを頼んで、あの子にお待たせいたしました!って明るい声で言われたらきっとリアルに1.5倍は美味しくなる。
彼女はどんな声をしているのかな。
「おい」
バンドなんかもいいのでは。彼女がボーカルで汗を滴らせながら一生懸命歌う姿はさぞ健気なものだろう。
彼女の歌声を聞いてみたい。
「おい!」
「え、」
ふと気づくとクラス中の視線が僕に集中していた。先生の表情から察するに、今の「おい」は何度目かの「おい」だったようだ。これはやらかしたな。
「はい。」
とりあえず真剣な顔で返事をして、先生の反応を待つ。
「長谷川、お前話聞いてたか?」
ここは正直に答える。
「すみません、聞いていませんでした。」
先生はちょっと気持ち悪くにやついていて、クラスの皆もクスクス笑っている。なんだこの空気。本当に怒っているわけではなさそうだ。
「長谷川~、お前はよく先生の話を聞いてくれる生徒だが、今日に限ってなぁ、、俺も悪いが、お前も運が悪かったなぁ。」
「どういう意味ですか?」
「今な、『全員手あげろ、一番遅かった奴が実行委員な。』って言ったんだよ。突っ伏して寝てた櫻井を狙ってたんだが、こいつちゃっかり聞いてたみたいで、まさかお前が最後まで手を上げないとはなぁ。」
それはつまり。
「すまんが、実行委員、やってくれるか。話し合っても決まらんぽいし。」
ほぼ強制的な空気が教室を埋め尽くした。僕としたことがなんというミスだ。そもそも僕は皆が手を挙げている状況にも気づかなかったのか。先生とクラスの皆が結託して嘘をついているんじゃないかと思ったが、まぁ、違うだろうな。
「・・・はい、わかりました」
仕方なく了承した僕は、先生の指示に従い、としきにもえくぼ付きの顔で見られながら黒板の前で続きの進行をさせられた。
「えー、それでは続きは僕が進行します。まず、もう一人実行委員を決めないといけないらしいんだけど、誰かなってくれる人はいませんか?」
一応言ってみたものの、さっき僕以外の全員が手を挙げたんだからいるわけがない、
「はい。」
クラスの半数が分かりやすく声の方へ顔を向けた。
手をまっすぐにあげてこちらを見ているのは、佐々木さんだった。皆も疑問の表情を浮かべている。
「佐々木さん?いいの?ほんとに」
「うん。実はさっきも迷ってて、誰もいないならやっぱりやろうかなって。」
「そっか。じゃあ、もう一人の実行委員は佐々木さんでいいですか?」
何人かの男子が羨ましそうに睨んでくるが、僕にはどうしようもないことなので無視を貫いた。
その後は佐々木さんの進行のもと、滞りなく決定事項がそろっていき、僕のクラスは謎解きゲームをすることとなった。とりあえずその日の話し合いを終わった。先生から来週実行委員の集会があると伝えられ、自分の嫌そうな顔を自覚しながら了承した。
余計なことを考えていたせいで本当にめんどくさいことになってしまった。
集会の日、何人かの女子と談笑している佐々木さんのところへ行くと、僕の気配に気づいたようで、話を切りあげて、筆箱を出し、 「それじゃ、行こっか!」
と、屈託のない笑顔で言われた。としきの視線が痛い。
そのまま一階にある第三学習室に向かった。集まる予定の人数の半分くらいがすでに座っていた。
僕は眠たかったので、会が始まるまで寝ることにする。活発そうな佐々木さんは他クラスの友達と話しているらしかった。
徐々にガヤつきだす教室と入ってくる生徒の足音を脳を通さずに耳に通して寝ていたが、実行委員長の号令で起きなければならなくなった。
背中から体を起こし、だらしなく立って実行委員長を見る。一見慣れているような印象を受けるが、頬の赤らみから緊張していることがまるわかりである。
こわばった彼の号令で席に座る。なんとなくあたりを見回すと、周りには僕の予想以上に人数が集まっていた。
集まっていた。集まって、、い、た。
い、、た。
あの子がいた。
壁際の隅に座っている。
急に胸の鼓動が早まった。多分僕の頬は、実行委員長君の100倍は濃い赤で染まっていることだろう。
ずっと会いたいと思っていた人に会えた喜びだけではない。それは、それ以外の言葉があてはまらない感情のことだった。
自分の目で彼女の横顔を見て、耳がふさがれた。胸の鼓動が脳に響くようにうるさい。脳はずっとぐるぐる考えているようで考えていない。あの時の熱さも音も、過ぎ去ったものではなかった。
あの憂鬱さも悔しさもそれによるものだったし、いつもついて回った高揚感はそれの証だった。ずっと僕の中にある僕の感情だったのだ。燃えるように熱い熱も、キュンとなっているこの音もまやかしではない。
僕は今、
彼女に初めての恋をしている。
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この小説は、日向坂46さんの楽曲「キュン」を参考に執筆させていただいております。ぜひともそちらもお聞きになってみてください。
また、この小説に関しまして、私がシナリオも構成も考えず、なんとなくで書き始めたものです。小説の執筆は思っていたよりも楽しく、この小説はいったん切り上げて、次の作品をちゃんと構成を考えてから書きたいと思っています。ただ、準備なしで書き出したとはいえ、この小説を中途半端で終わらせるのもなぁ、という気もしておりますので、評判がよければ、続きを書いていこうと思います。
もし、続きが見たいと思っていただけたら、気楽にいいねやコメントをよろしくお願いいたします。
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