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【掌編小説】死刑

授業が終わると、みんな待ちかねていたようにそれぞれの友だちのところに駆け寄る。これからどこに行こうか話している。みんなとても楽しそうな顔をしている。あたしのところには誰も来ないし、あたしが向かう先はドアしかない。とりあえず一刻も早く教室を出たいのだ。たくさんの人によって汚された教室の空気の中であたしは息苦しくて仕方がない。教室を出たとたんあたしは大きく深呼吸する。新鮮な空気がどっと肺に流れ込み、停滞していた血流が勢いよく流れ始め、あたしは冬眠から覚めた熊みたいにのっそりと校門に向かって歩き出す。校門を出ると、ようやく、あたしの周囲にはあたしと同じ制服を着た人間がいなくなった。あたしは、そこでようやく歩調を緩める。歩道の中の人はあたしが知らない人ばかりだし、向こうもあたしのことなんか知るわけがない。誰もあたしのことを知らない人の中でその他大勢になれた瞬間ようやくあたしは本当のあたしになれる。つまり学校にいる間あたしは本当のあたしではない。嘘のあたしだ。だから血が流れていない。止まったままだ。血が止まったままなので異常に疲れるのは当たり前だ。
みんないつも友達や家族や恋人と一緒にいるのがあたしには理解できない。
あたしは一人でないと本当のあたしになれないというのに。
路地に入ったらもっと人が少なくなった。
いつも通る高架下があたしは好きだ。誰もいなくて静かだからだ。
高架下にはいつも通りだれもいないが壁ぞいに何か動くものが見えた。あたしはちょっと怖かった。高架下で動くものなんてあまりないからだ。近寄ってみると、子犬だった。全身の毛が泥にまみれてその泥が乾いてごわごわにこわばっている。歩いているのだが、その歩きかたが変だ。ちょっと歩いて、ぼてっと倒れ、また歩いて倒れる。顔を近づけてみると、首に針金が巻きつけてあり、紙の札がついていた。
「この犬は死刑だ」
誰かが犬に針金を巻きつけて、犬が大きくなるにつれて針金がじりじりと犬の首をしめているのだ。
あたしはそっと犬を抱き上げて針金をはずしてやった。
犬は眠りから覚めたようにはっきりとした顔になって、あたしの手を一生懸命なめた。
あたしは、犬を抱きしめながら、ものすごい怒りを感じた。この針金を巻いた奴が許せなかった。死ねばいい。あたしが殺す。そう思った。
犬を抱いて高架下を出ると小学生くらいの男の子が二人自転車にまたがってこっちを見てバカにしたように笑っていた。
あたしは何のためらいもなく二人の自転車を横から思いきり蹴飛ばした。
二人はふっとんで、電柱に頭をぶつけた。
すいかが割れるみたいな音がした。
「お前らは死刑だ」
あたしは子犬を抱きしめて、公園の方に歩いていった。きっと桜がきれいだろう。(了)

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