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【授業終了】「デジタルデザイン」課題解決よりも大事なことを身につける授業

2023年12月をもって契約終了のため星の杜中高で以下の授業は行っておりません。

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こんにちは、トキワです(etokiwa999)。新年あけましておめでとうございます!

2023年度4月より私は栃木県の星の杜中学校高等学校で週1時間授業を持つことになりました。星の杜が掲げる「チェンジメーカー育成」の基礎的な部分を作っていきます。

星の杜メソッド

授業名を「デジタルデザイン」と言います。大きく前半の「自分の軸を持つ」と後半の「スキルを身につける」に分かれます。

今回その授業内容の”概要”の紹介になります。


前提「学校という場所の強みを多いに活かす」

授業内容の紹介の前に前提を説明します。大きな前提として「学校で教える」ということです。その特徴がいくつかあります。

まず色んな教科の中の一つに位置づけられる=他の教科との連携が必要である、と私は考えます。たかが週1時間の授業で生徒を支援しきれるとは思いません。国数理社英を意識づけることができる設計をします。

次に学校の特徴として、生徒は子どもである、ということです。子どもは自分の興味関心に正直です。面白いものは面白いし、つまらないものはつまらないのです。だから子どもにとって面白いのが大前提です。

最後の学校の特徴としては、社会に出る準備、ということです。だから社会を意識した授業をしなければいけませんが、社会が変わったときにでも通用することを教える必要があります。

色んな教育論をよく見聞きしますが、だいたい社会を意識しすぎて、5教科をないがしろにしたり、一部の子どもにとってのみ「できる・面白い」を重視している傾向があります。

それが塾ならいいのですが、学校は「公共性」を持っているので別です。それでは実際の授業内容を紹介します。

前半「ひたすら自分の好きなことを研究する」 

探究学習ではよく「課題解決」が重視されます。しかし10年以上課題解決を重視してきた私からすれば、課題解決をするためには課題解決をいったん無視する必要があります

課題解決の「課題」とは多くの場合「自分のことではない」のです。ただ課題を出すだけなら、今までのテスト勉強とあまり変わりありません。その何が問題かというと「自分にとって興味がない」のです。

興味がないとどうなるか?面白くないのです。だから解決策の質が大して高くなりません。要領がいい子でもやっと最低限の解決策っぽいものをアイデアとして出せますが、机上の空論は「課題にとって」価値がありません

じゃあどうするのか?生徒をオタクにするのです

今の時代、子どもにとって5教科より面白いことなんてたくさんあります。それをそのまま趣味ではなく学習の素材にすればいいのです。

例えばYoutubeが好き、ゲームが好き。全然いいです。何も問題ありません。その場合、まず「Youtubeとはなにか?」「ゲームとはなにか?」をひたすら仮説を出して、調べたり議論したりして検証してもらいます

ゲームとはフォートナイトである→フォートナイトとはオンラインゲームである→オンラインゲームとはリアルタイムで世界中の人たちがプレイする、と連鎖的に探究・研究してもらいます。

この連鎖的な思考の流れには色んなものがつまっており、思考プロセスはコンサルタントと同じです。

例えば定義を考えることは数学でならう「集合論」と同じです。この集合論は論理的思考の基礎中の基礎です。

集合論、AかつBと、AまたはB

自分の好きなことの定義を研究していくと、次は「同じく好きな人がどんな人たちなのか」を研究していきます。それはほとんど消費者・顧客のことです。

「自分がゲームを好きな理由は~~だけど、他の人がゲームを好きな理由はなんだろう?」と問いをたて、同じように仮説を出して、検証していきます。

自分と他人のことを調べていくと、今度は自分と他人がコミュニティであることを意識します。言葉を変えれば業界研究やファンコミュニティです。

例えば「フォートナイトはどんな企業が開発しているのだろう」「オンラインゲームの開発者の年収はいくらだろう」「他にはどんな企業がいるのだろう」「フォートナイトと何が具体的に違うのだろう」

ひたすら好きなことを調べてもらいます。その際に注意点なのは生徒自身が消費者から生産者に移行していくことです。

例えば消費者のままだと「このゲームはこういうストーリーで、こういうキャラクターが可愛くて、人生救われた!」で終わってしまうと広がりがありませんし、思考は磨かれませんし、普通のオタクどまりです。

生産者としての思考とは「なぜこういうストーリーにしたのか、このキャラクターは誰向けなのか、なんで多くの人に愛されているのか」ということを研究していくことです。自分が企業の担当者の一員という意識を持つのです。

ここで初めて業界の課題に触れてもらいます。しかし、まだ解決提案まではいきません。現状なにが課題なのかを網羅的に洗い出すことと、その課題の解決の事例を洗い出してもらいます。その事例は海外でももちろんいいです。

課題解決の失敗にありがちなのは、これまでの歴史を調べないことです。なぜその課題が残っているのか、そこには理由があります。それを調べないまま解決策を考えても、同じ解決策を考えることがよくあります。

これでもまだ解決策は考えません。解決策を考えることは自由ですが、私が前半で大事にしたいのはひたすら「好き」の気持ちを持ち続けてもらうことです。それが結果的に「やりたいことが見つからない問題」の解決や学びの目的意識に繋がります。

なので前半の最後にやることは未来予測です。その業界が未来、どんな状態になっているのかを妄想するのです。シンプルに楽しいですよね。なぜなら未来は誰にも分からないから、正解なんて考えなくていいわけです

でもここにも大事なことが詰まっていて、例えば、その未来の業界に自分がどうやって関わるのか、主体的な意識が生まれます。また同じく好きな人との仲間意識が生まれます。仲間意識が初めて道徳意識をめばえさせるのです。

これが前半です。起業家教育もプログラミング教育もグローバル教育も地域教育も直接的には行いません。が、結果的に全部それらにつながっていくことが分かると思います。

5教科の連携という意味でも、
国語:調べていく中で定義を考えるために文法を気を付けたり、顧客などの他の人の気持ちやニーズを考えることになる。
数学:定義とは掛け合わせなので、因数と方程式を行ったり来たりする。本来データ分析やアルゴリズムの考え方も数学から。
理科:好きなものの仕組みを理解する。物理&化学&生物は全部繋がっている。
社会:時(歴史)と場所(地理)の関係性や流れの中に好きなものがどうあるのかを意識する。もちろんルール(公民)も何かしら影響する。
英語:海外ではどうなっているのかを調べてたら必然的に異文化理解に繋がる。

これらの5教科の知識ではなく技術が足りないと自覚できれば、他の授業で身につけてくれればいいわけです。もし他の5教科の授業での調べもの学習が自由だった場合、歴史の授業で「関ケ原の戦略から学ぶオンラインゲームの戦略」なんていうことも可能でしょう。

※遠く昔、ギリシャやローマで言われていたの「リベラルアーツ」も「自由の技術」と訳せるとおり、知識ではなく、技術なのです。現代風にいうと思考法に近いです。

個人的には先生も探究心をもっと表に出したらいいと思います。例えば国語の先生はどの作家が好きなのか。その作家のどの作品になんで感動したのか。その感動をどのように分析しているのか。それは生徒の探究のお手本になりえます。

自分の好きをスキルや専門にすることで軸が生まれます。もちろん若ければ色んなことに移っていくのですが、移った先でも同じことができれば問題ないわけです。むしろ移っていったほうが色んな業界を知ることになります

これからの社会において中途半端は悪です。

中途半端な知識も技術もテクノロジーによって代替可能です。だからExtreme(極端)に自分の好きなことを研究・探究し、そこで初めて社会に触れてもらいたいと思います。それをオタクと呼んでいます。

後半「自分を社会の基準にさらしていく」

自分の好きを研究することで得られるものは本当にたくさんあります。その中でも重要だと思うのが社会との繋がりです。

「自分は子どもだから大人の言うことを聞く存在」「好きなことはただの趣味で仕事は稼げること」など完全に社会と自分を分けて考えることが習慣になっています。だから勉強はつまらないし、投票なんて行くわけがありません。

社会とは自分を押し殺して我慢する場所、という印象がとても強いのです。それが自分の「好き」を通して、社会の中で自分の居場所を確保していくのです。

ここで初めて社会のことを伝えていきます。

まず業界を体験します。体験の方法は主に(無給有給)企業インターン、NPOボランティア、論文作成、議員インターンです。それを次の段階に発展する方法もあります。起業(株式会社・NPO・DAO)、学会発表、技術開発、政策提言です。

そこで初めて、社会には意外といい人がいることと、自分の無力感というプラスとマイナスの感情を感じることになります。ちゃんとしたアウトプットが必要だと心の底から理解します

「ちゃんとしたアウトプット」のために必要なことがスキルです。しかしスキルには適性があります。コミュニケーションが苦手な子がコミュニケーションを頑張る必要はありません。

スキルは以下のように分けており、全生徒に何かしら適性を見つけられると思っています。

しかもこれからの社会ではスキルにはかならず「デジタル」が紐づいてきます。今の社会で電気を使って仕事をするのと同じぐらい、デジタルを使って仕事をすることになります。デジタルを前提としたスキルとは何かを教えます。

加えて、社会の最新知識も最低限伝えます。例えば心理学・脳科学、テクノロジーの基礎と次にどのテクノロジーが発展するのか、株式会社・NPO・DAOのビジネスモデルなどなど。基本的に知識より技術を訓練する授業ですが、最低限知っておくべきものがあります。

特に「次のテクノロジー」を知ってくおくことはかなり重要です。web3(ブロックチェーン&XR)、宇宙、バイオ、3Dプリンター、自動運転です(AIはすべての基礎です)です。Webサイトとかアプリではありません。この話もどこかで書きたいと思います。

最後に、ここまでのまとめとして、大学の学部学科の選択と、どんな企業でどんな働き方をするのかを仮説検証します。大学では自分の好きな分野を研究したり、適性のあるスキルの研究をしたりしてほしいです。その結果、働くときにはアドバンテージになっています。

なぜデジタルデザインという授業名なのか

デザインとは何かというと日本語訳は「設計」です。「とある目的達成のために手段を設計していくこと」だと私は解釈しています。

この目的のための手段設計の一部を切り取って、よく「デザインとは課題解決だ」と言われがちなのですが、厳密なデザイン業務はそれにとどまりません(デザインの詳細はこちらも参照)。

一方で「デジタル」ですが、以下5つの意味があります。
(1)自分の好きを研究する際にインターネット検索をしていく
(2)テクノロジーによって社会がどうなっていくのか前提を知る
(3)自分の適性のあるスキルがデジタルを前提にして身につける
(4)地方にいてもオンラインで体験・実践できるようにしていく
(5)これらの成果をデジタル上に残していく

デザイン業務においてデジタルは電気と同じぐらいの存在になっていくと思いますので、将来的にはわざわざ「デジタル」デザインとは言わないようになりますが、今はあえて「デジタル」を強調していきます。

「ラブリーラーニング」という裏コンセプト

私がここまでの50年間の日本の教育に疑問を持っているのは、「子ども中心になってない」ということです。

大人は言うでしょう。「将来のために頑張りなさい」と。例えば難関大学に合格したり、英語やプログラミングを身につけたり、起業できるようにしたり、そうすれば「年収が上がって幸せになるよ」と。「そのためには我慢して興味なくても知識を詰め込み受験戦争に勝ちなさい」と。

大人は客観的に合理的に必要なことを説きます。しかし、そんな中途半端な合理性はここから先、もはや価値をなしません。AIに駆逐されます。(このあたりの既存の教育論についてはまだまだ言いたいことがあるのでどこかで書きます笑)

では改めて、私にとっての「子ども中心」とはなにか?

子どもの心・遺伝・環境に最適化するということです。

「心」というのは「好き」を中心にすることで、感情に蓋をしなくなります。感情に蓋をしなければ他者の感情を想像する準備ができますし、自分自身の行動にも楽しさが芽生えてきます。

これが本当のアクティブラーニングです。アクティブラーニングとは授業の方法ではなく、子どもの状態・結果のことです。感情に蓋をしている子どもにアクティブラーニングはできません。

なぜ子どもは感情に蓋をするのか?親と先生という数少ない大人から「全然納得できない正解を飲み込むから」です。5教科なんて興味ありません!その結果が、各国と比較して自己肯定感が最低ということに繋がります。

次に「遺伝」というのはそのままの意味です。でもだいたい遺伝の話をすると、格差や差別の話をしがちです。なぜなら「正解の遺伝」があると思い込んでるからです。

数学や音楽に遺伝要因がある、と別の記事で書きましたが、別にそれができなくても他の得意そうなことをやればいいだけです。数学や音楽ができる人からすれば他のことができることを羨ましいと思っています(実際エリートと呼ばれる人と話すことがあり、隣の芝は誰にでも青く見えるものだと分かりました)。

そもそも「できる」からといって「好き」になるかは別です。最初は「できる」から褒められて嬉しくても、どこかで他人と比較されて苦しい時期がきます。そこで「好きかどうか」がその後の継続に大きく左右されます。好きでなければふんばれません。

遺伝ですが、まず体型は大きく影響します。背の低い高い、やせ型・肥満型、肌の色髪の色。仕方のないことです。それぞれがそれぞれの気持ちが分かることが重要だと思います。肥満の人は肥満の人の気持ちがわかる、それでいいわけです。むしろそれがこれからの社会では強みになります。

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体型だけではなく、脳の化学物質も遺伝の影響をうけます。例えばドーパミンが出やすい(というより受容しやすい、詳細は以下のリンク)と知的好奇心が高くなります。ただ知的好奇心の高い子は煙たがられます。「なんで?」を連発して、物事にすぐに共感できないからです。でも知的好奇心が高い子にはその子にあった先生や学習が必要になります。

不安を感じやすい子は「自分はネガティブだからダメだ」と思いがちですが、ネガティブさはリスク管理への才能を発揮します。私自身がまさにそうです。個々の性格がどんな才能につながるかは近年研究が進んでいます(以下参考)。

最後に環境ですが、遺伝と家庭は変えづらい環境ですが、それ以外は変えやすい、もしくは環境の影響をうけづらい時代になってきています。

心からの好きと、遺伝からのスキルで、将来の環境を選んでほしいと思います。都会でも地方でも、国内でも国外でも、何でも自由に選びやすくなりました。

環境の影響を受けづらい、という意味ではインターネットの力は絶大です。もちろん上手く使えれば、が前提になりますが、それを私は教えていきます。そうすれば「地方だと情報が少ない」も解消されます。

これらの心と遺伝と環境がその人の「個性」です。何回も書きますが、個性が中途半端ではAIに駆逐されます。中途半端は悪です。

経済学で需給曲線というものがあります。最近講演するときにこれを必ず生徒に伝えるのですが、給料は需要と供給で決まります。(建設など例外はありますが)

高い需要とは、多くの人が解決してほしい問題です。だから社会問題が重要な知識になってきます。

そしてその高い需要に対して供給が少なければ人の価格=人件費=給料が上がります。この供給とは強い個性です。

例えば英語しか強みのない人がいたとします。旅行の機会に翻訳を頼むとしましょう。ツアーガイドみたいな人ですね。でもそれだけだといくらでもいますし、下手するとポケトークというAIテクノロジーに代替されます。

でも英語だけじゃなく、丁寧な配慮や、圧倒的な業界への知識・理解があるとか、その地域に数人しかいない、となるととても強い個性になります。

ただ強いだけの個性は今まで「ニッチ」と呼ばれていましたが、Youtube含めてニッチに光があたる時代になりました。ニッチも以外と世界でみれば大きな人口・市場があることが分かってきました。

これからの子どもだけでなく、すべての人に必要なことは、個性の方程式をつくりあげることです。

方程式と聞いた瞬間に「うっ」と苦手意識が出る人もいるかもしれませんが、思い出してもらうと以下です。Y=AX、みたいな、AとXの掛け合わせでYが生まれる、という意味です。例えば個性Yは、英語のAと、業界知識のXでできる、ということです

自分とは何か、因数分解していくことになります。自分というYは、どんなAやXで成り立つのか。これから理想の自分Yをどんな要素によって成り立たせていきたいのか。個性は作るものです

私自身は、貧困虐待という環境と、知的好奇心の高さやネガティブな考え方という遺伝と、データ分析が好きという心の組み合わせで、10年間社会問題の研究をしてきましたし、結果「悪者図鑑」という出版もしています。これが私の個性です。デザインだと「社会システムデザイン」という呼び方になります。

強い個性が初めて、高い需要=大きな社会問題を解決できる、これが「チェンジメーカー」です。

そしてチェンジメーカーに必要な要素とは、自分の感情や遺伝を愛し、好きなものだけでなく関係する分野を愛し、一人ではできない場合は自分のできないことを他者と補完して他者を愛し、自分と他者でコミュニティを作り、結果として課題を解決しつづけていく、という愛の学び=ラブリーラーニングです。

「愛」とか恥ずかしいかもしれませんが、愛とは私にとって「過剰な投資」です。普通なそんなことをしない、それをやってしまうのが愛です。愛の定義には賛否あるかもしれませんが笑。

私は恩師よりデザインを学びましたが、その恩師の言葉で「デザインとは愛の計画である」というのがあります。

なぜ愛の計画かというと、ユーザーや顧客に対して、解決策を設計・計画する過程は愛そのものだからです。普通の人はわざわざ誰かのために解決策を作ったりしません。それはいい意味で異常・過剰なことです。

「好きこそものの上手なれ」「神は細部にやどる」この言葉はすべてそこに繋がります。過剰に極端に学びましょう。それが基礎です。その結果、リベラルアーツも、ビジネススキルも、個性も強くできます。

※過去に新・教育宣言という記事も書いてますので参考までに。

※掛け合わせが個性という意味では「生きがいマップ」も参考になります。

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