見出し画像

キネマの神様から蘇る亡き祖父

現在上映中の映画 原田マハ作 「キネマの神様」
原作を読み、亡き祖父を思い出した。



キネマの神様の主人公であるゴウちゃん。
口数が少なくぶっきらぼうで、群れない一匹狼。好きなものはギャンブルで一人でふらふらと出掛けてしまうような危なっかしい役柄。

そんなゴウちゃんは私の祖父にピッタリと重なった。ちなみにあだ名は「ゴウちゃん」笑
嘘みたいな話だが全く同じ名前だった。


私の祖父は強面で声色も立ち振る舞いもぶっきらぼうで子供の頃から少し恐れていた。気軽に「おじいちゃん!」と甘えられるような存在ではなかった。


今では祖母も笑い話としているが、親に無理やり見合いをさせられ結婚する事になり当時祖母は一晩中泣いたそう。祖母はハチャメチャな祖父とは対照的。ロマンチストで、か弱く繊細だった。


例えるならば、美女と野獣のような二人だ。

祖父が亡くなってからというもの、たまに顔を出すと、祖母から祖父の話を聞くことがある。

その中でも最も印象的で今でも覚えているのが
「おじいちゃんはね、本当にめちゃくちゃな人だったの。周りにも沢山迷惑をかけてきた。私も本当に苦労したけどね、騙されることはあっても人を騙すようなことは絶対にしなかった。嘘をついた事も一度もないわ。何度も離婚しようかと思ったけど、何だか憎めなかったのよね」と愛おしそうに話す祖母の姿だった。

借金の保証人になり多額の借金を抱えたり、毎日浴びるようにお酒を飲んで暴れたり。

絵に書いたように波乱万丈な人生だった。

私が知っているのは、きっとほんの一部で知らないところで祖父も祖母も苦労に苦労を重ねてきたのであろう。

そんな祖父の好きなところがある。それは自分が感動した物を息子や孫、会社の社員たちに勧める姿だった。

それは新聞の切り抜きや一冊の本だったりした。
口下手で無愛想でぶっきらぼうな祖父。

もちろん多くは語らないが、「これ読んでみろ」とだけ言って渡してくれていた

体を悪くして病院に入院していた時も、久しぶりに会えたというのに黙って紙切れを渡された

自分が喜びを感じたら、自分の胸にそっとしまっておかず相手にも感じてほしいと願う温かい人だった。

自宅のトイレの壁に大事にしている言葉が飾ってあったりもした。

"実力の差は努力の差
 実績の差は責任感の差
 人格の差は苦労の差
 判断力の差は情報の差

 真剣だと知恵が出る
 中途半端だと愚痴が出る
 いい加減だと言い訳ばかり

 本気でする大抵のことはできる
 本気でするから何でも面白い
 本気でしているから誰かが助けてくれる"

武田信玄が唱えた言葉。

小さい頃から何気なく見ていたが、いつの間にか自分自身の指針になっていたような気がする。

24年生きてきて、大それた経験こそないものの
平凡な私にも幾つかの立ち向かうべき壁があったかと思う。

一つ挙げるとするならば学生時代全ての熱を注いだといっても過言ではない部活動。

私は小学生から大学生まで吹奏楽部に所属しておりその中でも中学時代は鬼顧問と全国的にも名の知れた顧問の元、毎日地獄のような練習に挑んでいた。

1年間で休みといえば年末年始くらいで友人と遊ぶ時間は一切なく、コンクール前は早朝から22時まで練習する日もあった。

私は弦楽器を担当していたが、手にマメができて絆創膏やテーピングを巻き付け痛みに耐えながらひたすら弾き続けた日もあった。

華やかな曲のワンフレーズではなく、ただひたすらにロングトーンを練習したり、「音階を100回弾くまで帰ってくるな」と言われ泣きながら基礎を固めたり。上を狙う為には何よりも基礎を教え込まれた。

一瞬のブレも許されずどれだけ泣きじゃくろうと完璧な音を作り出すまで何度も追い出され音と向き合った。

3年間何度も心が折れた。

そしてその度に沢山の言い訳をした。

レッスンの先生に対して「大会直前になって指番号を変えられてもやりずらい」、顧問に対して「そんな怒られてもピアノ専攻の先生には弦楽器の扱いづらさは分からないでしょ」などと自分を正当化し、できない言い訳を並べていた。

そんな時ふと思い出すのが祖父が大事にしていた武田信玄の言葉だった。

私が上手くいかず愚痴を吐いて言い訳を並べている時、はたして本気で音楽と向き合っていただろうか。本気で勝ち抜く気持ちがあったのだろうか。

愚痴や言い訳を並べてしまうのは自分がいい加減で中途半端だからだと背筋を正される思いだった。

その度、感情的になりながらも心の中でこっそり祖父に感謝した。

祖父は病に倒れ天国へと旅立った。
「ゴウちゃん、メチャクチャやったけど寂しいな」
「人情深い人だったな」
「正直で真っ直ぐな人だったな」
「何だか憎めなくて大好きだった」
通夜、葬式ではこんな言葉で溢れかえっていた

祖父は物凄く愛されていた。

親戚一同はじめ、祖父の経営していた会社の社員、取引先の社員まで本当に多くの人に見守られこの世を去った。

敷かれたレールに乗る事も、ルールに従う事も嫌い、我が道をゆく祖父。

けれど最後は多くの人に慕われ信頼され愛されていた。

キネマの神様の主人公は、ぶっきらぼうで問題ばかり起こす厄介者。不器用だけど、家族想いで人情深いたった一人のお父さん。

同じ名前でキャラクターまで見事に被っている。この本は私の父から勧められた物だった。

読み終わって「これ、何だかおじいちゃんみたいだね」と父に言うと、

「おお、そうだな」と照れ臭そうに言った

祖父同様、多くは語らなかったが

読みながら浮かんだのは、我が家のゴウちゃんであろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?