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追記:人種化された主張の分配として
先日書いたこの「人種化された主張の分配として」(https://note.mu/sunnycloudy/n/nd46d823c1d20) について、ある人と意見を交換していて、二人とも実に同じことを考え…
なにが問われているのかを見失わないために
まずもって、被害者やサヴァイヴァー本人、またその周囲の人々への丁寧なケアやサポートこそが求められ、為されるべきである。こうした認識を、軍隊ならび社会に構造化されている女性(または「男」でないもの)への暴力に直面したときのわたしたちに気づかせながら、一貫してこれらの暴力に抵抗し続けてきたのは、沖縄の女性たちであった。わたしたちがまず見習うべきはこうした人々の姿であり、そのなかで、絶えず各々が自らの日
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先日書いたこの「人種化された主張の分配として」(https://note.mu/sunnycloudy/n/nd46d823c1d20)
について、ある人と意見を交換していて、二人とも実に同じことを考えていたので、それをふまえて誰が読んでいるともしれないこの記事ではあるが、簡単に追記を記しておきたいと思う。
記事を書きながら気づいたことに、このタイムスの特集に人種化された線引きによる分断の力
人種化された主張の分配として
先ほど、二週間弱の滞在が終わって関西に戻ってきた。本来であれば自分の研究についていろいろと考えるためのはずであったが、いろいろあって、主には県外移設論とそれに呼応した基地引き取りという主張および運動について友人や知り合いたちと対話することが多かった。書かなければいけないことは大量にあるのだが、とりあえずここでは一つだけと思う。
琉球新報の特集から遅れる形で、10月1日から10月6日にかけ
ポジショナリティ、変わりえること
訳あって、沖縄と日本との関係性について、ポジショナリティを重視した文章をいくつか読んでいる。こうでもなければ読まないであろうと思いつつも、やはり読んでいて疲弊するものがある。それは精神的にもだし、どんよりと圧し掛かるようにして身体的にも感じるものだ。
読んでいると、どうしてこのポジショナリティを重視する人たちの論に自分が納得できず、惹かれないのかが、よくわかってくる。特に、惹かれない理由というの