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キュン (3/4)
翌日。眠たい目をこすりながら、ホームで電車を待っていた。電車が駅に入ってきてから、完全に止まるまでの間、通り過ぎる車両の中をしっかりと見る。電車に乗り込む時、いったん全体を見渡す。座席に座ったら、正面、右端、左端、連結部分のドアから見える隣の車両を順番に見る。
そこまでしてやっと気づいた。また僕は彼女を探している。昨日たまたま見ただけの彼女を。いつもは本を読んでいる時間をつぶしてまで、ひたすらあたりを見渡していた。昨日、僕が下りた時に彼女はまだ乗っていた。だから僕より前の駅で乗り込んでいるはずだ。普段は何も考えていない登校中の電車の中。
たった一度しか見てない彼女を探すなんてことは、自分でも信じられない行動だ。
ただもう一度、顔を見て、もう一度、姿を見て、耳から離れないこの音が、キュンと心を弾ませるこの音が、確かに恋なのだと認めさせてほしい。
静電気みたいに一瞬ではなく、これからも続く熱さなのだと確かめさせてほしい。
電車の中で、彼女を見た時、あのビリビリしたような感覚が、キュンとなったあの音が、恋が始まった瞬間なのか。
結局あの子と会うことはなかった。もちろん確率的に考えて、昨日の今日で同じ電車に乗り込む可能性なんてほとんどないと分かっていた。そんなことは予め分かっていたのだからこの憂鬱な気分は、二年目の高校生活が始まることへの落胆によるものだろう。
「おいっす!」
下駄箱で靴を履き替えていると急に背中を押された。
「おぉ。」
なぜか思うように言葉が出なかった。昨日から頭を回転させ続けてきたせいかもしれない。
「おぉ。って。昨日寝てねぇのか?」
「まぁ、ちょっと寝不足かもな」
靴を履き終えて一緒に歩き始める。
「何してたん。また読書か?」
「うん、まぁ、そんなとこ。」
「ふ~ん。ほどほどにせんと、学校きつくなるぞ。」
意外と厳しい所があるんだよなぁ。
「分かった。気を付けるよ。」
下駄箱を抜けて教室に向かおうとすると、
カツカツ。
目の前をさらりとした髪の女の子が通り過ぎた。昨日の彼女より少し背丈が小さい。その女の子は電車の彼女ではなかった。
この残念な気持ちは、彼女じゃなかったからなのか、ずっと彼女を探し続けているのぼせた自分になのか。
交錯する感情のなかでもずっと居座るこの高揚感は、たった一つの可能性につながっているのに、僕は気づかないふりをする。
すると、目の前を通り過ぎた彼女がバッグのポケットからハンカチを落とした。水色に雲の刺繍のハンカチ。
「ちょっと。落としたよ。」
ハンカチを落とした女の子は振り返りざまにお礼を言った。
「あ、ありがと。」
そして顔を上げ、僕の顔を認識した。
「え?」
彼女は、僕の顔を見るや否や、疑問の表情を浮かべた。その反応に思わず僕も眉を顰める。しばらくの沈黙。
「あの、何ですか?」
「あ、いや、何でもないです!ごめんなさい!」
沈黙に耐えかねて尋ねると彼女は突然走り去ってしまった。
今の反応はなんだったのだろう?
「おい、翔太。佐々木さんのハンカチ拾うなんて、羨ましいな!」
今のが佐々木さんだったのか。なるほど、確かに整った顔をしていた。学年のマドンナとしては申し分ないルックスである。大きな瞳に、綺麗な鼻筋。少し小さめな身長で見上げられると、若干猫っぽい雰囲気を感じ取れる可愛らしい女性だと思う。
しかし、それにしたってハンカチを拾っただけで羨ましいと言われるとは。としきは佐々木さんのことを天使とでも勘違いしているのだろうか。
「ハンカチを拾っただけで、大げさだよ。」
佐々木さんが僕の顔をみて困惑したこと、そして、何でもないと言って走り去る時、口角が上がったように見えたことに少しの疑問を持ちつつも、気に留めないことにした。だって、学年で一番かわいいと言われているような彼女と、これから先関わることなんて、きっとないだろうから。
今日から早くもがっつりと授業が始まる。僕は休みの間も起きる時間は変えないように注意していたので、そこまできつくはない。ただ、大半の生徒は春休みの間自堕落な生活を送っていたようで、赤べこのようにぺこぺこしている人が多くて、妙に面白かった。
一時間目の時に前の方の席にいる佐々木さんが、一度こちらを見てきた。さっきハンカチを拾ってもらったことを気にしているのだろうか。落とし物を拾われるくらいよくあることだろうに、不思議な人だ。一度僕と目が合ってからは、佐々木さんがこちらを見ることはなかった。
昼休み。僕はとしきと教室で弁当を食べ終えた後、ぶらぶらと売店や食堂をうろついてみた。誰に話しかけられるわけでもないのに、『弁当じゃ足りなかったから何か食べようかと思って。』という建前を用意して。つい、電車の彼女を探し回っていた。
一目見ただけの彼女を探すために、学校内をウロチョロする。一昨日までの僕なら、彼女をまだ見ていない僕なら、今の自分の行動を理解できないと嘲笑するだろう。
胸の奥の高揚感に促されるままに、僕は行動を起こしてしまう。もし会えたとしても声をかける勇気なんて持ち合わせていない。冷静に考えれば、会えたとしても知り合う勇気がないのなら、探しても意味はない。それは分かったうえであっても、僕は教室を出てしまった。
こんなに自分のことを理解できないのは初めてだ。もう少し冷静な男だったはず。自分の思考以外の何が今の行動の原動力になっているのだろう。
結局、電車の彼女を見つけることはできなかった。少しでも視界に入ったら気づく自信があるのに。
まぁ、そうそう会えるものでもないだろう。約900人近くいる学校の中でたった一人と会うことなど難しいに決まっている。冷静な僕ならそれくらい割り切れる。
だからこの悔しさは僕のものではないはずだ。僕はそんな幼稚な心を持ち合わせたことはない。ちゃんと割り切れる。
授業が終わり、今日も一番奥のベンチに座る。桜は相変わらず綺麗に散っているが、ホームまでは流れてこずに線路に落ちていく。
もうすぐ電車がつく。ホームにはまだいない。
電車に乗り込む。同じ車両にはいない。
電車から降りる。走りすぎる電車の中を眺める。いない。
何をしているんだ。簡単に会えるわけがない。四六時中探す意味もない。会いたいのは事実だが、普段どおり過ごして、偶然会うのを待てばいいじゃないか。こんなバカみたいなこと。
あ!
違う人か。
また僕は。こんなにも分からない。感情が思考に追いついていないような、考えるより先に行動してしまうような。やはり僕はあの子に恋をしたのだろうか。これが恋というものの盲目さなのだろうか。こんなにも自分が分からなくなるものなのだろうか。もう一度彼女に会えば、それも分かるのだろうか。
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この小説は、日向坂46さんの楽曲「キュン」を参考に執筆させていただいております。ぜひともそちらもお聞きになってみてください。
また、この小説に関しまして、私がシナリオも構成も考えず、なんとなくで書き始めたものです。小説の執筆は思っていたよりも楽しく、この小説はいったん切り上げて、次の作品をちゃんと構成を考えてから書きたいと思っています。ただ、準備なしで書き出したとはいえ、この小説を中途半端で終わらせるのもなぁ、という気もしておりますので、評判がよければ、続きを書いていこうと思います。
もし、続きが見たいと思っていただけたら、気楽にいいねやコメントをよろしくお願いいたします。
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