短編小説Vol.24「温泉街の一族」
大学の卒業式も終わり、新卒入社があと1週間に迫った勇真は、貯めていたお金もほとんど底をつき、派手に遊ぶことも出来なくなったので、電車で1時間半ほどの温泉街でゆっくりしようと思い立った。
早速その日に予約を取り、荷造りをして1人で温泉街へと向かう。山手線に乗り込み、東海道本線に乗り換えて、電車に揺られること1時間半、案外すぐに目的地に着いた。
勇真がそこに着いてまず思ったことは、妙に人が少ないということだった。そこそこ有名な温泉街なので、賑わっていてもよいものだが、人影は疎であった。
駅から予約したホテルまで歩いて30分ほどであったが、タクシーやバスを使うのもお金の無駄だと思い、徒歩でホテルまで向かうことにした。
駅を出てすぐ右に曲がると、商店街らしい通りが見えてきた。観光客があまりいないだけあり、シャッターで閉ざされた店が目立ち、期待していただけあり、勇真は少しがっかりした。
商店街を抜けて歩いていると、ポツポツと小雨が降り始めた。空を見ると雲は疎らで十分に晴れている。不思議なこともあるものだなと思い、頭を濡らしたくなかった勇真は、上着のフードを被り、道を急いだ。商店街からもすっかり離れ、民家が目立つようになった。
すると、これから進む道に立派な神社があるのが見えてきた。ようやく観光地っぽいものがあったので、勇真は寄ってみることにした。その神社は、どこか奇妙で鳥居や狛犬、手水舎は全く新しい一方で、建物はどれも年季が入っていた。ここ最近建てられた神社にも、大昔からある神社にも両方見えた。
境内に入り、手を濯いでいると、後ろに人の気配を感じた。勇真が振り向くと、着物を着た幼い女の子と和服の綺麗な女性が手を繋ぎ、鳥居の方に向かっていた。勇真が鳥居を潜った時は全く見当たらなかったので、どこに居たのかと不思議に思ってならなかった。
勇真が気づいた事を察知したのか、不意に女の子も振り返り、目を合わせてきた。
普段和服の人を見ることはないので、その光景はただ新鮮に感じられた。
勇真は参拝を終えて、境内を出た時、2人の姿を探したが、全くどこにも見当たらなかった。
それから15分ほど歩くとホテルに着いた。温泉を十分に堪能して、ゆっくりしていると気がつけばすっかり夜になっていたので、明かりを消して寝ることにした。
朝、鳥が聞いたこともない騒がしく声で鳴くので、勇真は嫌でも目が覚めてしまった。その鳴き声は、心地よさと気味の悪さを両方兼ね備えた奇妙なもので、勇真は“何だよこの音“と心の中で吐き捨てた。
朝風呂を浴び、朝食のバイキングへと向かう。
あまり食べたいものはなかったが、せっかくなので適当に料理を取ってきて口に運んだ。あまり美味しくないな、そう思いながら食べ進め、左手ではこの街の観光スポット調べた。いくつか観光地らしきものはあるようだが、そこまで興味が湧かなかったので、東京に戻ることにした。
ホテルの清算を済ませて、外に出るとまた昨日と同様、空模様は晴れているのに小雨が降っていた。少し面倒だから、徒歩で駅に戻ることにした。
昨日来た道ではあったが、全く初めて通る道であるかのような新鮮さが勇真の中にはあった。
ちょうど駅までの道の中間地点に着いたころ、例の神社が見えてきた。何回見ても奇妙だなと思いながら、神社を見ながら横を歩いていると、昨日の和服の少女が建物の中からこちらを見ているのがわかった。
少女は勇真を見つけるや否や、思いっきりこちらに手を振ってきた。昨日あった事を覚えているのだろうと勇真は思い、簡単に手を振りかえした。
ただボロボロの建物の中からこちらに手を振っている少女はそこに閉じ込められているような雰囲気さえあり、あまり見たい光景では決してなかった。
変な街だなと思いながら駅のホームで待っていると、電車が到着した。
勇真は電車に乗り込み、あたりを見渡すと車内は閑散としたものであった。
ただ正面に一匹のお猿さんが座っている事が、勇真にはなぜか気掛かりに感じられた。
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