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【掌編小説】イルカのハンドタオル

あたしは基本的に人というのは信用しないことにしているので、フリマアプリとかはしたことがない。ユカにすすめられてヒマなときにたまに見てみるけど、買ったことはない。あ、これかわいい。とか思ってけっこう安いし、欲しくなるときもあるけれど、買わない。お金を払って送ってこなかったり、送ってきても、汚れていたり、画像とは全然違っていたりするのが怖いからだ。あたしってそんなことばかりだから。
けれども、ピンク地にブルーのイルカがプリントされたそのハンドタオルだけはあたしの心を捉えて放さなかった。欲しくてたまらなくなったのだ。出品している人は、「みぃ」というあたしと同い年の女子で、ユカの幼なじみだというので、フォローしていたのだ。
「すごくいい子だよ。あたしと違ってきっちりしてるし」
 ユカに聞いてみたら、そういう答えが返ってきた。
「お金だけ取られて送ってこなかったり、ってことない?」
「そんなのあるわけないじゃん。評価見てごらんよ」
 これまでの取引件数は百件を越えており、評価はほとんどが星五つだった。
「あんたの人を信用しない性癖はほとんど病気だね。永遠に彼氏できないよ」
 あたしは、勇気を出して、購入ボタンを押した。十分もしないうちにメッセージが来た。「購入ありがとうございます。24時間以内に発送しますのでしばらくお待ちください」
 あたしは待った。けれども、24時間たっても、その次の日になっても、商品を発送した通知は来なかった。ほらやっぱり。あたしは心配になってユカに連絡した。
「マジで?あの子らしくないな。何かあったのかも。連絡してみるね」
 翌日、ユカからメールが来た。電話も出ないし、メールの返信もないらしい。一週間たって、あたしは、もうあきらめることにした。大した金額でもないし、あたしにはよくあることだ。イルカのハンドタオルのことはすぐに忘れたが、あたしは、その「みぃ」という子のことが心配になってきた。なぜか、その「みぃ」という子が死んでしまったのではないかと思えてならなかった。自殺か事故か通り魔に殺されたか。なぜそう思えるのか、わからなかった。
「みぃ」ちゃんのことを聞いたのは、一ヶ月ほどたってユカに会ったときだった。
「あの子、警察に逮捕されたの」
「逮捕? なんで?」
 ユカはしばらく黙って、押し殺した声で、
「母親を殺したの」
 スマホの画面をあたしに見せた。ニュースサイトの記事だった。日付は、あたしがタオルを注文した次の日だった。「みぃ」ちゃんの本名は「中西美音」で、自宅で寝ている母親を殺した。母親の死因は、異物を喉に押し込まれての窒息死。記事は次のことばで終わっていた。
「検死の結果、死体の喉の奥からイルカのイラストがプリントされたハンドタオルが発見された」(了)

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