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稲沢真澄の性別(森博嗣『夢・出逢い・魔性 You May Die in My Show』感想)

感想、主に探偵・稲沢真澄についてです。

森先生の洒脱なタイトルがまた一段と光る、Vシリーズ第4作(久しぶりのトリプルミーニング。光りすぎかも?)。『夢で逢いましょう』『夢・出逢い・魔性』『You May Die in My Show』全てがきちんと内容にリンクしています。好きなキャラクター(れんちゃん)が活躍していたので、とても楽しく読みました。

動機は異常。しかし人を殺すという行為自体が異常なのに、その動機に異常と正常の区別などあるのか。むしろ、正常な動機で異常な行為を起こす方が恐ろしい。いや、私たちが異常だと思っている動機こそが正常?人を殺すことは本当に異常?ああ、訳が分からなくなる。このシリーズが行き着く先を早く見届けたいです。

また、解説に同意。根源的な重い問題を、森ミスでは押し付けがましく主張せず、日常の中にサラリと差し込みナチュラルに気づかせてくれる(うーん、上手く説明できない……)。気張らず、押し付けず。この絶妙な脱力感が心地いいです。

そして話題をもう一度本編に戻しますが、私は稲沢真澄の性別がわからない間、「(性別がわかる描写を)読み飛ばしてないよね?」と少々不安になりつつ、意図的に隠されているような雰囲気も感じていました。結果として、性別はしっかりと意図的に隠されていたようです(以下ネタバレ)。


たとえば、

稲沢は小柄で、保呂草よりも頭一つ分背が低い。真っ直ぐの髪は長めで、特に前髪が目にかかっている。(講談社文庫『夢・出逢い・魔性』58ページ)

という一文。身長については「保呂草さんよりも頭一つ分も背が低いならば、きっと小柄な“男性”だ」と思ってしまいます。また、髪については「男性で髪が長めということは、肩くらいまでの長さだろう」と読者は考えます。

身長に関しては、私たちが普段から無意識的に人物を男女で区別していることによるミスリードでしょうか。

保呂草さん(『黒猫の三角』で背が高い男だと描写されている。178cmはありそう)よりも頭一つ分背が低くても、女性という括りの中では特段小柄というほどでもないはずです(しかし、平均的な身長の女性でも、男女合わせて人類全体で見れば“小柄”だと表現できるかもしれません)。「それをわざわざ描写するということは、きっと男なのだろう」と勝手に思い込んでしまいました。さらに「探偵といえば男性だ」という固定観念がプラスされて、「稲沢さんは男性なのだろう」と読者は無意識のうちに判断してしまいます。


(森ミスを通して自分の視野の狭さ、言葉に対する誠意の無さ、言葉の恐ろしさを自覚するうちに、“小柄”という言葉ひとつとっても考え込むようになってしまいました(笑))

髪の長さに関してはどうでしょう。私は肩くらいまでの長さの男性だと思っていたけれど、女性で長いというのなら、やっぱり胸の下まであるのかな?

……いやいや、身長も髪の長さも、結局は保呂草さんの主観です。学びましたよ。女性の中でも長め、つまり胸の下まであったのかもしれないし、本当に肩くらいまでの長さ(それを保呂草さんは長いと感じた)だったのかもしれない。ところで保呂草さん自身は長髪だと描写されますが、保呂草さん自身は自分の髪を長いと感じているのか……。実際どれくらいの長さなんでしょうね〜(興味持つところに私のオタクっぽさが出ててしんどい)。


以上の考察もどきは全くの的外れかもしれませんが、ともかく、多数の読者が稲沢さんの性別を最後まで勘違いしていたことは間違いありません。

このようなミスリードに、私たちはいとも簡単に騙されてしまう。性別というものはその程度の意味しかなさないということでしょうか。森先生は性別に関する謎で読者をよく騙しますよね。性別による固定観念に凝り固まった読者の感覚を解きほぐしてくれます(多分)。ありがたや。


また一方で、Twitterを検索してみると、「稲沢さんのこと(地の文で)彼って言ってるじゃん!」という声も聞かれました。軽く読み返してみると、確かに地の文で稲沢さんを『彼』と呼んでいるように取れる描写がありました。

稲沢真澄と会うのは、三年ぶりだった。保呂草が海外にいるとき、日本から観光旅行でやってきた稲沢と妙な経緯で同じホテルになった。そのあと、一週間ほどずっと彼と一緒だった。(講談社文庫『夢・出逢い・魔性』58ページ)

しかし、地の文では明らかに保呂草を指して『彼』と言っている箇所も他に多くあります。私が見つけた描写も『彼』=保呂草だ(『(稲沢は)ずっと彼(=保呂草)と一緒だった』)と取れるので、私が読んだ限りではズルではなく、ミスリードの範疇だと思います。そもそもミスリードではないのかもしれませんが。

まだ見逃している部分があるかもしれないので、今度読み返す時はもっと注意深く読んでみようと思います(笑)

というか、稲沢さんと保呂草さんがホテルで一緒になった『妙な経緯』って何なんでしょう。森ミスには個性的なキャラクターが多く登場しますが、今のところ、保呂草さんが圧倒的にミステリアスなキャラクターです。何があったのだろう、といちいち勘繰ってしまいます。

稲沢さんも好きなキャラクタです。またどこかで登場してくれたら嬉しいなぁと思います。





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