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転生しない移動音楽団日記⑨〜1人と12匹の世界観編〜

【Episode:8-青い月と若葉】

「おいおーい、最近顔色悪いぞ?今日のレコーディング大丈夫?」

あー、とぐったりした様子の私を迎えに来たのは、幼馴染でもあるマネージャーの詩織だ。レコーディングの時ですら顔を隠した謎のピアノボーカルとして活動する私をずっと支えてくれている。

今の時代、どこで何が漏れるかなんてわかったもんじゃない。移動からスケジュール管理、時には弱音なんかも聞いてくれる頼もしい存在。

「ゆうべ眠れなくてねぇ。指も動くし発声も問題なかったし、何とか大丈夫さ。」
「体調管理頼むよー?アンタは毎回一発撮りなんだから。レコーディング以外はスケジュール無いからゆっくり休んでね?」

全面スモーク貼りの車をスタジオまで運転しながらはいっ!と栄養ドリンクを渡された。味が苦手だと言っても毎回渡される茶色の瓶は、彼女なりの気遣いと優しさなのだろう。
一気飲みした後にうげぇ、と水筒の白湯を飲んだ所をどやされるまでが日課みたいな物さ。不味い。

「Blue Moonさん、入られまーす!」

スタジオには、一台のグランドピアノとマイク。
ベールで顔を隠した私は一礼して入る。
今回の新曲はピアノロック。作詞作曲は全て私。

叩きつける様な激しいイントロから歌に繋ぐ。
緊張の糸が張り詰めるスタジオで、ここ数日の不可解な出来事を思い出していた。

私の身勝手な世界観が全てを狂わせた。
ゲームも、家族達の過去も、いらない特別扱いも、昨日は私のプライバシーも。
そもそも何故マハラジャは人間の私を見て夕月と言った?ゲームの中ではホムなんだ、どうして人間に驚かない?疑問を持たない?

ホタルが言った、ホムじゃない外見。マハラジャにも同じ様に見えている?

__分からない。分かりたくもない。
どうせ日記で12匹の出会いが書かれれば消えるんだろう?作り物だって、偽物だって、私に思い知らせるんだろう?

腹が立つ。私はいつも「こう」だ。
見切り発車をして、後悔して、を繰り返す。
傷付けないと、受け入れると、守ると決めた。
なのにその思いが家族達を傷付けている。
…私自身を、追い詰める事になる。

指と喉が燃えそうだった。BPM200を超えるこの曲に苛立ちをぶつける様に、鍵盤を走り、叩き付け、叫びながら歌う。
世界観が全てを壊すのなら、私が生み出す曲も何かを壊すかもしれない。曲も子どもみたいなもんだ。
あのさぁ、こっちは人生をかけてやってるんだ、勝手に否定してくるんじゃないよ!

「__っあぁ!」

バンと低音の鍵盤を殴る。
重厚感のあるアウトロでこの曲は終わる。歌詞にない苛立った叫びが入ってしまったが、大丈夫か?
気になって横を見ると、こちらからは音が聞こえないガラス越しに眺めていたスタッフ達は、呆気に取られた様子。そして拍手する姿が見えた。

ガガ…っと音を立てて音響室からのマイクが入る。

『圧巻だな、文句なし、OKです。』

__「いやーいつにも増して迫力すんごかったよ!何かもう感情移入バチバチで!」

帰り道の車を走らせながら、詩織が弾むような口調で興奮気味に話す。この子は小学生の時から私のファンだと豪語して、妬んで嫌がらせしてくる奴らを蹴散らしていたっけねぇ。

「今日は雑念が多かった。ただ感情任せに乱暴だっただけさ。」
「まーたアンタはそうやって!いい?プロデビューして更に実力も認められたんだよ?顔出しなし、演奏と声だけでヒット連発なんだから!」

いい加減自覚してよね!と文句を言いながら、やっぱりAメロからカッコいいんだよね、あとラスサビが、と細かく推しポイントを本人の前で熱弁する。
この子の裏表のない性格は心地良い。

「なぁ詩織。」
「ん?なぁに?もうすぐ着くよー!」
「ありがとな。」

詩織の様な人間でありたかった。
素直で、純粋で、優しくて強い。この子の世界観なら誰も傷付けずに済んだのかもねぇ。

「何だよ急にー!照れるじゃん!ほら着いたよ、忘れ物はない?」
「あぁ。お気遣いに甘えて、この後はゆっくりさせてもらおうかねぇ。」

ごゆっくりー!と明るく言って、ガレージから出て行く車を見送る。
そうだ、詩織みたいに明るく振る舞おう。
12匹へのせめてもの罪滅ぼしだ、日記帳での出会いが終わるまでは楽しそうに。だけど淡々と進めて、私の世界観が邪魔しないように。

うがいと着替えを済ませて、スマホを用意する。
昨日ログインしなかったからなぁ、みんなどうしているだろう。レコーディングが午前中に終わって良かったよ、今から行くからねぇ。

アプリにログインすると、いつも通り別室に来た。
様子を見に行くか、日記帳を進めるか…。
着替えながらどちらを優先するか迷っていると、キィ、と遠慮がちにアカネが入ってきた。寂しそうな顔に胸が痛んだが、さっき決めたろう?
優しいあの子の様に振る舞うと。

「ゆーちゃん、おはよう。今起きたの?みんな寂しがってるんだよ。」
「アカネ、すまないねぇ、寂しい思いをさせて。少し忙しかったんだ。旅の準備もあるしねぇ。」

上手く笑えているだろうか。アカネはぐりぐりと擦り寄って、半泣きで甘えてくる。
夕焼け色の体を抱き締めると、優しい香りがした。
愛おしい。どうしても離れたくない。
世界観の全てを否定して、マンホールの中にぶん投げてやりたい。

「ゆ、ゆーちゃん、苦しいんだよ。どうしたの?」

はっと我に返る。つい力が入ってしまった…ごめんごめんと笑うと、アカネは困った様子で首を傾げながら私を見る。
ほら、みんなの所へ行こうと促すと、みんな勢揃いで庭に出ていた。停止岩の木がざぁっと風に揺れて、1人緊張感を覚えた。

「夕月、ずっと待ってたよ。心配してた。」
「すまないねぇ、コメット、みんな。食事は摂ったかい?お腹は…」

「それより、聞きたい事があるの。」

えにしの声に息を呑む。のんびり穏やかな12匹から張り詰めた空気を感じるのは初めてだった。
出来るだけ穏やかな笑顔を貼り付けて、何かあったのかい?と優しく尋ねる。

「昨日、夕月ちゃんの部屋から、マハラジャ店長が慌てて出てきたの…羽根ペンと瓶を持ってた…」

メロウが動揺しながら言う。マハラジャめ、いくら緊急事態だとはいえ見られるなんて。
寝ていたから気が付かなかったねぇ、と笑いながらマハラジャめ!と答える私をホタルが遮った。

「夕、時間が止まったってウチは聞いたぞ。」
懐中時計を振り回しながらマハラジャがそう叫んでいたと。あいつ、少しは黙って動けないのかい。

「でもワタシ達は何ともなかったんだよ。ゆーちゃんが心配で、扉を開けようとしても開かなかったんだよ。」
遠慮がちにアカネが呟く。
道具を返しに来たマハラジャはどこが哀しそうな顔で、天を仰ぐとスッと消えたらしい。
全部見られているじゃないか。冷静で無かったとはいえ、この調子じゃあ全員に…

「…みんな、1日中庭にいたのかい?」

しんと静まった無言が、答えなんだろう。
この子達は停止の花園出身。時間が止まった影響を受けず、全く出てこない私を心配して一晩中庭にいたんだねぇ。
バタバタと慌てるマハラジャ。開かない私の部屋。

「不安、だったよねぇ。私は知らなくて…」
「嘘だよ夕月!ずっと変だよ!私達に隠してる!」

コメットが振り絞った叫びに、今の私は何が言えるんだろう。嘘は付きたくない、悲しませたくない。

言い訳の後には言い訳の上塗りをしなければならなくなる。残された時を楽しく過ごす、守るを言い訳に、純粋なこの子達を不安に曝すのか?
ぎゅっと隠した拳を握る。

「きっとマハラジャの時計が止まって、電池を変えるために慌てていたんだろう。あいつは身体が大きいからねぇ、内側から鍵を引っ掛けたんじゃないのかい?」

嘘を付く時に口数が増えるのは本当らしい。こんな早口で、上ずった声で、守るを口実に肯定した。
何だってやってやる、と。

「起きたら鍵がかかっていてねぇ、寝惚けて閉めたんだと思ってたよ。先に鍵を開けて身支度をしていたら、アカネが来たのさ。」

心配をかけてすまなかったねぇ、一晩中庭に出ていたら風邪を引いてしまうよ?そうしたら次の旅は延期だねぇ。
我ながら薄っぺらくて苦しすぎる。それでもこの子達が傷付かないなら、幸せなら何だっていいんだ。

「次はどこに行くか決めたのね?」
「そうだよ、えにし。いっぱい候補があったんだけど、大体絞り込めてきたんだ。みんなを驚かせたくてねぇ、後1週間もしたら、モノコーン移動音楽団の活動開始だよ!」

そんな物はもう無いかもしれない。今にも涙がこぼれそうだ。でも旅と聞いた途端に笑顔になった君達を見ると、まだやれると思うんだ。

シャワーを浴びた後にモリモリ食事を摂る12匹を見て、ぐっと胸が詰まる。こんなにお腹を空かせて辛かったろう、不安だったろう。
ギターで優しい子守唄を弾いてやる。まだ昼間だけど、みんな徹夜だろう?ゆっくりおやすみ。

全員が幸せそうに寝静まると、起こさない様そっと別室に移動する。
やらなきゃならない。みんなとの出会いが書き記されるまで。世界観の呪縛から解き放つまで。
もう見慣れてしまった道具一式は、マハラジャが元の場所に全て戻してくれていた。

「行くよ、次はあの子だ。」

カチ、と日記帳を開いて「書く」を選択する。
頼むから、首から下げた鍵は使わせないでおくれ。
ぶわりと風が吹き付ける。覚悟はできてる。
たとえ空中でも耐えてみせる!

目を開けると、大通りから外れた裏道を5匹と人間の私が歩いている。ここが近道のはずなんだとウロウロしているが、迷子か?
そうかい、今回は屋根の上…テコでも動かん。

やんや騒ぎながら進む先、1軒の扉が開く。
ギギィと古い音を立てながら出てきたのは、新緑の様な色をした、長い睫毛が美しいモノコーン。
何やら埃にまみれている。

(ビックリした…もう、誰なの?)
「驚かせてごめんよ。いや、道に迷ってねぇ。」

やっぱり迷子じゃないか。確かに私は物凄い方向音痴だが、そこまで再現しなくてもいいだろう?
はぁ、と溜め息をついたモノコーンは、どうやら案内してくれる様だ。

「ねぇ、君はどこの子なんだい?」
(あたし?誰にも飼われてないわよ。あそこはあたしの隠れ家なんだから、入って来ないでよね!)

誰にも飼われていない?
あの子に首輪は見えない。どういう事なんだ?
全く、移動するもんだから私も屋根の上を歩かないといけないじゃないか!

「飼われていない?相棒はいないのかい?」
(あたしは野良よ。飼われるなんて性に合わないもの!野良の子何匹かで暮らしていたんだけど、今はあたしだけよ。)

野良?そんな仕様はこのゲームには…いや、やめた。
これは私の自分勝手な世界観のせいなんだから、有り得ないことばかり起こるのは当たり前なんだ。

「…ゆーちゃん。」

ヒソ、とアカネが耳打ちする。
何でも誰からも選ばれなかった子達は野良といってリヴリー同士で過ごす事があるらしい。1匹で生きていく子も珍しくないんだと教えてくれた。

(誰も名前はないけど、賑やかだったのよ。街に出て並んで空を見たりしてね、ずっとこんな毎日が続くと思っていたの。)

少しお喋りなモノコーンは道案内しながら言葉を続ける。どうりで道に詳しい訳だ、この街は君の庭だったんだねぇ。

「どうして今は君だけなんだい?」
(あなた、ハッキリ聞くタイプ?まぁいいわ。ただ、まだ隅々まで思い出せるだけだもの。)

歩みを止めてくるりと振り返ったモノコーンは、その場にちょんと座った。おい、何であんたらまで同じ様に座ってんだい?コンビニ前じゃあるまいし。

(あたし、寒い日には火を付けて暖める係だったの。でもみんなホムに飼われていって、残ったのはあたしだけ。その程度の細い繋がりだったのよ。)

誰にも選ばれなかった野良の子。周りがどんどん新しい家族を見つける中で、自分だけが取り残される恐怖、孤独感。
埃まみれで強がって、飼われるのは性に合わないと強がるしかないんだよねぇ?

「ゆーちゃん、この子に、ゆーちゃんの曲を聴かせてあげて欲しいんだよ。」

アカネ?
他の子達も頷くだけでパフォーマンスをしようとしない。どうやらこの子には、人間の私と1対1がいいと判断したのだろう。今回はソロって事かい?
人間の私は少し考えた後、そうだ、と立ち上がる。

「ここ、楽器屋じゃないか。試し弾きさせてもらえるか聞いてくるから、待ってておくれ。」

あんた達、楽器屋の前でたむろしてたのか?そりゃ営業妨害だろ、細い道なんだから、誰も入れやしないじゃないか。

ガラガラと、店の目の前に出されたアップライトピアノ。何やらコソコソと店長らしきお爺さんと話してるが、また有り得ないことをやるんだろうねぇ。

「外でピアノ1台で客引きできたら、このピアノ譲ってくれることになったよ!ラッキーだねぇ!」

もう何も言うまい。さっきも言ったが、目眩がしそうな自分にもう一度言わせておくれ。
客引きできたら譲るって…まるでストリートピアノドッキリじゃないか。

パカと上蓋を開けて、ペダルと音程を確認する。
古いピアノだが、手入れは行き届いているようだ。調律もしっかりされている。

(な、何よ!あたしに何しようっての?)
「忘れられたピアノが可哀想だから、晴れ舞台を作って欲しいってお爺さんがねぇ。お嬢さん、一曲いかがかな?」

軽快な音をポンと鳴らしたかと思えば、どこか小洒落たメロディーに繋がり、人間の私は楽しそうに左足でタンタンとリズムを刻む。
この曲は…。

イギリスのピアノ科に留学していた時、オーケストラ部に誘われたピアノコンチェルト。
ラプソディ・イン・ブルー。

ちょうどオケに合わせられそうなピアノ要員を探してるんだと半ば強引に連れて行かれた。
楽譜を渡され、1回オケの演奏を聴いただけで合わせたら、コンマスが立ち上がっちゃって笑えたねぇ。
コーチなんか、お前はオケの経験本当に無いのかって質問攻めだったなぁ。

オーケストラのパートを織り交ぜながら、コミカルに、緩やかに、弾むように、そして壮大に。
気付いたら周囲には人集りが出来て、相棒のリヴリーと踊る者もいた。

演奏が終わると楽器屋は大盛況。店を始めた時に手作りしたピアノなんだと笑うお爺さん。
後でマハラジャに頼んでアイランドまでピアノを届けてやると、忙しそうに店内に戻って行った。

(聴いた事がある…古いレコードで。蓄音機はもう壊れてしまったの。あたし、火の係だったから大切な思い出まで燃やす所だったのね。)
「レコードとはいい趣味だねぇ!どうだい?家に来ればいつでも生演奏を聴けるよ?」

燃やす所だった。
そうだよねぇ、だって君は…。

差し伸べた手にそっと新緑の毛が触れる。

「独りよがりはやめるわ。今から知らない道に進むの。あなた、あたしに名前をくれる?」
「はは、どこか放っておけない子だねぇ。私の名前は夕月。そして今日から君は若葉だ。よろしく頼むよ、新しい家族。」

いつの間にか6匹は狭い道でじゃれ合っている。ほら、ピアノの受け取りがあるんだから早く帰るよと促されてアイランドへの道を進む。

そしていつも通り、私は日記帳の前に座っていた。

「ふふっ、若葉らしいねぇ。」

どこか放っておけない強がりの意地っ張り。ピアノが一番好きなのは今でも若葉だねぇ。

いつか見下した奴らを見返して音楽で生きていくと、バカげた夢を見た。何かが開いて音楽の虜になってから、復讐に生きるのは面倒だと辞めた。

いつだって一生懸命生きてる人が報われない。
そう勝手に被害者になったつもりで、深い霧の中を彷徨っていた。
わかってる。私は恵まれているからそう言える。

強くはないんだ、ただ辛い思いをした分だけ、自分に没頭できるバネを持っていただけ。
特別扱いは求めていなくても周りからみたら特別で、恵まれている事に気が付かないから反感を買ったんだろう。

自業自得って事かい。己の世界観から罰を受けても仕方ないんだろうねぇ。

日記帳を仕舞うと、気付いたら若葉が覗いていた。
私の可愛い家族。みんなは何も知らなくていい。
守るさ、自分の尻拭いをするだけなんだ。
いずれ失おうと、今を生きる君達を守りたい。

「ゆうちゃん、ピアノ、いい?あたし聴きたい。」
「あぁ、おいで。思い出の曲でも弾こうか?」

軽快な音をポンと鳴らすと、若葉との出会いの曲。
心地良さそうに身体を揺らしながら、ポツリと若葉が呟いた。

「ゆうちゃん、人間ていうのね。あたし昨日店長が言ってるの聞いたの。前のお客様と同じで、ホムと見た目全然違うもの。みんなの前で言っていいのかわからなくて。」

手が、止まる。
わかっていた筈だ。マハラジャが昨夜驚かなかった事も、12匹にはホムに見えない事も。
もう境界線はないんだ。
私に親しい者だけが、人間に見えるんだと。

なら、いっその事。

「転生モノに憧れたのは初めてだねぇ…。」

この世界に、鍵をかけて閉じ込めてくれ。


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__それではまた、お会いしましょう。


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