「出産費用の保険適用」記事についての雑記

「透明性を高めることが大事だ」「費用の明細を明らかにし」
 ウチはあとはもう人件費と設備投資額と建築費用とそれに伴う借入を公開するぐらいしか無いんだが・・・

出産費用の保険適用、岸田首相「慎重に考えなければいけない」:朝日新聞デジタル

で、この後連ツイしてるんだけど、まずはこちらをお読みください。

宋美玄先生から頂いたリプ。

「ちょっと前のこれを岸田さんにも読んで欲しいです」

とりあえず分娩費用について語りたい人はまずこれを読もう!

で、ここからが連ツイした内容

 出産一時金でも保険適用でも、これ自体は分娩費用をどのように負担するかのシステムの問題で、それぞれメリット・デメリットがあるので、そこの比較の問題となるけど。
 別の枝で宋先生が指摘されているように、産科は設備投資と人件費がかなり大きいです。設備投資が大きくなるのは豪華絢爛な建物だから・・・じゃなくて、分娩室・手術室・新生児室・内診室など、産科特有の部屋が多いことや、病室も個室がメインなので、お金がかかるのはそういう所。
 人件費が大きいのはやはり24時間人を配置するために夜勤者が必要だからです。そして働き方改革が進行すれば、更に人員が必要になる。 で、人件費はずっと増える方向で進んでいるんですよね。

 ウチは4代の産科なので、スタッフの集合写真なんかが残ってるんだけど、写真を見比べてみると祖父の代→父の代→自分の代 で、スタッフ数がドンドン増えてる。
 祖父の代なんて、祖父と看護師(らしき女性)数人。おそらくお産は産婆さんが扱っていて、何かあったときに産科医が呼ばれるというスタイルだったからでしょうね。自宅分娩が主なので、診療所もあまり入院設備は整ってなくて外来中心。看護師は外来の診療補助がメインだったのではと。
 その後、祖父は現在自分が開業している近くに開業したようですが、ここはあまり記録が無くて詳細は不明(1950年代〜1960年代ぐらいまで)。 祖父から父に代替わりするあたりで(1970年頃)20人ぐらいに増えてる。所謂「一人開業の産科有床診療所」。 入院のための病室が出来て分娩室や手術室も出来た。独立した厨房が出来て給食設備が備わったのもこの頃かなと思います。
 人員で言えば、産科医1名+助産師1名(師長)+産科看護師複数名 一人夜勤で、お産になれば助産師や産科医が呼ばれるスタイル。産科医がフツーに分娩介助してましたよ。
 以前チラッと書いた、産科医と助産師が対立していたのがこの辺りの時代まで。それまで自宅で産婆さんが分娩を見ていたのが、産科診療所で産科医が分娩を扱って囲い込んでしまったのがちょうどこの時代の流れで、産婆=助産師サイドからすると、分娩を産科開業医に奪われた格好になってしまったので。(補足:今は助産師というと看護師のサブスペシャリティみたいな位置づけのように見えるかもしれませんが、昭和25年に保健師助産師看護師法(保助看法)が成立するまでは、看護師と産婆は別の独立した職業でした。自分が医師になった頃に最後の「看護師免許を持たない助産師=かつての産婆さん」が亡くなられたと記憶してます。)
 で、助産師が産科診療所で働くようになったかというとそうではなくて、普通の看護師に産科の勉強をさせて「産科看護師」として従事させた。領分を侵されたと感じた助産師の恨みは深くて、これが後に「看護師内診問題」に繋がっていきますが、別の話なので省略。

 当時、父が話していたのは「月の分娩件数と、雇用できるスタッフ数がほぼ同数」 月に30件分娩やるならスタッフは30人、という意味です。 ちょうど出生数は団塊ジュニアのピークなので、年間200万人を超えていたぐらい。一人開業でも年間300〜400は当たり前、700ぐらいやってる先生もいたとか・・・。
 で、自分の代では50人超えた(ので産業医が必要に・・・)。 多くなった要因

 1)二人夜勤にした
 2)産休・育休・療養休暇・急な休みを取っても回るように、余剰人員を置いている
 3)夜勤帯に必ず助産師がいるように助産師数を増やした

1)二人夜勤
 二人夜勤になると、もう一人夜勤には戻れない。スタッフが嫌がります。医療安全という観点から見ても、一人より二人の方が何かあったときに相談できたり、手を借りたり出来る、という点で安心できるようです。
2)産休・育休
 ウチは自分以外全員女性スタッフですが、産婦人科に勤めていて産休・育休が取れないなんてあり得ないですよね。あるいは妊娠・出産を機に退職しなきゃいけないとか・・・ でも、父の代では出産したら非常勤にならないといけなかった(父の代からいるスタッフ談)。今は、常勤のまま時短勤務したりもしています。そして育児中は急に休むことも多いですが、そこもある程度人を増やすことで穴埋めする人の負担を減らそうとしてきました(その分基本給は他より安めですけど) そういう自分の考え方も人員増に繋がってます。(補足:あと、産休・育休が終了した世代でも自分が病気になって療養したり、親の介護や看護などで休む必要が出たりするので、お互い様という意識で、と全スタッフにお願いしました。)
3)助産師
 父の世代の産科開業医だと 「助産師なんて給料は高いし口ばかり達者で要らん」 なんて言っちゃう人がいるぐらいでした。 (まあ、助産師さんって気の強い人が多・・・ゲフンゲフン) 自分は助産師がその専門性を発揮しやすいのはむしろ開業医じゃないかということで助産師増やしてきました。
 なので以前話したように、今は産科医と助産師がチームとして分娩を扱っていく時代だと思ってるのです。で、夜勤は助産師+看護師の二人夜勤がベース。

 そして医療機器も進歩し、高額になってきてる。超音波1台数千万円、祖父の代まではNST/CTGなんて無かった。保育器やインファントウォーマーなども改良され機能も値段もアップ。消毒機器も自分が戻ったときは外来にまだシンメルブッシュ(煮沸消毒器)が存在しておりましたよ・・・。

 出産一時金はたしか25万円ぐらいからで、今は記事の通り42万。でも、費用が上昇していくのには今まで書いてきたような要因もあるよ、という話しでした。

 ちなみにウチの医師の人件費は人件費全体の20~25%ぐらいですかね。ウチは当直医をお願いしていないので、その分は費用が発生しません。 なお、8年前に改築した時の借入は自分の収入から返済しているので自分の給与は減らせないのであります。。。
 分娩費を下げるために医師給与を下げる、という話になれば、ますます産科医のなり手はいなくなってしまうだろうなあ・・・ そういう点では「慎重な議論が必要」なのは確か。(補足:もちろん医師以外のスタッフの給与も下げるというのも難しい・・・)
 分娩数が減るんだから産科医も減っていいんだけど、上手くやらないと地域によってはハードクラッシュしかねないよね。。。

補足解説
人件費+設備費 これはまあ概ね固定費になります。それが上昇してきた要因の1つとして上記のような話をさせてもらいました。よく産科施設というと「豪華な食事」や「様々なアメニティ」などが取り上げられますが、費用の中でそれらはそこまで大きな割合を占めるわけでは無いです。東京都の産科施設の費用内訳はわかりませんが、高額になる要因としては土地建物の取得費用・固定資産税や人件費が高額な部分があるんじゃないかなあと想像します。このあたりはいくら「費用を透明化」しても、オプション扱いで患者さんが選ばなければ安く出来る、という費用じゃないですしねえ・・・。
 そして今後分娩が減っても人員は簡単に減らせないし、夜勤する人を0にするわけにもいかない。分娩室や手術室は無くてもいいよね、というわけにもいかない(助産院はこの部分を最初から他の施設に任せてますが)。そうなると赤字の鉄道会社のようなもので、分娩費を上げていかないと経営が成り立たなくなります。特に出生数の減少が著しい地域では、ここの舵取りをミスると一気に分娩施設が無くなりかねません。それが「ハードクラッシュ」という状況。
 あと、分娩費をできるだけ安く、ということであればいわゆる「薄利多売」戦略になるわけですが、そのためには分娩の集約化が必須となります。以前、「おらが町でも分娩を」という時代が終わる、というツイートをしましたが、それにはこういう背景もあります。

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