見出し画像

キュン       (1/4)

 電車に揺られながら、僕はときめいた。
 さらりとした髪が揺れ、クリッとした目がビー玉のようで、少し分厚めの下唇が愛らしい。
 人は見た目によらないなんて当たり前のことは分かっている。
 怖そうで優しい人もいる、真面目そうで悪い人だっている。たった十六年の人生の中でも、数多く経験してきたことだ。
 当然、外見が美しくても中身が美しいとは限らない。
 彼女の声も、話し方も、性格も、何も知らない。
 彼女の年も、クラスも、名前すら分からない。
 彼女のことを何一つ知らない。
 それでも僕は、桜の雨が窓をなでる電車の中で、どうしようもなく理解した。
 僕は彼女に恋をしたのだと。



「別に興味ないよ。」
 高校に入ってからの唯一の友人であるとしきに僕はそう答えた。
 としきはモテたい、純情な恋がしたいと常々語っているような男で、今も気になる子はいないのか?なんて問いを投げかけてきた。
 彼は、僕が高校一年生の時の自然教室で知り合った友人だ。当初から異性への興味は絶えないようで、宿泊行事の定番である夜の語らいでは、進んで女子の格付けをしていた。
 僕は、そんな彼とは違って恋というものにさして興味がない。というより、分からないという方が正しいかもしれない。
 十六年間、平凡な人生を過ごしてきたが、一度も誰かにほれ込んだことがないのだ。
 だからこそ、としきの話は興味深く感じる。
 あの子はよく目があうからきっと俺のことがすきだの、あの子は顔はまあまあだけどしぐさが可愛らしくて高評価だのとよく言っている。
 よくもまあそんなに異性を見ているものだ。
 しかも、としきは二か月に一回のペースで好きな人が変わっている。一度も好きな人が存在したことがない僕にとってはそんなとしきの話が刺激的であり、面白いのだ。
 「おーい、お前ら座れー。」
 としきの話に付き合っていたら、いつの間にか担任の先生が入ってきていた。
 「よし、全員揃ってるなぁ。新しいクラスでまだ落ち着かないようだけど、あんまりうるさくするなよぅ。」
 今日は4月6日。始業式である。二学年の下駄箱の入り口に新しいクラスが名簿となって張り出されており、僕ととしきは三組だった。二学年は全部で8クラスあり、一クラス40人程度だ。
 軽く担任から挨拶があり、その後、廊下に整列して体育館に移動する。
 教頭が発音よく開式の挨拶をして、二年後には忘れているであろう校歌を口パクで歌い、校長の話を適当に聞き流して始業式を終えた。
 始業式を終えるとすぐに教室はざわつき始めた。新学年が始まる時にはどこか浮ついたような、あるいは少しの緊張を孕んでいるような何とも言えない空気が漂う。
 式のあとはいつも間が空くので、廊下にも多数の生徒が行き交いだした。
「え~、しほりーにょ二組なの?一緒になりたかったねー!」
 なんだそのあだ名は。呼ぶ方はもちろん、呼ばれる方も恥ずかしいだろ。もうちょっといいあだ名があるだろうに。
「お前何組?俺のクラス陰キャでつまらんやつばっかでさ~、ハズレだわ~。」
 あいつ確か俺と同じ三組だったよな。こっちとしてはお前のように無意識に人を見下すやつがハズレ要素なのだが。
 すぐ横の窓から聞こえてくる会話にひねくれをまぜてつっこんでいると、としきが話しかけてきた。
 「おい、翔太。どうだ?かわいい子いるか?恋しそうか?」
 本当に話題の九割は女子関連だな。
 としきは以前から僕のことを心配している節がある。
 生まれてから高校二年生に至るまでの十六年間、恋の経験がないのは異常だというのだ。
「特に何も感じないな。としきはどうなんだ?」
 その質問を待ってましたといった感じで急に前のめりに喋りだした。
「そうだなぁ。まず、あの端っこで本を読んでる子はかわいいだろ。んで、今前の方で集まっている子達の右側の子は、顔は普通だけど、無邪気そうな感じだな。ああいう雰囲気っていいよな。」
 次々と女子の第一印象を連ねていくから、きっと朝の段階から女子を観察していたのだろう。ここまで来るとちょっと引くレベルだが、まあ、唯一の友人としてそこはご愛嬌ということにしておこう。
「何といっても、佐々木さんが一緒のクラスなのはラッキーだよな!」
 今までよりも一トーン高い声で嬉しそうに同意を求められた。
「佐々木さん?」
「え、知らねえの?この学年で一番かわいいって言われてるのに。ほんと、女子に関しては情報不足だよなぁ。」
 そう言われて周りを見回したがそれらしい人は見当たらなかった。僕の中のかわいいの基準が高いのかと自分を疑ったが、としきがつらつらと話す内容を聞いていると、今日は休んでいるらしい。
 先生が来たら、ある程度自己紹介と係決めをした後、すぐに下校となった。

下駄箱を出て駅に向かう。としきは自転車で僕は電車なので帰り道は一人だが、一人だからといって特に思う所はなく、むしろ気が楽だ。
 うちの高校は小高い丘の上にあって、門を出たら右も左も坂道になっている。登校する時には自転車通学の生徒たちがぜいぜい言いながら僕を追い越して坂を上っていく。そういった生徒たちはこの坂道を恨んでいるようだが、僕はわりと嫌いではない。
 普段家でだらだらするのが日常の僕にとって、駅から学校までの坂道はよい運動の機会だし、何よりここの坂道に差し込む日の光が心地よいのだ。
 歩道の脇には程よく桜の木が生えていて、日向に出るたびに温かみを感じられる。また、坂の上から吹き抜けてくるそよ風が綿菓子の中に突っ込んだようにふわっと柔らかく包み込んでくれる。
 正門を過ぎて右の坂道を下り、しばらく歩いて最初の信号を左にまっすぐ歩くと10分ほどで駅が見えてくる。僕にとってはちょうどいい距離感だ。
 改札を抜けてホームにでた。手前のベンチはスルーして、一番奥のベンチに座る。いつもの定位置である。次の電車が来るまで五分ほど時間があるので、いつも通りバッグから本を取り出そう。
 と、思ったが、やめておいた。
 ホームの床にはピンク色の花びらが散らばっている。それは向かい側のホームにあるフェンスの上から流れてきていた。
 桜だ。
 今日は桜がきれいだ。ちょうど真上から差し込んでくる陽光が、花びらの一つ一つを輝かせている。
 その景色に見とれていようと決めた。実際にはそう決めるまでもなく、きれいだと自覚するよりも前に、見とれてしまっていたのだが。






==================================

この小説は、日向坂46さんの楽曲「キュン」を参考に執筆させていただいております。ぜひともそちらもお聞きになってみてください。

また、この小説に関しまして、私がシナリオも構成も考えず、なんとなくで書き始めたものです。小説の執筆は思っていたよりも楽しく、この小説はいったん切り上げて、次の作品をちゃんと構成を考えてから書きたいと思っています。ただ、準備なしで書き出したとはいえ、この小説を中途半端で終わらせるのもなぁ、という気もしておりますので、評判がよければ、続きを書いていこうと思います。

もし、続きが見たいと思っていただけたら、気楽にいいねやコメントをよろしくお願いいたします。


                7/17                           #165


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?