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社長秘書の憂鬱

この物語はフィクションです。

蒼社長がバルセロナに出張している。
出張中は、私の帰りは早くなる。
いつも残業しているので、早く帰れるのが嬉しい。

今日も明るいうちに退勤できたので、珍しく買い物してから帰ろうと画策していた。

彼に、会うまでは。

ワールド・ブルー本社の最寄りの地下鉄「ワールドブルー駅」。
社員が利用する出入り口の前に、その彼はいた。

彼の名は、蒼野 樹生あおの たつき

ワールド・ブルー本社 永業部で働く彼は、かつての恋人。
私が秘書課に異動する直前まで、同棲していた相手だ。

訳あって同棲を解消し、別れた。
別れ際はあまり綺麗なものではなかった…

しかし今はそれどころではない。

彼は駅の出入り口で、誰かを探しているようだ。
私は彼と顔を合わせたくなかったので、別の出入り口から駅へ行こうと方向を変えた時だった。

「ゆに!」

大きな声で呼び止められた。

彼が探していたのは、私だった。

別れるときに揉めた相手と、なるべくなら接点を持ちたくない。
しかし、こんな大声で呼ばれたら振り返らざるを得ない。

ゆっくりと声がしたほうに振り返ると、彼は駆け寄ってきた。

「やっと会えた。話がしたいんだ」
「どんな御用ですか、蒼野さん」
「冷たいな。元恋人だろう」
「それは言わない約束です」
「つれないな。ここではなんだから、どこかに入って話そう」
「結構です。私、用事があって急いでいるので」
「オレは用事がある」
「私はありません」

「…電話かけても出ないじゃないか」
「仕事中にかけられても困ります。今日も100回以上かけてきて。迷惑しています」
「こっちは必死なんだ。わかってくれ」
「わかりたくありません。他の社員の目につくので、やめてください」

私の愛想のない応答に、ついに蒼野がキレた。

「まともに相手もしてもらえないのか!」

周囲を歩いていた社員が振り向く。

私は恥ずかしさを堪えながら、言った。

「あなたとは縁が切れました。仕事上の付き合いならまだしも、こうやって勤務時間外に声をかけることはやめていただけませんか。勤務中に何度も電話をしてくるのも、本当に迷惑しています。業務に支障をきたします。これで失礼いたします」

慇懃無礼かもしれないが、これでいい。
彼との関係では、私のほうがひどい目に遭っているのだから。

睨みつける彼の視線を背中に感じながら、私は改札へと急ぐ。


結婚を見据えていた彼。
しかし、前所属の宣伝部内の後輩女子と二股をかけていることが発覚し、私が彼との家を出た。
「別れたくない。やり直したい」と最後まで彼は言い張ったが、彼を信じられない私の決意は固く、彼の要望を受け付けなかった。

私のわがままかもしれないと思った。
しかし、樹生とこのまま将来を考えることはできなかった。


会社から2駅離れた場所に、ちょうどいい物件を見つけ、住み始めたころ。

宣伝部の飲み会に社長が顔を出した。
孫のマイトンさんも一緒だった。

だいぶ酔ったマイトンさんが、宣伝部員に「社長のいいところを順番に言って」と言い始めた。
部員は困っていたので、部長だった私が率先して言った。

「チャーミング!…だと思います」

すると、マイトンさんは爆笑した。

「ハハハ!!!面白いこと言うね~!でもチャーミングってどうかな?」

おかしくてたまらないという様子でマイトンさんは笑い続けた。
でも、社長は静かなままだった。

(もしかして、ご機嫌損ねちゃったかな?まずいなぁ)

気まずい思いを抱えていたら、社長が静かに言った。

「いい。気に入った」

それが社長との出会いだった。

その1週間後、私は辞令を受け取り、宣伝部から秘書課へ異動することになった。

「ゆにさんが異動するのって、社長にチャーミングって言ったから」

という噂が、社内に駆け巡った。
そんなわけあるかい、と思った。
本当にそうだったら、この会社の人事を疑う。

しかし、最近思う。

私の秘書としての適性が怪しいのに、秘書課に配属になったのは、本当に「チャーミング」が原因かもしれない。

そんなことを考えていたら、危うく乗り過ごすところだった。
目的の駅で降りて、改札を出た。

(たまにはデパ地下のお弁当でもいいな)

気持ちを切り替えて、駅とデパートの間の通路から外を見た。

見事な夕焼けだった。

ふと、バルセロナにいる社長に思いを馳せた。

(バルセロナはもうすぐお昼か。社長は今、どんな空を見ているんだろう)

しかし、はっと気づいた。

何考えてるんだろう。おかしい。

慌てて買い物を済ませ、帰る途中のコンビニで晩酌用のレモンサワーを買い、家路についた。

樹生の件あれがなければ、今日はいい一日だったのに。

恨めしく思ったが、気持ちを切り替え、一人飲みを楽しむことにした。

恋愛はもう、ごめんだ。

<あとがき>
読みに来て下さり、ありがとうございます。
note執筆時間の確保に必死な ゆにです。
忙しくなっちゃって、前ほど時間が割けないのです。

そういえば、1週間以上社長秘書と会ってなかったと思ったので、社長秘書シリーズ最新作を書きました。
恋愛はこりごり、封印したいと思っている社長秘書です。
(だったら前回のあれは何だったんだ!)

結局、キャラクターの誰とも絡んでいない作品を作り上げてしまいました…

ここからどうするか、まったく決めていません。

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