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天狗礫(1) | ヒマラヤをうろうろと 8

調査も終わり、氷河から一番近い標高4200 mの村に滞在していたある夜のこと。
私は山小屋の隅でお茶をすすりながら、データの整理をしていました。
砂糖と粉ミルクがたっぷり入った見るからに不健康なこのお茶は、山行中だと何故か最高においしく感じてしまいます。例えるならば、海の家やスキー場で食べるラーメンやカレーといったところでしょうか?

板を一枚挟んだ隣の台所では、コックのゴパールがヤク(高地にいる牛のような家畜)の糞を焚火に放り込んでます。標高が高い村では薪がないので、牧草を食べる家畜の糞が燃料になるわけです。

ゴパールは20代の若者ですが、私が初めて参加した観測時からの長い付き合いです。若いのに料理の実力は折り紙付きで、ネパール料理(ダルバート)は勿論のこと、キャンプ中にピザやパスタ、さらには日本食のようなものまで振舞ってくれます。一方、時たま思いついたかのように奇抜な料理を味見させてくることもあります。このキャンプ中にも、スニッカーズ(チョコレート)を1本丸ごと油で揚げたおやつを私に食べさせ、一口ごとに感想を求めてきました。
(これが山だと意外と食べれるから不思議…)

彼は優秀なコックであると同時に、写真家でもあります。スマートフォンのカメラから始まり、小さなデジカメ、アクションカメラを経て、現在は一眼レフを必ず持参してきます。
キャンプ中や我々が調査に出ている日中、彼は料理の合間にキャンプ周辺の景色や、時々刻々と変わる雲の様子を写真に収めています。

彼には既に配偶者がおり、下山すると撮りためた写真を彼女と一枚ずつ見ながら、状況や感じたことを話すそうです。
ネパールは多民族国家なのですが、根強いカースト(身分)制度の影響で、現在でも異なる民族同士の結婚は困難な場合があります。
彼も平地の民族出身の女性と付き合った結果、双方の両親から猛反対されたため駆け落ち婚をし、何とか二人で生活しているそうです。

「すのこさん、下山したらウチでパーティーやるから来てよ。丁度お祭りの時期だから美味しいご飯作るよ!」

ゴパールからありがたいお誘いを頂いたので、「是非!」なんて受け答えをしていると、一人のポーターが小屋に駆け込んで来てゴパールに何かを伝えました。日焼けで顔が真っ黒なので、どんな顔をしているのかは分かりません。二人はひそひそとやり取りをすると、彼は急にヘッドライトを付けて、小屋の外に飛び出していきました。