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#5 時の雫_香りが呼びさますもの(1/3)

雨の日の通勤電車

 7月に入ろうとしています。雨の季節はなにかと不便をきたしますが、しかし雨の日ならではの潤いもあります。
 その潤いは、単に肌に伝わるものではなく、五感を刺激するものであるとあらためて気がついたのは、この梅雨の季節、通勤電車の私鉄車両に乗ったときのことでした。
 小雨が降るなか、朝7時台のホームには通学利用をする小学生がたくさんいます。その子どもたちに囲まれるように車両に乗ったとき、なんとも言えない懐かしい感覚がよみがえってきました。私自身が小学生だった頃の記憶です。丸襟のブラウス、肩紐付きのスカート、上靴。体育館。ベルベットの幕。クラスメイト。埃っぽい匂いと木の香りが入り混じっています。その記憶をよびさましたのは小学生たちでしょうか。いいえ、雨の湿度のなかで立ちこめる木の香りでした。見ると車両の床が木目でした。
 調べたところ、この車両は当該電鉄が数年前から運行していたようですが、その雨の日までとりたてて意識することはありませんでした。その頃はオンライン勤務で、出勤する機会が減っていたということもありますが、思い返すと過去にもこの車両を利用していたような気がします。となると、晴れた日に乗車した時の記憶は薄れているのでしょう。特別な記憶をよびさましてくれたのは視覚ではなく嗅覚、つまり木目から立ち込める木の香りでした。

香りの記憶

 そのような折、香りにまつわる話題がニュースで取り上げられていたことを思い出しました。コロナ禍の自粛生活の中では、香水やアロマオイルといった香りの商品の売上が伸びているとその頃のニュース番組で取り上げられていたことです(注)。コロナ禍以前の年と翌年の4月時点で、化粧品の売上は25%減少しているのに対して、香りの商品は5%増加しているとのことでした。なかには帰省が叶わない大学生が実家で使用していた柔軟剤を使って母親のことを思い出すというエピソードが紹介されていました。私が私鉄で感じた、香りがよびさます記憶のことが思い合わさりました。同番組における東原和成氏(東京大学大学院教授)の解説によれば、嗅覚は他の感覚と異なるとのこと。(つづく)

注 NHKおはよう日本 2022年6月20日放送「自粛生活の中で注目される香り 意外な使い方」

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