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漫画みたいな毎日。「モヤシの髭根、取りますか?取りませんか?」

もやし。モヤシ。

そもそも、モヤシってなに。

主に緑豆や大豆などの豆類を水につけ、日光に当てずに発芽させたものが「モヤシ」である[1]。広義には、芽もの野菜や軟白栽培野菜までを指した総称とされる[2]。モヤシの語源は、発芽させるを意味する「萌やす」に由来し、その連用形の「萌やし」を名詞化したものである[3][2]。発芽野菜(新芽野菜)を総称してスプラウト: Sprout)といい[4]、モヤシはスプラウトの一種で、他のスプラウトのように生食せずに、加熱して食べる[1][3]
スプラウトは生育方法により、アブラナ科のかいわれ大根などのグループとマメ科のモヤシなどのグループに分けられ、前者が種から根を伸ばすのに対し、後者は頭部に種子を付けた状態で伸びていく違いがある[4]。また、栽培方法も、かいわれ大根などは茎が伸びた後は光を当てて栽培するのに対し、モヤシは光を当てることなく暗室のみで栽培するのが一般的である[5]。豆類のモヤシはビーンズスプラウト(ビーンスプラウト、Bean sprout)ともいう。

Wikipediaより。

〈モヤシの語源は、発芽させるを意味する「萌やす」に由来し、その連用形の「萌やし」を名詞化したものである。〉

し、知らなかった。

「もやし」「モヤシ」ではなく「萌やし」とパッケージに書いたほうが、売れるのではないだろうか?なんとなく、可愛らしい感じや、愛でる感じがするのは、私だけだろうか。それだけで、ちょっとくらい値段が上がったとしても「あら、仕方ないわね・・・」と思えそうな・・・。

いや、思えないか。


今回、モヤシのことを書き始めたのは、我が家で、週2回、夫のお弁当に使うことが多いからだ。

夫は、ややアレルギーの傾向があり、穀物(特に小麦や白米)は控え目にしている。そのことから、お弁当のメインは野菜やナッツ、チーズ、紅茶や醤油などでチャーシュー風に調理した鶏肉、といった内容になっている。

野菜の部分は、キャベツやモヤシのサラダであることが多い。

最近では、キャベツも手頃になってきているが、少し前までは、キャベツがなかなかのお値段だったので、配合比が粉よりキャベツの方が多い我が家のお好み焼きは、出番が激減していた。

そんな時の救世主が〈モヤシ〉だったのだ。

ある料理番組で、料理家の栗原はるみさんが、〈モヤシのグラタン〉なるものを作られいて、興味深かった。茹でたモヤシをベーコンで巻き、ホワイトソースをかけて、オーブンで焼く、というものだった。

その番組を「へぇ!美味しそう!」と観ていたのだが、そこで気になったのは、「モヤシの髭根を取ると、味がね、全然違ってくるんですよ。」という栗原さんの一言だった。「面倒に思うかもしれないけれど、時間を測って楽しんでやったりね。」と。

モヤシの髭根・・・確かに、気になる。
ずっと、気になっていた。

「髭根をとったら、味が変わるだろうなぁ・・・きっと違うんだろうなぁ・・・」

でも、髭根を取っている時間に他にも一品できてしまうだろうということが、頭をよぎる。食べ盛りに差し掛かった子どもたちのお腹の具合と時間との勝負みたいなところがある日常で、髭根取りまでは正直手が回らなかった。

そして、何処かで「面倒だな・・・」と思っていたことも事実だ。

一袋ならまだしも、3袋とか6袋とかのモヤシの髭根を想像してもらいたい。一本一本の髭根を指先で折り取るのだ。

気が遠くなりそうだ・・・。

面倒くさがりの私なので、今まで、モヤシの髭根は見ないことにしてきた。

夫もお弁当に入るモヤシに髭根がついていても、文句を言ったことは一度もない。(怖くて言えないのか?)

しかし、料理番組を見た私は、「味が全然違うんですよ!」という一言を、自分自身で試してみたくなったのだ。面倒臭さを、美味しいものが食べたい気持ちが凌駕した瞬間だった。

その日は、丁度、冷蔵庫で6袋のモヤシが出番を待っていた。末娘が「やりたい!」と申し出てくれたので、二人でダイニングテーブルに横並びに座って髭根を取っていく。末娘、大活躍。

時間を測っておけばよかった・・・とすべての髭根を取り終わってから思ったが、時間は戻らない。まぁ、良しとしよう。

髭根をとって野菜炒めとナムルを作った。

夫の感想は、「いつもより、苦味がないね!」とのこと。子どもたちは、「いつもよりも美味しい気がする。」とのことだった。気を使ってのコメントだろうか・・・。

実際、自分で食べてみたところ、明らかに、苦味が少なくなっていた。私は、モヤシが然程、好きではない。でも、「あ、良い感じだな。」と舌触りの違いを感じていた。料理の見た目も、ぐんと良くなる。

髭根を取っただけのことはある。

私の中では、〈いつもは出来ないかもしれないけど、できるだけ、できるときには、髭根を取ろうかな〉という結論に達した。

明日は、月曜日。夫は長距離移動しての出張治療の日だ。
お弁当には、モヤシのサラダを入れる予定だ。

「明日のお弁当は、モヤシの髭根、取らなくてもいいかな?」と夫に尋ねると、「あなたが用意してくれるなら、お弁当がモヤシ髭根だけでもいいです。」と笑っている。

モヤシの髭根だけサラダのお弁当って・・・苦味しかないですよ、それは。
それ以前の問題があるように思えてならない。

「たとえ、お弁当にモヤシの髭根しか入っていなくても、あなたへの愛は変わらないから。」と涼しい顔でサラリと言ってのける。

私だったら、なんの嫌がらせかと思いますが。

そんなことを言ってくれる純粋な日本人であるイタリア人気質の夫は、稀有な存在だと思える。

モヤシの髭根から〈萌える〉とは何かを教わった日曜日である。

皆さんは、モヤシの髭根、取りますか?取りませんか?


〈ヘッダー画像は長男に描いてもらった萌やしモヤシ。〉





学校に行かない選択をしたこどもたちのさらなる選択肢のため&サポートしてくれた方も私たちも、めぐりめぐって、お互いが幸せになる遣い方したいと思います!