食本Vol.3『ふぐの本』海沼 勝著
☆一人の研究者がただただひたすら真剣にふぐの全てを伝える本
神保町古書店街をぶらぶらしていた時に、とある書店先に「特価本」として積まれていた本の中に埋もれていた本です。
タイトルのシンプルさと「なぜふぐで一冊???」ということと、価格が300円ということで思わず買ってしまいました。初版発行日が昭和50年12月1日となっています。
装丁はこれ以上のシンプルさはないというぐらいのシンプルさ。書体も好きです
ブックケースもこんな感じ。「ふ」が少し切れている所が気に入ってます
☆必要に迫られて書かれた本
昭和50年、と言うと今から46年前。約半世紀前です。
著者海沼勝氏は獣医師であり衛生局乳肉衛生課(現在は東京都福祉保健局とか生活衛生課)に勤務されていたようです。
表紙だけですと、料理人が書いたふぐを味わいつくような本なのかな、と思っていたのですが、実は、冒頭「はじめに」を読むだけで当時の時代背景も含め、必要に迫られて海沼先生が意を決して書いた本であることがわかります。
簡単に言ってしまうと、ふぐを食するという食文化は太古に遡りますし、江戸時代などにも盛んであったようなのですが、海沼先生がこの本を書かざるを得なかった時代背景には、昭和50年代頃までにふぐを食する事が右肩上がりに人気になってきたと同時にふぐ毒での死者も右肩上がりになっていた事が関わっているようです。日本中でふぐを食そうとする人々が増え、自己流でふぐを捌いたり、間違った処理方法や解毒法が横行し、ふぐ毒による死者は他の食中毒を抑え、ダントツに。国としても法整備や取り締まりに真剣に力を入れなければならない事態が起きていました。
そこでざっくり言うと、当時獣医師であり、衛生課にいた海沼先生に白羽の矢が立ち、毒についてはもちろん、ふぐについてより深く知ってもらいたい、と言う強い思いで本書を書かれた、という経緯です。
☆目次の紹介
恒例の目次紹介です。
1.ふぐ料理
2.先史時代とふぐ
3.古書にみるふぐ
ー(1)日本での記録 (2)中国での記録 (3)古代エジプトとふぐ (4)中毒と料理法
4.江戸時代の庶民とふぐ
5.ふぐの取締り
6.ふぐ中毒
7.ふぐの毒素
8.ふぐ毒の体内分布
9.ふぐと寄生虫
10.ふぐの種類
11.ふぐの流通状況
12.現在のふぐ料理
13.ふぐの加工品
14.各地のふぐ料理
15.ふぐ雑録
⑴ふぐの食い合せ ⑵浮浪者とふぐ中毒 ⑶鮟鱇で偽る河豚の肝料理 ⑷ふぐと医者の話 ⑸ふぐ中毒異聞 ⑹ふぐ中毒と損害賠償裁判 ⑺ふぐ毒の利用 ⑻ふぐの生態 ⑼ふぐと釣人 ⑽ふぐと民芸品 ⑾ふぐ提灯の作り方
目次だけ眺めていても、ふぐの事を知ってもらおうと、海沼先生があらゆる角度からふぐを捉えようとされている事がわかります。きっと大変だったしょうね。特に最後の項目で「ふぐ提灯の作り方」を取り上げるなんて。
当初の目的であるふぐ毒の認知拡大のための著書内容の”締め”がふぐ提灯の作り方とは…
ちょっとおちゃめです。海沼先生。
☆超貴重!と思われる古代エジプトのふぐ
きっと本書でなければお目にかかれなかったなぁ~と思われるもの。
それはこの古代エジプトのヒエログリフに描かれている古代エジプト人の漁の様子。
その中にふぐがいるんですよね。
古代エジプト人が描いたふぐ。ちょっとかわいい
古代エジプト人がふぐを常用していたのか、嫌忌していたのか、ふぐ毒について知っていたのか、については不明らしいです。
☆今回の”旅”で海沼先生に教わった「食」「食べること」とは
本書にグルメなネタを期待しても一切そういう方向性での内容は登場しません。
でも、ふぐの歴史からふぐが登場する落語、民芸品に至るまで様々な「ふぐ」を見せてくれている本書。海沼先生ご自身も本書を書かれるにあたって「ふぐ一途」になって全身全霊をふぐに注いだのでしょう。
ちょっと計算したのですが、海沼先生は大正14年生まれ。現在ご存命でしたら96歳。本書が出版されたのは昭和50年で、その当時海沼先生は50歳。
きっとそれまでの「研究人生」や様々な人生経験を得たからこその本書執筆~「ふぐの本」だったのかもしれません。
昭和50年~1975年~と言うと戦後30年、石油ショックも落ち着き日本経済がようやく黒字化に転じ、安定経済期に入った頃。きっと人々の暮らしにも安堵感が生まれ、食への関心が高まってきていたのかもしれません。
でも海外に目を向けると75年というのはベトナム戦争が終結した年でもあるんですね。日本国内では高度成長期の深刻な公害問題。
国の発展とその対岸にある公害問題。きっと研究者である50歳の海沼先生も色々な思いをめぐらされていたかもしれません。
本書『ふぐの本』を”旅”して海沼先生から教わった「食」「食べるとは」ですが、
「食べる」とは生きること同様、生物を食することに対しても真剣に向き合わなければならない、万物の生態系において決して人間は最上位ではない。
ということでした。
☆今回の食本☆
『ふぐの本』海沼 勝著(柴田書店)
☆本日のおまけ~野菜たちに感謝。6種野菜の焼餃子
決してベジタリアンではないですが、野菜だけの餃子も美味しいですね~。今回使った野菜は小松菜、キャベツ、玉ねぎ、椎茸(野菜じゃないけど)、生姜、春雨(原料が野菜)。
ふぐとは何にも関係ありません(笑)が夏バテした身心を元気にしてくれた野菜たちに感謝。
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