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自閉症です、と言われてホッとした日の話。

『この子は自閉症ね』

県立のリハビリセンターで、そう告げられたのは、2019年の2月のことだった。

えっ、と言いかけたとき、

『かなり、明らかな』

と念を押すように付け加えられたことを覚えている。


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目が合わない気がしていた。
表情はどうだっただろう。
妙に集中力があったのはそのためか。
いくら呼んでも振り返らず、言葉はまったく話さないでもなかったが、定型文のような無機質な繰り返しだった。

なんらかの発達障害だろうとは思っていた。
自閉症かもしれないとも思っていた。
でも、自閉症というには当てはまらない部分もあった。
(スペクトラム、という概念を知るのはこのあとのことだ)

単なる発達の遅れなのか、多少の発達のずれなのか、この奇妙な感じに名前があるのかすらわからなくて霧の中を歩き続けた1年だった。

この子は自閉症。
かなり明らかな自閉症。

とにかくこの子の症状に名前がついた。

自閉症。この子は自閉症。
自閉症って、あの有名な自閉症?

この頃はまだ未診断であったが、
私自身もかなり明らかなADHDである。

診断がなかったので、子供の頃から、一応は“普通の子”に分類されて生きてきた。

でも、周りの女の子たちみたいにはできない。

みんなに合わせて、ができない。
真似してみても、どうにも奇妙な感じになったり、肝心なところで間違ったりしてしまう。

私の居場所はこの世にない。
私にぴったり共感してくれる人なんてありえない。

そのように諦めて生きていくことが当たり前になっていた。

私が1番恐れていたのは、この子がもし世界にたった1人だけの、原因不明のなにかを抱えて生まれてきてしまったのではないかということだった。

この子は自閉症。
あの有名な、いわゆる自閉症。
しかもかなり明らからしい。

自閉症の人って、世界にたくさんいるよね?

この子はひとりじゃないんだ。
自閉症として生まれてきて、幸せに暮らしている人はたくさんいる。
簡単な道ではなくても、先を歩いてくれている人たちがたくさんいる。

この子には仲間がいる。

しかも最近は、療育とかいうのをしていただけるらしいではないか。

この子にはこの子の育て方がある。
世間の育児雑誌に書いてあることがどんどん遠い世界になっていくあの不安を切り捨てていいんだ。
この子にはちゃんと取説があったんだ。

ひと通りの話が終わり、診察室を出ようと娘に声をかける。

「サニーちゃん、行くよ」

おもちゃに夢中の娘は、全く反応しない。

「パパもママも先に行っちゃうよ。バイバイ。」

まったく追いかけて来ない。いつものことだ。
仕方なく抱いて行こうかとしたとき、

「それじゃダメよ。こうして導いたほうがいい」

先生が立ち上がり、オモチャをひとつとって、

「ほら、サニーちゃん。こっちへおいで」

娘の視線の先に、アンパンマンの人形をフリフリしてみせた。
目を輝かせて人形を追いかけ、誘導される娘。

ははぁ。

早速、娘の取説を見せられた。

これからこういうことを、ひとつひとつやっていくんだな。

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絶望に落ちる、と人は言うけど、落ちてしまえば底に足がつく。
足がついたら歩いていける。

長い長い落下の終わりの日の話。

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