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木曜日の彼氏

あれは24歳のころ。
ニュースで「梅雨入りした」と発表があった時期。

私はある男性と出会った。

梅雨の晴れ間の屋外バーベキューに誘われて、友人と一緒に参加したら、その人はいた。

見た目はさわやかというぐらいの印象。

しかし。

「遠いところから来てくれたんだね。ありがとう」

声を聴いた途端、私は心を撃ち抜かれた。

その人の声が、タイプど真ん中だったのだ。
(当時、声が程よく低い人がタイプだった)

もっと声を聴きたいと思った私。
普段は人見知りなのに、この時は自分でも信じられないぐらい、積極的に彼に話をしに行った。
ただ必死すぎて話の内容を覚えていないが、会話が弾んだことだけは覚えている。

帰り際、連絡先を交換した私たち。
次は2人きりで会うことになった。

デート当日は嬉しくて、私の総力を挙げてオシャレして、メイクも頑張って、会いに行った。
その日、話が弾みすぎて終電を逃すほど盛り上がり、私たちは付き合うことになった。

私の恋愛史上、速度MAXの展開。
それからというもの、すっかり彼に夢中になった。

彼の仕事の都合で、会えるのは木曜日の夜。
たまに日曜日に会えた。

毎週木曜日に会えるのが楽しみだった。
毎日残業していた仕事も、木曜日だけは絶対定時で切り上げた。
職場を出た瞬間にすっかり恋愛モードになり、普段はあまりしない化粧直しも念入りにした。
友人にも「木曜日の彼氏だね」って言われるぐらい、この時の私は恋愛に全力だった。

とても充実していた2か月。
しかしこの恋愛は突如として終わりを迎える。

きっかけは、彼が風邪をひいたこと。
サプライズでお見舞いに行こうと、レトルトのおかゆや、彼の好きなプリンを買いそろえ、彼の家に向かった。

彼の家の前に差し掛かるころ、言い争う声が聞こえてきた。
驚いて物陰に隠れ、様子をうかがう。

声の主は、彼と女性だった。

「帰る」
「とりあえず落ち着いて。部屋に入ろう」
「イヤ!ちゃんと真剣に考えてくれないもん!」
「声が大きい!とにかく部屋で話そう」

ただならぬ様子。
事態が全くのみこめない。
ただ、なんだか悪い予感だけはしていた。

そんな私に追い打ちをかけるように、とどめを刺したのは、女性の一言だった。

「どうして結婚式のこと、真剣に考えてくれないの?私と結婚する気なくなったの?」

(え?結婚?結婚式って言ってる?)

衝撃が大きくて動けなくなった。
時間が止まったように感じた。

彼は、私に気づかず、そのまま女性を無理やり部屋に連れて行った。

一部始終を見終わり、私はその場に座り込んだ。
不思議と涙は出なかった。

ショックが大きすぎて、頭が追い付かない。

どうやって帰ったか覚えていないが、気づいたら家にいた。
泣きながらプリンを食べる私を見て、両親が言葉を失っていたのは鮮明に覚えている。

その数日後の木曜日。

いつもと変わらないそぶりで彼から連絡がきたので、勇気を出して会いに行った。
すべてを確かめるために。

あの日一部始終を見ていた物陰に差し掛かったとき、足がとまった。

このまま何も知らないふりをして、彼との関係を続けるべきか。
それとも、きちんと清算するべきか。
合う直前になってもまだ、私は迷っていた。
考えたら涙が出そうになった。

(決めたんだから、行かなきゃ)

自分を奮い立たせ、彼の家に入った。

彼は相変わらず、私の大好きな声で出迎えてくれた。

(確かめなきゃ。今日はそのために来たんだ)

さっそく話を切り出した。

「この前。風邪ひいたって言った時、家の近くまで行ったんだよね」
「え?そうなの?」
「お見舞い行こうと思ってさ。プリン買って持っていこうとしたの」
「そうだったの?来てくれれば嬉しかったのに。どうして来なかったの?」

「家の前でさ。女の人と言い争ってたでしょ」

私のひとことで、彼から笑顔が消えた。

さらに続ける。

「女の人、結婚式とか言ってたよね。どういう関係?」

2人の間に沈黙が流れた。

そして彼が重たい口を開く。

「あのひとは…婚約者なんだ」

私の心は、やっぱりという思いと、聞くんじゃなかったという思いがごちゃ混ぜになった。
しかしここまで来たらもう逃げられない。
意を決して、聞いた。

「あの人が婚約者ってことは、私は何なの?都合のいい女ってこと?二股かけてるってこと?」

気が付いたら私は冷静さを失って、彼を問い詰めていた。
すると、彼は力なくうなだれた。

「ごめん。ゆにちゃんのことも好きだ。でも婚約者も大事だ」

それから彼は色々話し始めた。

  • 彼女と10月に結婚する。

  • 結婚を前にひるんでしまった時に、ちょうど私と出会った。

  • 私の好意が嬉しくて付き合ってしまった。

  • 土日は基本的に彼女と会うため、私と会える日を木曜日に設定した。

  • このまま結婚後まで続くとは思えなかったから、私とはどこかで別れなければいけないが、楽しくて言えなかった。

  • 結婚もやめられないが、私とも付き合いたい。

これらを聞いて、私は急に気持ちが冷めていくのを感じた。

(すごく自分勝手。こんな人に私は夢中だったんだ。)

すると、あんなに大好きだった声も、忌々しく感じられてきた。
何よりも、自分自身の男性を見る目のなさを呪った。

「わかった。私もあなたが好きだった。でも、もう会わない」

私は彼に言い渡した。

「私は、私だけを見てくれる人がいい。今までありがとう」

サヨナラと言わなかったのは、私にも未練があったのかもしれない。
とにかく、足早に部屋を後にした。

私たちは、もう二度と会うことはなかった。


運命があるというなら、彼が運命の人かもしれないとまで思っていた恋愛だったので、自分から別れたとはいえ、ショックは大きかった。

これ以降、すっかり恋愛に憶病になってしまった。
見かねた友人が合コンを設定してくれても、乗り気になれない。
友人に「もう私は結婚どころか恋愛もできないと思う」と言ったぐらいだ。

そんな私が今の夫と出会うのは、この別れから1年ほど経った時のこと。

それはまた別の機会で(ないと思うけど)。

<あとがき>
とうとう、苦手な恋愛話まで手をつけてしまったゆにです。

本当は、恋愛の話を書くのは苦手です。経験が少ないから。それにちょっとこっぱずかしい。でも、頑張りました。

今振り返ると、反省点が多いですね。
冷静でなかったのも、恋愛のなせる業なのかもしれません。
別れるときに、もう少し彼の気持ちを聞いたほうが良かったかなとも思いましたが、場合によってはさらに泥沼化する可能性もあるので、これで良かったのかもしれません。

そしてこの話で、カオラさんの「それやったんかーい選手権」にエントリーします。(婚約者おったんかーいってことで)

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

#それやったんかーい
#挨拶文を楽しもう
#蒼広樹

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