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『流浪の月』を鑑賞した感想

私はもともと、2020年本屋大賞受賞作である凪良ゆうの同名小説『流浪の月』のファンであった。主演の広瀬すずと松坂桃李は、原作小説から受けていた更紗と文のイメージから遠すぎることもなく、原作が好きな私でも抵抗なく鑑賞できるだろうと考えた。
原作小説で描かれた多様な愛の形を映画はどう表現するのか。誘拐事件の加害者と被害女児の再会、病への絶望、過去のトラウマといった重いテーマをどのようなバランスで描くのか。メインキャラクタではない安西さんや梨花の存在をどの程度取り入れるのか。鑑賞前に私が気になっていたのは、これらの点である。以下、原作を先に読んでいるため、原作と比較しての感想が多くなるだろうと思う。

映画を鑑賞してまず持った感想は、全体的に「暗い」「重い」というものであった。次に感じたのは、性愛の描写の濃さ。前述した一見すると暗く重いテーマを、原作は「世間」のあり方と絡め、読み手にただの「重くて暗い話」のまま届けなかった。自分は真実を知っているのか。自分の善意は本当に相手のためになっているのか。それらをまっすぐに問いかけられた読者は、単なる「特殊な人々を描いたドラマ」の鑑賞者に留まることなく、更紗や文が身近にいるような感覚を持つと同時に、作品の内側へと自らを投影することとなるのである。
これに対し映画版は迷惑な善意、真実をわかった気になることの愚かさ、無神経さ、といった理不尽な世間へのメッセージを原作ほどはメインに据えず、不条理の中で生きる人々の生き方にストレートにスポットライトを当てていたように感じた。また、性愛や暴力を濃密に描写したことで、作品全体により暗い影を落とし、不条理に立ち向かいながら生きていく人々の境遇が特殊であることを印象付けているようにも感じられた。特に、冒頭でいきなり亮と更紗の濃い性描写があったこと、谷さんと文の原作にはないキスシーンが後半場面に登場したことには驚いた。彼らの性愛に因る関係性と、更紗と文の性愛に因らない関係性の対比をより明確にするための演出かもしれない。また、原作の亮の手口からは人間の陰湿さ、病的なねちっこさを感じたが、映画版ではそれらがほとんど「暴力」に集約されていた。文が服を脱ぎ告白するシーンにも、更紗と文の精神的結びつきの強さを強調する狙いがあったのかもしれない。しかし、更紗と文のような性愛には至らない関係性を含め、様々な愛の形を認めたこの作品(原作)を過度な性愛と結びつけたくない、また、過度な特殊性を持たせたくない、という個人的な思いがあるためか、これらの激しい演出には否定的な印象を持ってしまった。
小説には地の文があり、地の文から登場人物の思考を読み取ることができる。『流浪の月』原作小説においても、地の文では理不尽に接する更紗の葛藤や不満が詳しく述べられた。また、世の中に数ある小説の中でも、『流浪の月』はどちらかというと心情描写の多い部類であると言えるだろう。一方で、映画でそのような思考をセリフ化して役者に読ませたのでは、説明的になってしまい台無しである。『流浪の月』映画版はというと、小説とは対照的にセリフが比較的少なかった。しかし、役者の細かい仕草や目線の動きからは得も言われぬ雰囲気が醸し出され、小説とはまた違う、映画特有の感動が言葉少なにもたらされた。地の文が無い分更紗のキャラクタが原作よりも暗い人物に感じられるかもしれないと危惧したが、15年前の自由気ままな共生を一塊にせずシーンの随所に挿入したことで、10歳の更紗は現在の更紗と重なり、自由奔放な更紗の内面が成長後も根本では変わっていないであろうことを想起させた。10歳の更紗を演じた白鳥玉季さんについては恥ずかしながら初めて知ったのだが、演技が上手く、大変かわいらしい俳優だと感じた。現在の更紗と文が再会して同じ空間でくつろぐシーンや、更紗がベンチでサンドイッチをむしゃむしゃと頬張るシーン、梨花が鏡を使って文にいたずらするシーンなどもとても微笑ましかった。
梨花の活躍は原作小説ほどではなかった。原作の梨花は更紗と文のよき理解者といった位置づけであったが、尺の都合上そこまで詰め切ることは難しかっただろうと思う。安西さんと梨花ちゃんの描写が少なかった分、更紗と文の関係性が孤独であることが強調されたように感じ、二人は二人だけの世界を二人で生きていくのだという印象を受けた。

以上のように映画『流浪の月』では、再会した二人が理不尽に負けず、性愛では形容できない新しい関係性のもと再び共生に至るまでの過程を感動的に表現していた。
原作小説がある意味ミステリの型を取っており(「文は本当にロリコンなのか? 下心は無かったのか?」という「謎」が徐々に輪郭を帯び、クライマックスで答えが提示される)、明確な「解決編」を示したのに対し、映画はその独特の空気感で観客に「察する」ように促すことで、よりストレートな感動を呼び起こした。原作ファンとしては(私の個人的な好みかもしれないが)性愛と暴力のシーンが濃かったことには若干の抵抗感を覚えたが、総じて良い作品だったと思う。

2022.6.30

映画の授業 中間課題(大2)

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