見出し画像

転生しない移動音楽団日記⑤〜1人と12匹の出会い編〜

【Episode:4-404 Not Found】

ぼんやりと、鍵を閉めた日記帳を眺める。
私の世界観に合わせて作られた12匹の記憶…しかも想像していた明るい出会いとは違う、辛い過去を持たされて。

自らお迎えした子が放浪リヴリーだったなんて、誰が望んで想像するもんか。前のユーザーが名前も付けていなかった、一緒に行動もできない外から見えない放浪…

「ちょっと待てよ?」

ショックが大きすぎて見逃していた。
放浪システム、新規で放浪リヴリーが出ないように廃止されたとはいっても、未だに保護したユーザーにしか見えず、共に行動もできず、名前も変更できない。なのに。
なぜコメットとえにしは、「みんなに見えて一緒に行動できるようになった」と言った?
どうして名付けができた?

それともう1つ。

日記帳は、なぜ望んでいない出会いのシナリオを勝手に作った?
現在のゲームの仕様を覆すように、有りもしない鍵というアイテムを私に託した?

「そもそもこの日記帳はアイテムなのかい?」

アイテムなら、タップすればアイテム情報が表示される。どこで入手できるのか、詳細は何なのか。
おかしい事が起こり過ぎて、初歩的な事を失念していた…。アイテムを貰ったなら、誰から貰ったのかプレゼント履歴から確認ができる。

これは私が限定ショップ等で直接購入した物ではない。旅先の商人…つまり、一期一会でアイテム交換の為だけにフレンドになったか、元々フレンドの誰かにプレゼントされた物か。
だがこんなアイテム、ウィッシュリスト…ユーザーに公開される私の欲しいアイテムに登録した覚えがないんだが。

すぐさまデータを確認する。かなり遡らなければならなそうだが…どこだ、どこにある?
こんな厄介な物を寄越したやつはどこのどいつだ?
全く、嫌なプライベートの記憶まで掘り起こされて落ち込んでるところに次から次へと!

…あった。
だが何だこの表示は?相手のユーザー名がない。
退会しているのか?
それでも履歴があるのなら詳細は確認できる。アイテム名と相手からのメッセージ。定型文ではない事を願うしかない。

ふぅ、と一呼吸置いてから、そっと指をのばす。
日記帳の正体を暴いてやる!

「……は?」

表示された画面に言葉を失った。
こんな仕様はない。エラー…バグ…なんだよな?

_404 Not Found_

送ってきたのが誰なのか、何のアイテムなのかがわからないどころか、表示されるはずの無い画面。
おいおい、1週間毎に更新されるヤミショップの更新準備中画面でしか見たことがないぞ?
私のゲームデータがバグを起こしているのか?

そんな…データが飛んだら、あの子達が…。

いや、その前にアイテム一覧の確認だ。私の手元にあるのなら必ず出てくる。どこだ?アイランドアイテムか?ホムアイテムか?くそっ、こっちを先に確認するのが確実だった、焦り過ぎだろう!

どのくらい時間が経ったろう。日が落ちそうだ。
探した。全部のカテゴリを漁った。

「何でどこにも無いんだ?」

私は床にへたり込んでしまった。おかしいだろう?確かに目の前にあるんだよ。なのに所持データに無いだって?有り得ない。いよいよ運営に問い合わせるか?
個人のデータに404なんか表示される訳ないだろ!

「…お前は何なんだ?日記帳!」

思わず大声をあげてしまった。返事なんかある筈もないのに…あの子達が驚いて来てしまうかもしれないじゃないか、本当に何をやってるんだ私は。

___カチ。

鍵の開く音。…風。
…おいおいおい、待ってくれ。何故勝手に日記帳が開くんだ?また飛ばされるのか?
勘弁してくれ、私の望まない記憶を勝手に作ってまで、お前はあの子達をまだ傷付ける気か!

「あら、またお会いしましたね〜。こちらのユーザー名は夕月サンでしたっけ〜?」

あれ、この声は?
風が徐々に集まり、人間の顔を作り始めた。暗くてぼんやりだが、見覚えがある。
あんたはこの前の!

「迷い込んできた、人間のお客人?」
「やだぁ、まだアタシの事思い出さないワケ?夕月サン。それとも本名で呼んだ方がいい?」

初対面の時は客人は殆ど話さなかったが、耳には自信がある。
現実の私を知っている?だが何故だ?あの時の客人には、私はホムで会っているじゃないか。

「お客人、あんたは誰なんだい?私を一方的に知っているなんて、フェアじゃないねぇ」
「何よ、プライバシーに気を付けろって言ったのは夕月サンじゃない。あ、でもユーザー名は本名で登録しちゃったから名乗っても良いわよね〜?」

どこか胸をガサつかせる話し方。聞き覚えがある。
本当に現実の私を知っているようだが、一体何の恨みがあって、というかどうやって?
風で作られた顔は日が更に落ちた暗さで、殆ど見えなくなってしまった。
頼れるのは人より良い耳と記憶だけか。

「ねぇ〜聞いてるの〜?絶対音感なんでしょ?学生の頃からペラペラ自慢してたじゃん?」
「うるさい口だねぇ、少しは黙ってられな…」

学生の頃?
片親に「調子に乗るなと」怒鳴られるわ、一部の生徒からは絶対音感なんて自慢と言われるわで、寧ろ言わないようにしていたんだがねぇ。
うっかり音楽教師が話してしまった以外は、親しい友人や音楽関係者以外にしか。

は、と思い当たったと同時に動悸が激しくなった。
大人になっていたから、先日の人間の姿では気付かなかったのか。

「…あんた、また私を傷付けに来たのかい?」
「やっと思い出してくれたのぉ?あんなに頭良かったのにどうしちゃったのかと思ったわ〜」

あぁ、嫌という程覚えているさ。
散々やってくれたねぇ、学生の頃は。
イジメる事でしか自己肯定できない、どっから湧き上がるのか不思議なくらいのプライドの固まり。

「今貢がせてる男がさ〜、グレーなIT関係に詳しいの。だからぁ、アーティストになったアンタの、なんちゃらアドレス?にお邪魔して〜」

…ハッキング?犯罪じゃないか。
それで私のデータに不正アクセスしたってのか?
どういう事なんだと、現実世界で所属事務所に連絡する。ログインしていても操作はできるんだ。

「アンタって相変わらず真面目よね〜、鍵付きのフォルダにリヴリーの設定とか、世界なんちゃら?何て読むのか知らないけど、日記なんか付けちゃって、ガキかよって感じ?」

キャハハッと甲高く笑う声。どっちがガキなんだい、世界観て読むんだよ。
今自分が関わっている事が犯罪なのもわかっていないんだろう?

「それでさ、内容を書き換えさせて、鍵フォルダだから『鍵付きの日記帳』って名前のバグアイテム作らせて〜!プッ、フォルダの中身はこっちから丸見えなのにマジ笑えるわぁ〜!」

フォルダの内容を書き換えた?
つまりメロウとの出会いが悲しいものになってしまったのは、こいつらのせいなのか?
沸々と身体の底から怒りが込み上げる。

…よくも、よくも私の家族を傷付けたな!

はは、相変わらずあんたがバカみたいに軽い頭と口で大助かりだよ。
「ボディガード」は2日以上仕事しなかったんだ、これだけ揃えば十分だろう、少し時間を稼ごうか。

「で?私に何がしたかったんだい?」
「そりゃあ有名アーティスト様の素顔や過去をバラ撒いてやろうと思ったのよ、初スキャンダル?たかがゲームごときにキモすぎって叩かれちゃうね?」

連絡が来た。
どうやら検知成功。後は顧問弁護士に任せるそうだ。

準備は整った、もうやられるだけの私じゃない。
守るのもがあるんだよ。たかがゲームと笑われようがどうだっていい。
あんたの脳ミソと性格はいつまでも学生のままなんだねぇ。

踏み躙って、奪って、傷付けて、粘着して。
脳内快楽物質がバグってる。
あんたも、取り巻きも、長いものに巻かれる奴らも。クソ親父も。

その程度の奴らはさ、「自分はこいつより上」とか思っているから支離滅裂なんだ。
上も下もないだろう?あんたがどこに立っているかに端から興味はないんだ。

「上だから安全」とか勝手に高を括っているうちに、「下だと思っている相手に」奈落の底に落とされる気分を聞いてみたいねぇ。

「はは、随分と甘くみられたもんだねぇ!言ったろう?プライバシーには気をつけなってさぁ!」

ジジ…ッ
突然、風で出来た顔が崩れ始めた。明らかに相手の動揺が見て取れた、というか聞き取れた。
ギャーギャー喧しいねぇ。

「ちょっと!アンタ何したのよ!」
「有名人のセキュリティ舐めんじゃないよ。あんたが誰なのかわかって手っ取り早く済んだねぇ。手間が省けたよ。」

キーー!って本当に言う人いるんだねぇ。
こっちには事務所が契約した監視カメラと、個人使用機器と仕事用の使用機器、それぞれに事務所名義の別回線かつサーバーを分けたセキュリティが24時間巡回してるのさ。
全く、2日以上もサボりやがって。

「この地味女!アーティストとか調子こいてんじゃないわよ!勉強と音楽と歌が出来るからって…」

…しょうもない。とっとと消えておくれ。

「おや、褒め言葉かい?せいぜいたっぷり賠償金払って、私のリヴリー課金の足しになっておくれ。今月はイベント満載なんでね!」

バツン!
大きな音を立てて顔が消えた。やれやれ、後は事務所が動くだろう。警察だの内容証明だの、法務部に丸投げだ。面倒は御免だからねぇ。
何故2日以上も検知出来なかったのか、ゲームから戻ったら後でみっちり問い詰めてやる。

「夕月ー!!」

物凄い勢いでコメットがすっ飛んで来た。どうやらあの金切り声とボディガードの攻撃音は強烈だったみたいだ。私も耳がおかしくなるところだったよ。

後からゾロゾロと12匹私の周りを取り囲んで、何があっただの大丈夫かだの、ふわふわの大きな体でモフモフスリスリ祭り。この子達の故郷の、青い花の優しい香り。
私は幸せなんだけどねぇ、君達みんな体が大きいんだから狭いだろう?

「はは、どうしたんだい?何もないよ?」
「夕月最近おかしいよ!私達に隠し事してる!」

ぷりぷり怒るコメットを笑いながら撫でてやると、また誤魔化してる!って照れて擦り寄りながら怒られてしまった。
本当に可愛い私の家族達。団長は強くなった、もう大丈夫さ。ほら、部屋にお戻り。

ご丁寧にうちの木に水やりしてくれたお陰でアカウントも特定、今度こそ運営に通報してブロック。
不正に送られた日記帳もすぐ消えるだろう。

今まで起きていた有り得ない空中罰ゲームはあいつが原因だったのか。1日に2回も日記帳が動くなんて、あぁ疲れた…。
謎はいくつか残るが、とりあえずはみんなと楽しいリヴリーライフを送れる!

羽根ペンとインク瓶もしばらく出番はなさそうか、やっぱり慣れない事はするもんじゃないねぇ。

机を片付けようと目をやる。

「何で…まだ何かやらせようってのか?」

バグアイテムだった日記帳は何故か、キラキラと光りながら机上に浮いている。
同時に、運営からのお知らせを受信した。

「夕月様、この度は当社システム不具合の影響で大変ご迷惑をおかけいたしました事をお詫び申し上げます。」

添付されていたアイテムに、目眩がする。
この青い表紙にくすんだ金色の鍵穴…あまりの衝撃で、思わずタップしてしまった。

「(ホムアイテム)鍵の付いた日記帳(説明文)誰からも見えない秘密の日記帳。鍵が付いているから安心!鍵の紛失にはご注意。」

という正規アイテムとして私の手元に残された。
まぁ、まだいくつか謎も残ったままだ、これ以上の有り得ないは勘弁願いたいんだがねぇ。

当分、楽しいだけとは行かなそうだ。


続きはこちらから。
___それではまたお会いしましょう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?